第17話 穢土《えど》。
「コニー様。問題ありませんか? お顔の色が……」
イザークが心配そうに訊く。
「ずいぶん赤いようです」
そういえば……。
頬が熱い。ううん、頬だけじゃない。顔中が熱い。
私は頬に手を当てた。
外気に晒された手のひらはひんやりと冷たかった。
おかげで沸き立った気持ちは消え、落ち着きが戻ってくる。
(もう誰のせいだとおもってるの?)
目の前のイザークは
分かっているのか、分かっていないのか……。
とりあえず今、イザークへ心が傾いていることを悟られてはいけない。
いったん閉じておき、業務に集中することにする。
そう、ここに私は遊びに来たのではないのだ。
「気にしなくていいわ。大丈夫。それよりも今すぐ視察に行きましょう。日が落ちる前に終わらせたいわ」
「確かに暗闇の中での行軍は危険です。直ぐに出れば、日暮れまでには戻ってこれましょう。命じてまいります」
というとイザークは背を向けた。
駐屯地をでた私達は、領兵により整えられた順回路を辿り、亀裂が生まれたという霊峰リギの山麓を目指すことになった。
巡回路と言っても、降り積もった雪を人が一人ようやく通れるほどの幅で圧し固めただけの簡易な道である。
それでも周囲のまだ根雪になる前の雪原に比べれば、ずいぶん歩きやすかった。
まだ柔らかい雪をうっかり踏んでしまうと、脛の下までズブズブと埋まってしまうのだ。
慣れない雪道に疲労も重なり、騎士や領兵のように日ごろから鍛えていない私は、何度となく道を踏み外した。
おかげで新雪に埋まり動けなくなる(そしてイザークに抱えられ助け出される)という失態をおかしてしまうことになった。
イザークが賛成をしなかったのも良く分かる。
私がこうなるであろうことを推測していたのだろう。
(それでもやらないといけないこともあるわ。領民と領地を守ることは領主としての義務よ)
私は歯を食いしばってひたすら歩いた。
一時間は歩いただろうか。
厳冬に耐え得るブーツにもかかわらず、足の感覚がもはやなくなったころ、先頭を歩く案内役の木こりが、ふと足を止めた。
「コンスタンツェ様。つきました」
「やっとついたのね」
木こりは「ここから穢土が見えます」と口元をマフラーで押さえながら言った。
「もう穢土がそこまで到達しております。あまり強くはありませんが、魔物も出没します。お気をつけてください」
私は木こりの隣に並び、魔物に侵されたという土地を眺める。
メルドルフにやってきたその日に見た風景は……なかった。
ハイデランドを追放され、ようやくたどり着いたこの地。
はるか遠くに山脈が走り、ふもとには深く豊かな森が広がっていた。
今はその一番の峰の山麓にいるのだ。
だというのに。
森が消失していた。
天まで届こうかというばかりの針葉樹も、豊かな実りをもたらす広葉樹も、茂った下草も。動物達も、住民達の集落もなにもかも。
――なくなっていた。
ただ、ぶくぶくと泡だつ奇妙な色をした泥が一面に広がる大地があるだけだった。
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