第15話 机上ではわからない。
『救国の聖女』はラブロマンス小説。
最大の目的は聖女シルヴィアの恋愛模様を描くこと。
であるので、シルヴィア周辺以外の出来事はあっさりとしか記されていなかった。
今回の魔物襲来についても、
『辺境で魔物が生まれた。土地は穢され人が死んだ』
この程度だ。
どの程度の被害で、どんな魔物が現れたのか、どのように汚染して行くのか等の、私が最も欲しい情報はほとんどなかったように思える。
まぁテーマが恋愛なのでそれが限界なのかもしれないが。
そもそも魔物って、どういうものなのだろう。
魔物という物を、魔物に汚染させられた土地というものを、私は実際にこの目で見たことがない。
(原作にも詳しくはのっていなかったわ。つまり私の原作の知識だけではこの災厄の全てには対応できないということね)
やはり事件は現場でおきている、のだ。
毎日のように北部では被害が出ている。もちろん、できるだけの対処はしている。
だがスマホや映像記録がないこの世界では、最も大切な現状の把握が十分に出来ているとは思えない。
(北部からの報告書には詳しく記載されていたけれど、いまいち良く分からなかった)
百聞は一見にしかず、というではないか。
やはり自らの目で確かめるのが一番だ。
「北部にいこうと思うの」
私はイザークとアロイスを執務室に呼び出すと、二人が席に着くのを待たずに宣言した。
「何をおっしゃっているのかわかりません。コニー様。この厄害は魔物が絡むもの。魔物に唯一対処できるのは聖女様のみです」
イザークは眉間に皺を寄せる。
強面のイザークだ。
震え上がって声も出せなくなるほどの威圧感がただよう。
(私が行っても無駄だといいたいのね)
けれど、イザークの圧に負けるわけがない。
「いいこと? イザーク。聖女一行が到着するのは数ヵ月後、冬の終わりになるわ。それまで被害が止まることはないでしょう。毎日、民が殺されていくのを指をくわえてみていろというの? 私には無理だわ」
私は机の上のティーポットを手に取りカップに注ぐと、イザークとアロイスの前に置いた。
白い湯気がたゆたいながら昇り、やがて消えていく。
沈黙が訪れる。
誰一人話そうとせず、ただ静かに湯気を見つめていた。
私は静寂を断ち切るように口を開く。
「これは決定よ。イザーク、一緒に来てくれないかしら?」
「私の任務はコニー様のお側でお守りすることです。何処に行かれようと同行いたします。ですが」
北部はこの
寒さは厳しく、雪も深い。
冬の始めのこの時期でも膝の辺りまで積雪があるという。
イザークはそんな場所にどうしても私を行かせたくないらしい。
「メルドルフの冬の厳しさを侮っては成りません。領民にとって希望であるコニー様が寒さに
(もしかして私が体調を崩してしまうかもしれないから、反対してるの?)
医療技術が未熟なこの世界。
病気になれば漢方か世界に数人しか居ない治癒魔法の使える神官(さすが小説の世界!)に頼るしかなく、命を落とすことも少なくない。
だけど。
どれだけ過保護なのか……。
イザークに心配されて嬉しいというより、呆れてしまう。
まるで私が小さな子供のような扱いではないか。
「心配しすぎよ。イザーク、あなたも冬に慣れていないのは私と同じでしょう。確かに寒さは厳しいだろうけど、きちんと仕度をすれば凌げるわ。もしかして、あなた寒い場所がつらいの?」
「いいえ。寒さは苦手ではありません。私の生まれはメルドルフ以上に冬が厳しい場所です。ですから寒さには慣れています。ハイデランド騎士となった今も鍛えておりますし、コニー様とは異なるのです」
「もう……」
なんて頑固なのか。
堂々巡りではないか。
私はちらりとアロイスに視線を渡す。
それまで黙っていた天才行政官はやれやれと首をふりながら、
「イザーク卿。コニー様がお決めになられたことだ。前回の視察に参加できなかった分、今回は私が随行する。卿は留守番でもしておいてくれ。護衛がないのなら時間が有り余るだろうし、私の業務の……いくつか案件でも処理してくれればいい。なぁに簡単な案件さ。案ずるほどのこともない」
「本気か? アロイス。お前のような軟弱な体では遭難するだけだ。それに北部は未だ治安も安定していない。コニー様のお役に立てない者が同行しても意味がない」
「では四の五の言わず、護衛騎士の役割を果たしたらどうだ。卿が敵からも寒さからもコニー様をお守りすればいいだけだろう? 冬が深まる前に出立せねば、大事になるぞ」
そこまで言うとアロイスは私のほうを向き、
「これでよろしいですか。コニー様。さっそく遠征の手配をいたしましょう」
「ありがとう、アロイス」
私は礼を言う。
口が立ち聡明なアロイスだけあってイザークを諌めるのはお手の物だ。任せて正解だった。
アロイスはもちろんのこと、イザークも優秀な騎士である。
納得すると仕事ははやい。
二人の働きのおかげで遠征の段取りが瞬く間につけられ、翌日の朝には、私たちはバルトを出発したのだった。
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