第33話 心の痛みと身体の痛み。

 彼に初めて会ったのは、お父様に連れられて宮中へ参内した時のことだった。


 まだとおになるかならないかの私は、目の前の如何にも王子様然としたウィルヘルムの姿に(当時の私は王子様の出てくる童話にどっぷりハマっていたのだ)舞い上がってしまったのを覚えている。


 金色の髪と明るい碧眼は、お気に入りの童話の挿絵そのもの。

 皇帝になるべくして育てられた第一皇子の凛とした姿と物腰は、誰もが見惚れるほどだった。


 幼い私は一目で彼に恋をした。

 だってそこに夢見た通りの王子様がいたのだから。好きにならないわけがないでしょう?



 程なくして。

 私とウィルヘルムの婚約がなされる事になった。


 貴族で一番の権勢家のハイデランド家と皇族の縁付はお互いにメリットが多い。この婚姻は必然だった。


 大人の事情で成された政略結婚とはいえ、私たちはお互いに想い合っていた。

 子供の頃の気まぐれだと言う者もいたが、成人し一緒に暮らし始めてもその気持ちに変わりはなかった。


 政治的なだけでなく感情も伴う理想的な結婚だと、過去の私も周囲も疑いもしなかった。


 まぁパッと出のシルヴィアにいとも容易く瓦解させられてしまったのだけど。しょうもなさすぎて笑えてくる。


 あの頃。

 永遠に続く気持ちがあると信じていた。

 そんな想いなんて実はただの幻想なのか。


 儚くも消えてしまった私とウィルヘルムの関係のように、消えて無くなってしまうのだろうか。


 ほんとうに?

 変わらない想いはないの?






 私は瞼をあけた。

 視界いっぱいに淡い朝の光に充たされた明るい空間と天蓋、そして見覚えのある光景が広がる。



(領主館? 帰ってきてたのね……)



 身体中がひどく痛む。

 身じろぎすらできない。

 痛みに耐えかねて私は唸り声をあげた。



「い……痛い……」



 ベッドの横に控えていたらしい陰が動く。



「コニー様! お気づきになられましたか!」



 ひどく憔悴した様子のイザークが身を乗り出した。



「すごく身体が痛いの……」



 朦朧としながらも私は自分の身体を確かめた。


 右足全体に添え木が添えてある。

 動かそうとしてもびくりとも動かない。むしろ少しでも動かそうとすると激しい痛みにみまわれた。原因はここにあるようだ。



「私の足、折れたのね」


「はい。大たい骨が折れております。ほかにも全身をしたたか打っておられるようですが、足の怪我に比べるとたいしたことはありません。あの雪崩に巻き込まれてこの程度で済んだのは幸いでした」



 本当にそのとおりだ。



「イザーク、助けてくれてありがとう」



 雪崩に巻き込まれ薄れ行く意識のなかで、最後に見たのがイザークの姿だった。

 私が巻き込まれた後、必死に探し当ててくれたのが彼だということは疑いようはない。



「お守りできず申し訳ありません。あなた様をお守りすると誓いを立てたというのに、こんなことに……」


「仕方ないわ。例え一騎当千のあなたでも雪崩相手ではどうしようも無いでしょう? それにイザークが雪の中から救い出してくれなければ、私は死んでいたでしょうね。あなたには心から感謝してるわ」



 私は感謝の意を込めてイザークの首に腕をまわし軽く抱きしめた。



 あの雪崩から五日が過ぎていた。

 聖女により穢土が浄化された直後に起こった大規模な雪崩は、私を巻き込みながら荒れた大地を覆い尽くしたという。


 随行していた兵は高台にいたので無傷、そして聖女シルヴィアは雪崩に飲み込まれる直前に奇跡的に逃げ延びた。

 唯一の被害者が私というわけだ。


 雪の底から救い出された私は、その後丸々五日眠りこけていたらしいが……。



(とにかく被害が最小限ですんでよかった)



 それだけは確かだ。領民に被害がなくて本当に良かった。


 シルヴィアのことは腹だたしいし、創造主のエコヒイキも気にはなる。


 でも今は考えるのはよしておこう。

 なにせ足の痛みが半端ではないのだ。目が覚めてしまったことを恨みたくなるほどに。


 私の痛みを察したイザークが碗に入った薬湯を差し出した。



「お召し上がりください。コニー様。痛みが和らぐ効果がある薬湯です。近いうちに帝都から治癒者が到着する予定でございますので、それまでどうかお耐えください」


「努力するわ」



 私はすさまじい程の青臭い匂いがあがる薬湯を受け取り一気に流し込んだ。

 戻しそうになるが根性で耐え胃におさめる。


 この世界の薬は生薬がメイン。なので、前世のような劇的な効き目は期待できない。気休め程度だ。


 当然、痛みは引く気配もなかった。

 寝てしまうのが一番だろうが、眠れそうにない。

 どうにかならないものか……。


 痛みから気を紛らわすものがほしい。



「ねぇイザーク。薬湯の効果が出るまで、何か話をしてもらってもいい?」


「話、でございますか?」


「ええ。痛くて休めそうにないから、別のことを考えていたいの。あなたのことが知りたい。聞かせて?」



 私はシルヴィアから言われた言葉を思い出していた。

 もしも本当にそうなのならば、確かめたい。


 

 イザークはちょっと眉を寄せ「これといって大したことはありませんが」とその黒い髪をかきあげながらベッドサイドに腰を下ろした。

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