第22話 胸騒ぎ。
「疲れたわ……」
凄惨な晩餐の後、アロイスとイザークをつれ執務室に戻ると私はため息をついた。
侯爵令嬢時代も皇太子の婚約者時代も晩餐会に幾度となく参加してきたが、ここまで認識の異なる人々とは初めてだった。
何というか言葉が通じない。排他的でむしろ取り巻き以外は受け入れない異質さ……。
(私が追放されて半年と経っていないのに)
ウィルヘルムもずいぶん偏狭になってしまっていた。
シルヴィアしか見えていない、見る必要すら感じないというような。
アロイスも私と同じ印象を抱いたようだ。
「しかし強烈でございましたね。初めてお目見えいたしましたが、あれほどクズ……おっと、自由奔放な方々とは思いませんでした」
「私が宮に居たころはああではなかったのよ。殿下は下々の者にも思いやりをもっていらしたはずなのに。どうしちゃったのかしら」
「というよりも本性が出たのではありませんか? 人間が半年やそこらで変わるわけがありませんし。第一コニー様を悪役に仕立て上げて放逐した鬼畜ですからね」
アロイスは異常に爽やかで嬉々とした表情で言う。
最近分かってきた事だが、こういう顔をしている時のアロイスは大抵何かしら企んでいる。
何を仕掛けようとしているのかは聞かない事にしよう。きっとロクでもないことに違いない。
私は苦笑し、
「アロイス。館にはご当人がいらっしゃるのよ。口を慎みなさい」
「失礼いたしました」
私はふと手をとめた。
もしかして、これは原作の『救国の聖女』の影響か……?
(まさかそんなこと)
ありえな……いや、ある。
小説『救国の聖女』には私が行ったであろう数々の嫌がらせの描写もあった。
その中の一つ。たしか未だ婚約者であった頃。
晩餐会でマナーのなっていない平民あがりのシルヴィアを私はひどく叱咤し、見かねたウィルヘルムが助けるというものがあった。
私が悪役であり悪女であるという裏付けとしてのエピソードではあるが、これは小説の一巻での話。
今は二巻中頃である。
そして現実にはそのような機会はなかった。
今日の出来事も領主として当然のことをしたまでだ。
人として恥ずべきことは昔も今も行ったことはない。胸を張って言える。
(正と誤は表裏一体。シルヴィアと殿下は違った見方をしていたのかもしれないわ……)
作者の思惑どおりに。
腹立たしいがどうしようも無い。
私は気を取り直し、明日から行われる浄化作業の予定を確認する事にした。
これ以上の被害を出さないようにするために、非常にタイトなスケジュールが組んである。
「聖女様にへそを曲げられては困るから、浄化を終えていただけるまでどんなことにも堪えなきゃね。明日は被災地にむけて早朝に出発しないといけないから、私はこれで休ませて貰うわね。イザーク、これから殿下の護衛長と詳細を打ち合わせをしておいてもらえる?」
窓際の椅子に腰掛けたままのイザークは、心ここになしという風に窓の外を見入っている。
私の呼びかけにも気づかないらしい。
(あら、珍しいわね)
「イザーク?」
「あぁ、これは申し訳ございません。ぼんやりしておりました。ええっと警備の打ち合わせでございますね?」
「ええ、そう。これからお願いできるかしら」
「畏まりました」
おかしい。
イザークは私と一緒に居る時は常に警戒し集中力を途絶えさせることはなかった。
あからさまにぼんやりすることなど、イザークの性格と職務からは考えられない。
「イザーク、体調悪いの?」
「いいえ。どこも悪いところはございません。……では、失礼いたします」
とイザークはいつも通りの調子で軽く頭をさげ、皇太子一行の寝所へ向かった。
主人公の相手役はシルヴィアを無条件に愛してしまうのがこの物語のセオリー。
そして今回の章の攻略対象はイザークだ。
このままイザークまでもシルヴィアに奪われてしまうのか。
胸騒ぎが止まらなかった。
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