第14話 皇室からの使者。

 皇室からの返事を携えた使者が訪れたのは、一月ひとつき以上も後、うっすらと雪が降り積もる午後のことだった。



「現在、聖女様と皇太子殿下御一行は南部の浄化に向かわれておりますゆえ、こちらに来られるのはしばらくかかるとのことでございます」



 謁見した使者は私と目を合わそうともせず、不遜不承な態度で繰り返した。


 この使者は皇太子の婚約者として宮中で生活していた時に、私の取り巻きの一人であった男である。


 私には男女問わずたくさんの取り巻きがいた。

 日和見な彼らは私が婚約を破棄され(皇太子に捨てられ)皇宮を出てからは、潮が引くように離れていった。



 その程度の男がこの惨事の使者として私の元に遣わされたのだ。

 皇室の、というよりも皇太子の思惑が透けて見える。



(ウィルヘルム……。あなた、えらくみくびってくれているのね)



「使者殿。悠長なことをしている余裕はありません。こちらも被害が拡大しているのです。日々土地は侵され領民が襲われています。一刻も早い対応をしていただかないと困ります。この旨を陛下に奏上していただきたい」



 ゴマを擦りまくった恥ずかしい過去を知る相手に今更会うのは、なんともばつが悪いのか、使者は下を向いたまま額に汗をうっすら浮かべ、



「えぇえぇ。コンスタンツェ様。そちらの状況は重々存じております。ですが南部の浄化がなかなかに難しく……。聖女様も皇軍も南部から出立できずにおられるのです」



 と語るばかり。まったく埒があかなかった。



「コニー様、これを」



 業をにやしたアロイスがすっと報告書を私に渡す。

 ざっと目を通し、ため息をついた。



(……南部には避寒にちょうどいい離宮があるものね。離れられないのも納得だわ)



 アロイスの雇った諜報員の報告書によれば、浄化作業自体はすでに終わっており、聖女と皇太子、そして聖女の恋のお相手達はバカンス中であるらしい。

 離宮にこもり人目も憚らず、聖女を巡って恋の火花を散らしているという。



(ほんと原作通りじゃない)



 逆ハーレム物である『救国の聖女』


 チュートリアルな一巻はメインキャラの説明と、悪役令嬢である私の追放で終わる。

 だが二巻からは趣きが変わるのだ。


 主人公・聖女シルヴィアの恋愛無双が始まるのである。


 浄化の旅で全土を巡りながら、皇太子や男性メインキャラ(もれなくイケメン)、そして土地土地で出会う男性(イザークもその一人だ)と親密度を高め愛を深めていく。


 ライトノベルの中でもティーンズラブのジャンルでもあるので、もちろん章ごとにお相手が変わり、ラブシーンもてんこ盛りだ。



(浄化が終わるたびに、いちゃいちゃしてたっけ……)



 前世? の私は「たくさんの男の人に愛される主人公素敵」と喜んで読んでいたけど、こうして小説の中の住人になってみると、とんでもないことだ。


 こちらは生死がかかっているというのに、かなり個人的な都合で、しかも好いた惚れたで放置とか……。

 正直、なくない?



(民が傷つけられるのを手をこまねいて見ていることなんて出来ない。こうなったら自分たちで出来ることをやるほか無いわ)



 小説の読者であった前世の私。

 これから展開も分かっている。


 完全な浄化は無理だとしても、何かすべがあるはずだ。



「これ以上は時間の無駄ですね。使者殿。この件、承知いたしました。聖女様御一行に早目にバカンスを切り上げていただけるようにお伝えください」



 と私は立ち上がり出口を指差した。



「イザーク、使者殿がお帰りです。ご案内して差し上げて」



 眼光鋭いイザークが無表情のまま頷く。

 使者はヒィィと小さな悲鳴をあげた。





 館から離れていく使者の馬車を見守りながら、私は思考をめぐらせた。

 かつての私は原作である『救国の聖女』を何度も読みこんでいたはずだ。



(どこかにヒントがあるはずよ)



 小説の登場人物自身も認識していない過去も、これから起こる未来も知っているのだ。

 これは絶対的な強みだ。


 見つけてみせる。

 自分たちの、そして民のために。

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