第21話 最悪な晩餐会(若干胸糞)

『救国の聖女』

 主人公のシルヴィアは平民の生まれながら聖女に覚醒する。

 天真爛漫で大変美しく、その微笑みは老若男女問わず心をとらえ、どんなトラウマをも溶かし魅了してしまうという。



創造主さくしゃの決めた設定だといえば仕方のない事なのかもしれないけれど、これは……)



 私は宴用の長机を前に、ひどい怒りと落胆に肩を震わせた。


 つい一時間前に始まった歓迎の晩餐会。

 救世主である聖女の皇太子一行のために用意した心づくしのご馳走。


 であるのに、その客人たちにより無残にも食い散らかされていたのだ。



(これを作るのにも一苦労だったというのに。ひどいわ)



 辺境の地メルドルフは環境も厳しく産業もない貧しい領だ。

 財政状態は芳しくなく、近年では代官の不正や飢饉などが重なり悪化の一方である。

 それに加え今年は災厄による被害もあり、領の経済は壊滅的な打撃を受けていた。


 予算は削りに削られ、それでも足りない分は私の私財を処分し、何とかやりくりしている現状……。


 そんな状態でも出来うる限りの努力で用意した料理の数々だったというのに。



 シルヴィアや皇太子の皿には山盛りにサーブしたまま大量の料理が残されていた。


 明るく快活でちょっとした我侭がかわいい主人公であっても許される事ではないのではないか?



(メルドルフの領主として看過できないわ)



 私は意を決して、口を開いた。



「シルヴィア様。食事が残っておりますよ」


「え? 私、鹿肉は好きなのですが、この香草の香りが苦手で……。食べられないのです。それで残しちゃいました」



 シルヴィアは皿に残った鹿肉の香草焼きをフォークでつつき、悪気もなく小首を傾げる。



「皇宮の料理人の味付けは平気なんですけどね? メルドルフのお料理は、なんていえば良いのか素朴で素材の味がしっかりしていて」


「お口に合いませんでしたか」



 シルヴィアの何気ない仕草にさえイライラしてくるのをぐっと抑え、



「確かに、皇室の食事と比べれば粗末なものでしょう。ですが我が領の今できる精一杯のもてなしなのです。意を汲んでいただけませんか? 残さずお召し上がりくださいませ」



 私は冷静に言う。

 本当はわめき散らしたかったけれど、ここで感情を出すのは悪手だ。


 シルヴィアの出身である庶民のマナーは良く分からないが、貴族のそれも皇族ほどの身分になると政治的に重要な晩餐などに参加することもあり、食事を残すことは儀礼上許されない。

 重大なマナー違反と考えられるのだ。


 それに領民の気持ちを思えば、ここで私がひくわけには行かない。



「え……。コンスタンツェさん、そんな言い方しなくてもいいじゃないですか。苦手なものを残しただけで、どうして私が責められるのか意味が分かりません」


「責めてはおりません。領民へ敬意を払っていただきたい、と申し上げただけです。ここにあるものは全て領民の労があってこそ。上に立つ者として当然の配慮ではありませんか」


「上に立つとか……。ただの食事なのに。食事の時は楽しく過ごすものでしょう? そんなこと言わないでください」



 シルヴィアはぷくりと頬を膨らます。

 とても子供っぽいが不思議なほど似合っている。


 シルヴィアを擁護するように、逆ハーレム要員たちが「やはり悪女だ」とか「聖女様を責めるとは、ありえない」とか好き勝手に言い始めた。


 原作によれば彼らは見た目はもちろんのこと身分も抜群に良いはずだ。

 皇室騎士団の騎士に、宰相の息子……名門の令息ばかりであるはずなのに、この盲目さ。

 不自然すぎやしないか。



(原作の影響かしら。登場する恋の相手は問答無用にシルヴィアを愛してしまうということ?)



 帝国の事を思い、諫言したが言葉が通じないとは。

 こんなときはどうしたらいいのだろうか?


 助けを求めるようにアロイスに目配せする。

 が、アロイスは静かに首を左右に振るだけだった。眉間に深い皺が寄っている。バカにつける薬なしとでも言っているようだ。



(イザークは?)



 イザークは無表情のまま黙々と食事を口に運んでいた。

 だが視線は……シルヴィアの元にあった。


 胸がズキリと痛む。



(原作どおりなの……?)



 イザークもシルヴィアの虜となってしまうのか。



「コンスタンツェさん」



 私は顔を上げる。



「食事一つで何故そこまでいわれないといけないのですか? 出された物を食べるも食べないも、私の自由じゃないですか。私が決めることでしょう? 苦手だったから食べなかっただけなのに、そんな風に言わなくても……」



 シルヴィアは涙ぐみながら助けを求めるように皇太子の腕にすがりついた。



「ウィルヘルム。コンスタンツェさんがひどいです。とってもこわい」


「シルヴィア。あの者の言うことなど、気にすることはない」



 ウィルヘルムはシルヴィアの目元の涙をそっと拭うと、憎悪の光をともした眼差しで私を睨んだ。



「コンスタンツェ。ここでもひどい暴君ぶりではないか。客に無理強いするのもマナー違反ではないのか?」


「皇太子という地位にある方がなんと言うことをおっしゃるのですか。シルヴィア様は未来の皇太子妃になられるお方。私は間違っているとは思えません」


「俺には婚約を解消されたお前がシルヴィアを妬んでいるとしか思えんがな。そんなに口惜しかったか、


「……お戯れを」



 心底、婚約破棄してよかったと思う。


 皇太子がこれほどまで愚かだったとは。

 一緒に暮らしていた頃は感じもしなかったが。

 いつの間にこれ程、卑劣になったのだ?



「なぁコンスタンツェよ」



 ウィルヘルムはシルヴィアの皿をとり、



「そんなに気に入らぬというのならば、こうすればよい」



 と言いながら床にぶちまけた。

 香草のソースと鹿肉が床に敷かれたラグの上に暗いしみを作りながら広がる。



「殿下!!!」


「これでもう食えんな。メルドルフ領主、晩餐大儀だったな。感謝する。……シルヴィア、部屋に戻るぞ」


 

 皇太子は不敵に笑いシルヴィアの腰に手を回すと広間を後にしたのだった。

 何ともいえない不快な空気を残して。

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