第24話 イザークを魅了する聖女の力。
「天真爛漫でいらっしゃるの。こちら側としては聖女様には一刻も早く浄化作業に入っていただ……」
私は言葉をとめた。
何かがおかしい。
(視察に来た時と違う)
違和感がある。
何が違うのか?
周辺に雪が積もっているだけで、汚染された土地も、空気も変わってはいないというのに。
「領主様、お気づきになられましたか?」
木こりは手のひらを握りまた開くを二・三度繰り返し、
「これほど汚染地に接しておるのに、全く臭いも体のだるさも……感じないのです。今までは意識を保つので精一杯でしたが」
と言うと大きく深呼吸をする。
「今日は汚染される前の清涼な森の空気と変わりません。久しぶりに嗅ぎました」
穢土と瘴気が浄化されている?
「どうなの、イザーク?」
私は隣に立つイザークを見上げた。
護衛騎士は
常時冷静で居ることに努め、恐怖すら感じるほどの仏頂面がトレードマークのイザークであるのに、その眼差しは今まで見たことがないほどに柔らかだった。
まるで大切なものを見つけたというように。甘く穏やかだ。
その眼差しの先にあるのは……。
胸がじくりと痛む。
「イザーク、聞こえている?」
イザークはしばらくビクリともせず(というか気付いてさえいない)、何度目かの呼びかけにようやく応えた。
「……あ、はい。コニー様。その者の申すとおりです。通常と変わりません。以前視察に来た折は耐えられぬほどの悪臭や体の痛みがあったのですが、今は全くありません。とても快適です」
感情が欠片も篭っていない様子だ。
(イザークがおかしい。いつものイザークではないわ)
何が違うのだ?
前回の視察とどこがちがうのか。
そう相違点は、ただひとつ。
聖女シルヴィア(+取り巻きメンズ)がいるかいないかというところ。
私は唾を飲み込んだ。
間違いない。
(聖女の力……)
私は影響を受けないので気付かなかった。
この地は生物にとって死に最も近い世界。苦界なのだ。
癒せる存在はただ一人聖女シルヴィアだけだ。
そして原作の示すとおりに頑ななイザークの心まで虜にしてしまうのもシルヴィアだ。
「さすがは聖女様でございますね。ここまで加護があるとは思いもよりませんでした」
イザークはかすかに頬を染め眩しそうに目を細める。
こんな表情のイザークを見たくなかった。
甘い笑顔を誰かに向ける姿を見たくなかったのに。
(やっぱりそうなのね。イザーク……)
こちらの視線に気付いたシルヴィアが小さく手を振り微笑んだ。
金の髪が陽光を受けキラキラと輝く。
なんと神々しく清らかなのだろう。
まさしく聖女。
恋愛にどっぷりとつかり、幾人の男性と関係を持とうが……私を排斥しようが、シルヴィアは聖女なのだ。
『救国の聖女』の主人公であり、創造主の寵愛を受ける存在なのだ。
(原作どおりに、作者の思惑通りに進んでいくのね。運命には逆らえないの……ね……)
私も悪役としてのレッテルを張られ、悪女として生きていくしかないというのか。
だが、どちらにしても。
(今日の役目を忘れてはいけないわ)
私の義務だもの。
崩れ落ちそうになりながら、私は雪と戯れるシルヴィアの元へ歩み寄った。
「シルヴィア様。メルドルフまで男妾との休暇を楽しみにいらしたのではないでしょう? 聖女としてのお役目そろそろ果たしていただいてもよろしいかしら」
ああ、自分でもいやになるほどの高慢な言い方。
でもこうでもしなければシルヴィアはこのままロマンスに浸るだけだ。
聖女としてこの地を浄化し、メルドルフを解放することを忘れてもらっては困るのだ。
皇太子がこめかみに青い筋を走らせ、私に詰め寄る。
「やめて! ウィルヘルム。私は大丈夫だから」
シルヴィアは健気に言うと、私の正面に立つ。
「わかったわ。浄化すればいいんでしょう? コンスタンツェさん」
と不敵に笑い、躊躇うことなく地下からのガスで沸き立つ穢土に足を踏み入れた。
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