第25話 神の奇跡。愛されし聖女。
ゆっくりと軽やかにシルヴィアは穢土の中を歩みはじめた。
何かを口ずさみながら天に両腕を差し上げる。
すると、天から淡く発光する燐粉のようなものが降り注ぎ、シルヴィアを取り囲むように舞い始めた。
燐粉は次から次へと現れ、大地をおおう。
まるで輝く粉雪が舞い落ちるように。
静かに静かに降り積もってゆく。
そして小一時間ほどもたっただろうか。
突然シルヴィアが祝詞を止めた。
そして一息つき再び両腕をかざす。と……、
一瞬にして燐粉が姿を消した。
この広大な大地を覆うほどの物質が、もうそこにはなかった。
瘴気も沸き立つ腐土もない、むき出しの荒野だけが広がっている。
土地は浄化されたのだ。
まさしく
――神の奇跡。
穢土の浄化という聖女の奇跡を前に、誰しもが言葉を失い、ただただシルヴィアを呆然と見つめていた。
私もまた圧倒されていた。
(この力は……)
本物だ。『救国の聖女』の主人公たる証。
名前があるだけの脇役の私とは格が違いすぎる。
「これで」
シルヴィアは振り返る。
「いいですよね。 コンスタンツェさん。とりあえず見える範囲は浄化しましたけど」
「……聖女様の偉大なお力を拝見させていただきました。お見事でございました」
私は丁寧に礼をいった。
シルヴィア個人の人格はどうであれ、聖女としての力は本物であり唯一無二のもの。人や自然を害する穢土が浄化されたということは、祝うべきことだ。
「予定、たくさんあったけど今日の分は終わったでしょう? 休んでも文句ないわよね? 早朝から起こされちゃうし、移動時間は長かったし……。私もう疲れちゃったわ」
「はい。明日に備えてお休みになられてください。野営地に寝所の準備をいたします」
「そうしてください。あぁそうだ。食事は香草の少ないものにしてくださいね。できれば
「畏まりました。至急用意いたします」
都会風の料理をこの野営地でどれだけのものが出来るのだろうか。
贅沢が出来るほどの食材もなく、専属料理人も同行できてはいないというのに……。
(でも感謝せねばならないわ。浄化してくれたのは事実なんだから。難癖をつけられないように最善を尽くさなきゃいけないでしょうね)
と思い返し踵を返そうとしたとき、私はシルヴィアに呼び止められた。
「そういえばコンスタンツェさんには護衛騎士がいたでしょう?」
「え?」
「ほら背が高くて黒髪で琥珀色の瞳をした騎士よ」
イザークのことだ。
嫌な予感がする。
なぜここでイザークの話題になるのだ?
「ええ。確かに彼は私の護衛騎士です。それがなにか?」
私は動揺を悟られないようににこやかに微笑む。
「彼、かっこいいですよね。それにとても強そう。そんな人がどうしてコンスタンツェさんの護衛役なのですか?」
とシルヴィアは純粋な少女のように目を煌かせ言った。いかにも好奇心だけだと装って。
「そうおっしゃられても困りますわ……。ハイデランドの家を除籍されたときに、父が家臣の中から選抜してつけてくださったのですから」
「ということは、彼はハイデランド騎士団の騎士ってことですよね。強兵と大陸に名を轟かせる騎士団出身の立派な騎士が……」
シルヴィアはワザとらしく眉をゆがめる。
「不貞行為で殿下に捨てられたコンスタンツェさんの元に居るというのは、なんだか可哀想。彼にとって相応しい主だとは思えないわ」
「シルヴィア様、何がおっしゃりたいのか良く分かりません」
ウソ。分かっている。
シルヴィアはメルドルフからイザークを引き抜こうとしている。
悪役である私から救済するために。
そして、この『救国の聖女』メルドルフ編の恋の相手を務めさせるために。
「分からないならそれでもいいですけど」
シルヴィアは私に顔を寄せ、
「では騎士さんに必ず伝えてください。私はあなたを救いたい。お話がしたいので私の寝所に来るようにと。絶対に来させてくださいね。いいですか? 約束ですよ。皇太子に捨てられた哀れなコンスタンツェ様」
と低くぞっとするような声色で囁いた。
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