第13話 厄害の始まり。
私はイザークとともに館へ戻り、アロイスにさっくりと事の次第を説明する。
彼もまたこの冬を如何に越すかを懸念していたようだ。
「よろしいですか。コニー様。何事も最初が肝心なのです」
新領主がどれだけ優れているのか。
前領主との差異を明らかにせねばならない。
「そのため一期目の冬の対策が重要になります。慎重にせねばなりません。」
メルドルフの冬は首都と比べ物にならないほど長く厳しい。
ゆえに考えうる全ての施策をとらねばならない。
今年は暖冬だと市井の人々が言っていたが、それでも死者が出るほどの厳しさではある。
「出来ることすべて行いましょう。領民の生命は何よりも優先しなきゃいけないわ」
「お言葉ですが、コニー様。財政が緊迫しております」
アロイスは試すように私に訊く。
「新領主の就任式や祝賀行事は全て中止します。浮いた予算を冬対策と治安維持のために回して。それでもこの広いメルドルフをカバーすることはできないでしょうから、私の私財を使ってもいいわ」
皇室から下賜された結構な額の慰謝料がある。
元々はなかった金だ。
領民のために使うのが正解だろう。
私は領庫のカギをアロイスに渡した。
「あなたに任せるわ」
「思い切ったことをなさる」
「アロイス、私は財務には暗いの。あなたのこと、信頼している」
アロイスは「貴族というものは何よりも見栄を重視するものだと思っていましたが」と前置きした上で、
「あなたが私の主であることを誇りに思います」
と満足そうに頷いた。
とりあえず私はアロイスの試験に合格したようだ。
冬対策は任せて大丈夫だろう。
案件の残りは一つ。
これから起こりうる『救国の聖女』のイベントだけだ。
そして夏が過ぎ、季節は秋へ移る。
メルドルフの秋は世界で一番美しいという。
だが私は冬に備えゆっくり観光する暇もとれず、ひたすらアリの様に働いていた。
前世? でいう常時繁忙期、といったところだ。
終わらぬ業務にうんざりする。
ただ忙しさのあまり原作の事で憂う時間がないのは助かった。
一度認識してしまうとやっかいなもので。
あの日以来、私はイザークが気になって仕方がなかったのだ。
護衛であるので大抵は一緒にいるが、業務の都合で離れなければならない時もある。
姿が見えないと妙に落ち着かない。
今日もイザークは暗いうちから領兵の編成や訓練に駆り出され、私の前に現れなかった。
勘の鋭いアロイスは、主の心情の変化を感じ取り、執務室に入るなり大げさに眉を上げる。
「おや、コニー様。イザーク卿が居ないと、ずいぶんお寂しそうですが?」
「そ、そんなことないわ。アロイス。この時間に来たということは、何か報告があるんでしょう?」
「ええ。今朝はやく、北部の郡長から届いたのですが……」
アロイスは書簡を差し出した。
私は受け取り、ざっと目を通す。
「なんてこと……」
書簡には「北の山脈で魔物が発生した」とあった。
山脈の最高峰”霊峰リギ”。
その中腹に魔力で満ちた亀裂が生まれ、魔物が湧き出しているという。
「魔物……? どういうことかしら」
この世界で覚醒して、このとき初めて”魔物”の単語を聞いた。
「一年前に聖女が発現しました。『世に悪しき魂が生れ落ちしとき、聖なる光もまた現れる』と伝承にあります。つまりは聖女が誕生すれば地の穢れから禍々しい存在が生まれるのは必然。帝国のほかの州でも魔物の発生が報告されています。我が領にも及んだということでしょう」
「とうとう……」
きてしまった。
原作どおりだ。
帝国に聖女が現れ、魔物が生まれ土地を穢す。
人を害する魔物を駆逐するために聖女は存在するのだ。
(自由に、自由に生きていけると思っていたのに)
私とお父様の関係は原作とは異なっている。私の人生も悪役令嬢とかけ離れたものだ。
でも、それは私が脇役だから?
メインのキャラクターが絡むメインストーリーは構わず進むのか?
私は辱めを受け、イザークは聖女を愛してしまうの?
「被害はどの程度でてるの?」
「土地への被害はないようです。死者もまだ出ておりません。冬支度のために山脈奥地まで踏み入った木こりが数人、軽い怪我をした程度です」
「そう。至急領兵の派兵の手配をなさい。住民の避難を勧告し、山脈への立ち入りは禁止します」
人間は魔物には対応できない。
対峙できるのは聖女だけだ。
私は深く息をついた。
「皇室へ使いを出して。聖女に救援と穢土の浄化要請をします」
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