第29話 浄化の旅は好転する。
翌日も予定通り早朝に出発した。
初日のように遅刻することもなく聖女と皇太子一行は定刻に現れた。
深夜に及ぶご乱行のせいでひどい顔色であったが、気力だけで保っているらしい。この辺りはさすがは帝国の代表である。
ただ主人公補正のシルヴィアと皇太子を除いた逆ハーレムメンバーは、深酒のむくみに加え、色とりどりの痣で大きく顔を腫らし痛々しい姿だった。
彼らの顔の痣からして明らかに殴られた痕だという事が素人目にもわかる。
考えられる加害者は一人しかいない。
(絶対に何かやらかしてるはずだ)
私がイザークに心当たりはあるのかと問うと、「さぁ。私はひどく酔っておりましたので覚えておりません」と涼しい顔だった。
想像はつく……。
が、詮索しないでおくのが吉ということだろうと、それ以降は訊くのを止め、旅の間は無理やり気味に納得することにした。
なぜ私がそうしたのかというと、そう、この一件以来、浄化作業自体が非常に効率よく進むようになったからだ。
この浄化の旅、隙間隙間にラブなイベントを天才的な手腕で入れるシルヴィア対策のため、スケジュールがぎっしり組まれていた。
だが、あの夜以降はシルヴィアも含めて皇太子一行がイザークにちょっかいを出さなくなり、私たちに必要最低限の接触しかしなくなった。
さらにイザークの召しあげ時のあの報復を恐れシルヴィアたちがロマンスを挟まなくなった――挟めなくなったの方が正しいかもしれないが――のが大きな理由だと思う。
おかげで旅の中旬には当日分はもちろんのこと次の日の行程も半ば程度まで処理できるほど、生産性があがったのである。
シルヴィアは意外にも
本当に恋愛関係の乱れと貞操観念が独特なのが残念でならない。
色恋に流れずに職務に集中してさえいれば歴代最高の聖女として名を残せたのに、と思う。
結果的に浄化の旅自体がとても快適になったのは幸運だった。
最大の懸念も“夜伽の召しあげに応じた”実績は出来たので、メルドルフが罪に問われることはないことが確定し、精神的にも楽になった。
アロイスに言わせれば「完勝」というところか。
(イザークが原作の呪縛から解放してくれたおかげね)
さすが私の護衛騎士だ。頼もしい。
あぁ、もう一つ想定外のことも。
逆ハーレムメンバーの一人、皇室騎士団の騎士ギード・フォン・ローマンがシルヴィアのハーレムメンバーから脱落したのだ。
誰に言われたのでもなくローマンは自らハーレムメンバーから距離を置き、イザークやメルドルフの領兵たちと行動をともにとるようになる。
原作でもローマンはハーレムメンバーから脱落する。
だがそれは『救国の聖女』の終盤のことだ。
シルヴィアの心が自分には絶対に来ないと悟り、自ら命を断つという最悪のシナリオなのだが……。
またしても原作が変わってしまったようだ。
「メルドルフは兵の数も足りておりませんし、人材は貴重です。ローマンは、騎士としての基礎は出来ておりますので、まぁ私の求めるレベルには遥かに届きませんが、鍛えればメルドルフに必要な騎士にはなるでしょう」
とイザークはしたり顔で言う。
確かに騎士の養成にはコストがかかる。財政の厳しいメルドルフには願ってもない事だ。
「もしもメルドルフやコニー様に害を成すようであれば
笑顔でイザークが任せろと宣言するのならば、信じないわけにもいかない。
(昨日の敵を迎え入れるなんて、いつ寝首をかかれるか分からない……)
が本音のところだが、新たな“旅の仲間”が加わったと考えるのが精神安定上よさそうだ。
変わった事はこれくらい。
あとはひたすらに浄化に励む日々が続いた。
そして予定よりもずっと早く浄化が完了し、私たちが霊峰に辿り着いたのは初夏を思わせる程に気温の上がったある日のことだった。
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