第23話 浄化の旅。あるいは、いつでもどこでもロマンス。

 次の日、私達は日の出前の暗いうちに出立することになった。


 今回の浄化の旅。

 ここまでくるのにもひと悶着あった。


 シルヴィアと皇太子がメルドルフ到着翌日の、さらに早朝出発には難色をしめしたのだ。


「疲れているのでゆっくりしたい」というもっともらしい理由を述べていたが、どうせシルヴィアと誰かしらが恋愛ゲームをしたいだけなのだ。

 

 当然却下した。

 そんな時間の余裕なぞない(すでに数ヶ月の遅れが出ている)。


 結局、今朝はいつまでも起きてこない彼らを無理やり寝所から引きずりだして、馬車に押しこめ出発することとなった。

 どうやら夜中まで逆ハーレムメンバーと遊び呆けていて寝過ごしたらしい。


 疲労と寝不足でひどい顔色だったが、自業自得だ。

 大人なのだから自制してほしい。



(ラブロマンス小説だから主人公のシルヴィアにとっては恋愛が一番大切で、それ以外の要素はおまけなのかもしれないけど)



 その他大勢脇役エキストラの私にとっては恋愛以外こちらがメインだ。


 日々のたつきをどう立てるのか。

 領民達を飢えさせないためにはどうすればいいのか。


 直近の課題だ。

 私の一挙一動にメルドルフ領民三万の命がかかっている。



(経済のことを考えると、土地の汚染は痛すぎる。一刻も早く浄化復旧させなくちゃ)



 メルドルフの経済が完全に死んでしまう。


 シルヴィアには(個人的な理由で)要請よりもはるかに遅れて到着した分、全力で聖女の義務を果たしてもらわないと困るのだ。


 なので。


 この『浄化の旅』は少しでも暇があればロマンスを始めてしまう聖女一行のために、余裕はなくし、スケジュールをぎっちぎちに詰め込んだ短期集中十日間に設定した。


 汚染された土地の端からスタートし、霊峰の中腹に発生した亀裂の浄化をゴールとした計画だ。

 上手く行けば春の盛りになる前に復興に取り掛かることが出来る。



 今日はその一日目。

 初冬に視察に行った場所の浄化を行う予定である。


 バルトから目的地までの街道は事前に除雪の指示をしておいたので、とても快適に移動することが出来た。


 この時期はほとんどが曇天であるというのに、珍しく快晴。

 幸先の良い滑り出しに心が弾む。


 聖女の加護のおかげかどうなのか、想定よりも早く到着することもできた。



(聖女の加護ってすごいわ……)


 つくづく思う。

 原作小説『救国の聖女』主人公シルヴィア全推しの姿勢はこんなところでも役立つわけだ。


 


 御者の「到着いたしました」との声と共に開けられた扉から差し込む太陽の光に、思わず目を細める。



「まだこんなに雪が積もっているのね」



 そこは一面の銀世界だ。

 暖かい春の日差しを反射しキラキラと輝いている。


 街道を少しでも外れると未だに人の腰丈ほどの雪が積もっているようだ。


 暦の上ではもう春。

 というのにメルドルフ北部はまだまだ冬の気配が濃い。


 改めて環境の厳しさを思い知らされる。



「これでも今年はとても少ないほうでございます。領主様」



 初冬の視察時にガイドを務めてくれた木こりがにこやかに頭を下げた。私は木こりの手をとり、馬車から降りる。



「久しぶりね。元気そうで良かった」


「コンスタンツェ様もおかわりない様で、幸いでございます」


「それよりも穢土が……。あの時よりもかなり広がっているわね」



 私は眼前の景色を見る。

 すこし離れたところに初めて穢土を見渡した小高い丘があったはずだが、すでに汚染に飲み込まれて正確な位置は分からなくなっていた。



「左様でございます。この数ヶ月、じわじわと侵食が進んでおりました。土地は駄目になってしまいましたが、人の命は無事でしたのが唯一の救いでございます」


「うん、不幸中の幸いね。なによりだわ」


「ところでコンスタンツェ様、聖女様はいずこに……?」



 私はすこし離れたところに停車した馬車を指差した。


 馬車から降りたシルヴィアと逆ハーレム要員たちがキャッキャと声をあげてはしゃいでいる。「すごい雪!」などと言う声がもれ聞こえるので、初めての雪景色にテンションあがっちゃってる、というところか。


 しかも逆ハーレム要員2となんだかいい雰囲気だ。

 こんな隙間時間でもロマンスできるなんて、さすが主人公。


 

 正直、呆れて声も出ない。


 木こりも信じられないというように目をパチクリさせる。



「言い伝えられた聖女様とはずいぶん感じが異なっておられますね。女童めのわらわのようですなぁ」


「……今期の聖女様は純粋でいらっしゃるのよ」



 もう、ほんと早く仕事して欲しいのだけど?

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