第40話 堕ちた皇子の行く末。
謁見が終わり皇太子一行が帰途に就くと、また以前と同じ活気が領主館に戻ってきた。
この時期、メルドルフ領内は厳しい冬を乗り越えて無事に春を迎えることができた感謝で麗かな空気に包まれるのだが、今年は汚染から解放された喜びと新しい領主の誕生が加わり、より華やかににぎわっていた。
館の2階、領主執務室もまた皇太子と聖女の禍を祓う事ができた喜びで、どことなくのんびりとした雰囲気である。
「ねぇアロイス。殿下はどうなるのかしら」
私は出窓の長椅子に座し外を眺めながらアロイスに訊いた。
「あー、皇太子ではなくなるのは確実でしょう。今回の件だけが理由ではありません。そもそもコニー様との婚約を破棄した時点で、ウィルヘルム皇子の降格は決まったようなものだったのです」
アロイスが領民から献上された干しアンズを口に放り込んだ。思っていたよりも酸味が強かったのか、ひどく顔をしかめる。
「お気になさることはありません。ウィルヘルム皇子が自らの義務を放棄された結果ですから」
私の元婚約者、ウィルヘルム・フォン・ザールラント。
現皇帝の長子であり、第一位の皇位後継者。
だが、その才能は極めて凡庸。
私は知らなかったのだが、一部官僚からは統治者として資質に疑問を持たれていたらしい。
次弟のように戦場で武勲をたてるわけでもなく、父帝や亡き先帝のように政治的手腕に長けているわけでもない。学問も中庸。
特筆すべきものは何もない。
ウィルヘルムが誇れるものは、ただ皇后の子である血統と見た目だけ、であると。
そんなウィルヘルムが周囲からも皇族からも求められた唯一の役割は、
『皇族として子孫を残すこと』
それだけだった。
(命を繋ぐことだけを望まれた“男性版産む機械”だったということね)
職務に一片も期待されない人生。
なんと虚しい事だろうと思う。
「この縁組は、大貴族であり皇室を揺るがすほどの権力を持つハイデランド侯爵家を牽制するために、亡き先帝が強く望んで成されたものです。当人も分かっていただろうと思われますが。なぜ心がわりしたのか解せないところです」
平常であるならば決して選択しない(できない)
それをあえて行うということは……。
(原作の強制力……ね)
もしも本当にシルヴィアに惹かれていないのだとしたら、ウィルヘルム殿下お気の毒なことだ。
かといって同情はできないが。
自分が不甲斐ないからと言って私にあんな仕打ちをしていいものではない。
こうしてみると創造主の作り上げたこの世界は、メインキャラクターにとっても天国ではないのかもしれない。
なぜここまで
背負わなければならないのか。
果たして作者は神なのか、それとも悪魔なのか……微妙な所だ。
私もアロイスに
帝都で売られている物に比べてもたしかに酸っぱいが、それほどでもないような……?
「皇太子でなくなればただの皇子になるのかしら?」
「おそらく帝位継承権から外されたうえでの名目だけの皇子か、もしくは臣籍降下。悪ければ平民……。皇帝陛下の胸次第といったところでしょうか。まぁ
来週から忙しくなりますよとアロイスは笑う。
あまりに額の多い賠償請求に憤慨するであろう皇室から、使者が送られてくることが予想されていた。
今後も国土を襲う汚染対策の基準となる為、かなり厳しくなるのは間違いない。
「引っ張れるだけ引っ張ります。資金はいくらあっても困りませんから」
「頼もしいわね」
「金子は大切です。世の中大抵のことは金子があれば解決できますからね。コニー様のお体もそうですし」
この世界には、ごくごく稀に治癒魔法が使える者がいる。
彼らは神の神官もしくは治癒者と呼ばれ、高額な報酬と引き換えに怪我や病気を癒すことができた。
ファンタジーのど定番! である。
私の骨折も治癒者が癒やしてくれることになっている。
ありがたいことだ。
「でもそんなお金あるの?」
治癒魔法は高額。一度で小ぶりの城が買えるほどだという。
財政難のメルドルフの何処から都合つけるのだろう。
「もちろんありません。皇室への損害賠償の一部に組み込んでおきましたので、ご心配なく」
さすがアロイス。抜かりない。
「コニー様が全快されることに、ただ一人だけ落胆しているのもいますけどね。なぁイザーク卿?」
「……そんなことはない。コニー様がお元気になられるのならば喜ばしいことだ」
というと、イザークはほんの少し頬を赤らめ顔を背けた。
イザークは移動もままならない私のために、自らの仕事は全部キャンセルして介助してくれているのだ。なので二人で過ごす時間は格段に増えていた。
怪我の功名?
つい微笑んでしまう。
いい機会なので少し試してみることにした。
「でも怪我が治っても、一緒にいてくれるのでしょう?」
「当然です」
イザークは目を細め「私は生涯コニー様のお側にいると決めておりますから」と私の手を取り口づけを落とした。
「お二方……。コニー様のお相手がイザーク卿であることは悪いことではありません。何処の馬の骨と知れないヤツなどよりは断然マシですから。しかし自制心は持たねばなりませんよ。仕事中は控えていただきたい」
アロイスは眉間ほぐしながらため息をついた。
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