第34話 堅物騎士は初恋を語る。
「コニー様がお楽しみになれる話……。私の戦歴などはご婦人方には退屈でしょうから、悩みますね」
イザークは腕を組み考え込む。
ちょっとしたことなのに真面目に悩むところがイザークらしい。
「難しく考えないで。イザークのことなら何でもいいの。どんな食べ物が好きなのかとか、どこで生まれ育ったのかとか。その程度でいいのよ」
「左様ですか。……食べ物。そうですね。メルドルフの牛肉の赤ワイン酢煮込みが好きですね。この館の料理人の作るものはどれも絶品ですが、肉料理は特に素晴らしいです」
「確かに美味しいわね。皇室に負けてないわ」
財政難の今、肉料理は月に一度だけ許される贅沢だ。
ここ領主館では私の意向で領主も使用人も同じものを食べている。
私にとってもこの館で働く者たちにとっても料理人の腕が全力発揮される肉料理の日は心なしか朝から浮き足立ってしまう、そんな日なのだ。
だからこそ皇太子一行の傍若無人っぷりは許せなかったのだけど。
「あとは干し果物とうなぎのスープです。私の故郷の料理ですが、時々たまらなく食べたくなります。甘酸っぱくて独特のコクがあり、美味しいのです」
「干し果物とうなぎ……。面白い組み合わせね。食べてみたいわ。ねぇ、イザークが故郷にいた頃の話、それ聞かせてくれる?」
「コニー様の望まれる話かどうかは分かりかねますが」と前置きしてイザークは静かに話しはじめた。
イザークの故郷は帝国の北の外れ、メルドルフに似た辺境の領にある。
冬は深い雪に閉ざされる厳しい環境のなかで人々が身を寄せあって何とか生きている、そんな土地だった。
イザークは土豪あがりのリーツ男爵家当主の子として十二人兄弟の十一番目として生まれた。
多産の家系であるリーツ家は、少ない財産を守るために代々
イザークが十二歳になった頃、歳の離れた長兄はすでに結婚し男児もいた。
ほぼ家を継ぐ可能性がないイザークは、作男として実家で飼いならされて生きるよりはと自立する道を選び家を出たのだ。
「ですので早急に自分の力で身を立てる必要がありました。それならばと帝国最強と名高いハイデランド侯爵家の騎士団に入団したわけです。リーツは剣術に優れた家でしたので、物心つくころから鍛錬していましたし、腕には覚えがありましたから」
十五で初陣を果たしたのち、イザークは数々の戦場で手柄を立て驚異的な速さで出世していく。十年もすれば戦場においてハイデランド騎士イザーク・リーツの名が抑止力になるほどに、その名は知れわたった。
(そんな騎士が私の護衛になったというのが理解できなかったのよね)
花形の戦場から離れ、追放された主のゆかりの者の護衛。
ほぼ左遷だ。
出世街道を爆走していた者にとっては屈辱的な待遇だろう。
「前から思っていたのだけど、どうしてイザークは私の護衛騎士になったの? 騎士団に残っていれば団長間違いなしだったのに、私に付いて来てくれた。私にとっては良いことだけど、イザークは今までの業績を全て捨てることになるわ」
「……私が望んだのです。騎士団長よりもあなた様の護衛騎士になる事の方が私にとっては重要でしたから」
「え? お父様に命じられたからではないの?」
「もちろん打診は受けました。ただ侯爵閣下は嫌がる部下に対して無理強いなさるお方ではございません。私がコニー様の護衛騎士になる事を志願し、閣下は受け入れてくださったのです」
(イザークの意思??)
今までイザークはお父様に命じられて渋々随行してきたのだと思っていた。
だからこれまでの所業はお父様に対する忠誠心の成すものだと考えていたのに。
イザークが望んでいたとなると、私は大きな勘違いをしていたのかもしれない……。
イザークはベッドサイドに腰をかけたまま、柔らかな笑みを浮かべる。
しかめっ面が八割のイザークには珍しい表情だ。
私の心臓がドクリと弾む。
「騎士団に入団した頃からコニー様の護衛騎士になることが私の夢でした」
「私の騎士に?」
「ええ。実は度々侯爵邸でコニー様をお見かけしておりました」
私は首を捻る。
これだけ目立つイザークだ。会っていたのなら記憶にあるはずだが……。
「コニー様が覚えていらっしゃらないのは当然です。面と向ってお会いしたことはありません。騎士の訓練場に侯爵家の母屋の庭がうかがえる場所がありまして、訓練の合間合間に……」
「まさかのぞいていたの?」
「……はい。申し訳ございません」
私は思わず噴出した。
侯爵邸の母屋の周りには広大な庭があり、私は庭の散歩を日課としていた。側に騎士の訓練場があることは知っていたが、イザークが覗き見をしていたなんて。
「イザークがそんな事してたなんて。意外ね」
「私にも女性に幻想を抱く年頃もあったのですよ。十代の頃は戦場と訓練しかありませんでしたから、ときおりお見かけするコニー様に憧れておりました。辛い日々の救いであったといっていいかもしれません」
まだ少年だったイザークは、私に恋心を抱いてくれていた。
年相応にちゃんと感情を持っていたのだ。この堅物騎士は。
今もそれが……と願ってしまうのは、わがままだろうか。
イザークは大きく息を吸い、しばらく落ち着かないように視線を泳がせると、覚悟を決め今度は私の瞳を凝視した。
「いつか騎士としてお側にお仕えできればと、密かに思っておりました。あなた様の隣に立つことは出来なくとも、一生側でお守りすることは出来るだろうと」
戸惑いながら語るイザークの琥珀色の瞳には、すこしだけ何かを期待した私の顔だけが映っていた。
「雪崩に巻き込まれたとき、あなたを失ってしまうのかと……。生きた心地がしませんでした。ご無事でよかった。本当に……。コンスタンツェ様、もう二度とこのようなことはなさらないでください。私にとってあなたは全てなのです」
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