第16話 あなたの側に在ることが私の願い。

 北部へ向う遠征隊は、私とイザークを含め二十人ほど。


「本来ならばもう少し人数を寄せるところですが、何分なにぶん急でしたので」


 とイザークは謙遜していたが、隊員の顔立ちや身のこなしから選び抜かれた兵であることが素人の私でさえも分かる。


 領主が未知の領域へ遠征に行くという我がままともいえる決断。

 それでも従わざるを得ないイザークとして、私と団員の安全を最大限に考慮した結果だろう。


 ありがたいことだ。

 そして同時に、プレッシャーをも感じる。


 イザークにもアロイスにも、領民にさえも、私の一存で負担をかけるのだ。



(一つでも結果を出さなければ、申し訳が立たないわ)



 無駄には出来ない。

 私は拳を握り締めた。






 私達の部隊は領都バルトから街道を北へ向う。

 進むごとに寒さは厳しく雪は次第に深くなっていく。


 目的地である守備隊最前線の駐留地はべた雪が降り荒むさなかにあった。


 バルトでは晩秋から初冬であったのに、ここは季節も景色も違っている。

 すでに真冬の様相だった。



(イザークが心配するはずだわ)



 バルトとは明らかに寒さの質が違っている。

 生きとし生けるもの全てを拒む、そんな激しささえ感じる寒さだ。


 裏地に毛皮を縫いつけたマントを羽織ってはいるものの、ありとあらゆるところから寒さは忍び込んでくる。

 絶え間なく足元から這い上がってくる寒気に、私は思わず身を震わせた。



「ここはバルトとは段違いにお寒いでしょう?」



 イザークが熱い酒の入ったカップを差し出した。


 礼をいい受け取るとゆっくりとすする。

 シナモンやクローブの強烈な香辛料とアルコールの香りが口中に広がり、喉をとおり胃に入る頃には、体がぽかぽかと温もってきた。



「ええ。思っていた以上に。でも平気よ。問題ないわ」


「安心いたしました」



 小さく息を吸うとイザークはさらに続けた。



「コニー様。汚染された地の最端はこの先、一キロほど山に入ったところにあります。山の中ですので、ここのように整地されておりません。非常に足元が悪く危険です」



 とイザークは身をかがめ、私の心の内を窺うように覗き込む。

 

 きっと今からでも『いいえ』と言って欲しいのだろう。

 この護衛騎士は私のことになると途端に慎重になるきらいがあるのだ。



「もちろん行くわ。わかっているでしょう?」


「……では」



 イザークは腰に下げた小さな革のカバンから、組紐で造られたペンダントを取り出すと、私の首にかけた。



「これをお持ちになっていてください。我が家に伝わる災厄避けのお守りです。今から数百年前の古代の聖女が願いをこめたものだと聞いております。気休め程度にしかならないかもしれませんが」


「そんなに貴重なものを……」



 古代の聖女の願いのこめられた遺物など、効能があろうがなかろうが国宝級ではないか。

 私はイザークを見上げる。



「私が着けていてもいいの? 家宝なのでしょう? イザーク、あなたが持っておくべきだわ」


「いいえ。コニー様に持っていてもらいたいのです。少しでも害となることは避けていただかねばなりません」



 死する時まであなた様と共に在ることが私の願いですから、とイザークは戸惑うこともなく囁いた。



(こんな言葉を何事もないように言うんだから……)



 忠誠心の厚い騎士というのはなんて厄介なのだろう。

 愛の告白でもないのに、さらりと情のこもる台詞をはく。


 勘違いしてしまうではないか。



(臣下としての忠誠を示しただけだわ)



 でも、とても胸が熱い。

 ドクリドクリと心臓が跳ねる。


 私はイザークのことを異性として意識しているのか?

 

 ううん、違う。

 きっと、違う。

 この高まりは、お酒のせいに違いない。

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