第37話 地獄の沙汰も金次第!
謁見の間にはすでにシルヴィアとウィルヘルム、そして逆ハーレムメンバーたちが揃っていた。
帝都で流行っているドレスとコートの繊細で絢爛豪華な彼らの装いは、目が冴えるほど美しい。
だがメルドルフの質実剛健とした設えの中にあっては、滑稽なほどに場違いだった。
以前は最先端のモードのドレスを身にまとうことが当たり前だと思っていた。
けれど、今では何と無駄なことだと思ってしまう。
贅沢なドレスを一着
(価値観が変わってしまったのね)
すこしは領主らしくなってきたのかもしれない。
「わぁ何てことかしら」
イザークに抱きかかえられたまま入室した私を、シルヴィアが嘲笑した。
「ウィルヘルム、コンスタンツェさんって、ひどくないですか? イザークさんほどの名高い騎士を下僕のように使っているだなんて。噂どおりの悪女ですね」
嫌味で出迎えるなんて、さすが聖女だ。
誰のせいでと言いたくなるのを堪え、私はイザークの手添えで寝椅子に座った。
「この身体ですので、致し方なく命じたことです。この件は聖女様の御心を悩ませる事項ではございません。時間もありませんので、本題に入りましょう」
シルヴィアなど相手にする必要などない。
やるべきことをやるだけだ。
「皇太子殿下、聖女様。この度は穢土のご浄化をなさっていただきまして、まことにありがとうございました。メルドルフの代表として改めてお礼申し上げます」
「ああ、この領は汚染がひどかったが、シルヴィアが死力をつくしたからこそ、予定よりも早く浄化を終えることが出来た。平穏を取り戻すことが出来たのは、我等の力なくして成し遂げられなかった。感謝してもらいたい」
ウィルヘルムは鷹揚に応え、シルヴィアを抱き寄せると頬に口付けを落とした。
アロイスのこめかみがひくつく。
「それでな、コンスタンツェよ。メルドルフは聖女に感謝の意を示すのが筋というものではないかと思うのだが?」
ウィルヘルムは侍従に命じて文書を持ってこさせると、私の前に広げた。
『浄化作業により命を削ってまでも神聖力を行使せざるを得なかった聖女への慰謝料として。』の一文と、メルドルフ領運営費の二年分にあたる金額がわざわざ赤文字で記載されている。
(ああ、つまりお金が欲しいということ?)
どっと徒労感が寄せてくる。それ以上は読む気力がわかず、書類を隣に座るアロイスに渡した。
労働に対して対価はつき物だ。この可能性も十分考えられたのだ。
分かってはいたが……。
皇室は天変地異や災厄から民を守るために君臨していると心のどこかで思っていた。
だが違ったようだ。地獄の沙汰も金次第、ということらしい。
なんと情けないことだろう。
どんよりと落ち込む私とは対照的に、アロイスは嬉々とした表情で顎に手を当てうんうんと頷いた。
「あぁなるほど、なるほど。浄化の対価として
「シルヴィアの力は神から祝福された聖女の力。それなくして穢土の浄化は行えない。聖女は守られ尊ばれなければならない存在だ。だというのに、今回は危うく雪崩に巻き込まれそうになった。命を落とすことになれば、今後浄化作業は不可能になり、領土は灰燼と化すだろう。そんな危険を冒してまで浄化を行ったことに感謝の意を示すのが帝国の臣というものだろう」
ウィルヘルムは高らかに言い放った。
皇太子から出た思いもがけぬ言葉に、同席していたメルドルフの上級官僚たちがざわめく。
メルドルフの領主である
身も心も皇室に捧げたというのに……。こんなに愚かで冷酷であったのか。
私は失望のあまり言葉がでない。
重い空気を払うように、アロイスが両手をパンっとたたいた。
「左様でございますね。確かに皇太子殿下のおっしゃられるとおりです。聖女様を失うと帝国としては大いなる打撃を受けることになるでしょう。こちらに過失はあるやもしれません。……わかりました。お支払いいたしましょう」
「アロイス!」
私はアロイスを睨みつけた。
財政の余裕は一分もない。
請求されている金額はとても今のメルドルフには用意できる額ではないではないか。
それを相談もせずに承諾するなんて。
「私にお任せ下さい」とアロイスは私だけに聞こえるように囁くと、再び皇太子を見据えた。
「皇太子殿下、聖女様。よろしいですか? この世においてどのような職にも責任は付属するものです。ですので、帝国の太陽たる皇太子殿下といってもご自身の失策の責任はとっていただかねばなりません。それが
アロイスが朗々と語る。
「帝国の代表たる皇太子殿下と聖女様の怠慢により、我が領は森林資産の三分の一を消失し、領民も財産を失ってしまうという甚大な損害を受けることになりました。――つきましてはこの災禍に絡む損害の賠償を、皇太子及び皇室へ請求いたします」
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