第12話 雪の花。
「イザーク、どういう意味なの?」
もしかして、もしかする?
「どういう意味とは? 私はコニー様を主として尊敬申し上げております。私の剣を捧げるべき唯一のお方だと思っております」
イザークは照れも迷いもない様子で、まっすぐにこちらを見据える。
――なんだ。
そういうことか。
騎士の身分と使命にこだわりのあるイザークだ。
おいそれと君主を恋愛対象として好きになる事なんてないだろう。
第一、メルドルフに随行してきたのだって、お父様の
(あのまま侯爵家の騎士団に残っていれば、次代の騎士団長就任は間違いなかったわ。公的にハイデランド侯爵家を追放されたことになっている私に付いていても、イザークには何の利も無い。すべてお父様の指示だったから……)
メルドルフに、私の側にいてくれるのだ。
イザークにとって私は仕えるべき新たな主君。
護衛として常に同じ空間にいるイザークのことを、知らず知らずのうちに特別視してしまったようだ。
早とちりしちゃったかも。
(イザークに限ってそんなことないのに)
でも彼に何を期待したのだろう。
そして何故こんなに落胆してるんだろう。
私は背筋を伸ばし、
「じゃあ今度、私の……この領の守護騎士として叙任しなくちゃね。私からもメルドルフからも離れられないようにしてあげるわ」
「喜んでお受けいたします。すべてはコニー様の御心のままに」
イザークは心底嬉しそうに笑った。
ダメだ、ほんとこの笑顔は。なんてかわいいの。
「期待してるわ。……あら?」
ふと空から白い塊が舞い降りてくるのが目に入った。
ふわふわとした綿毛のようでありながら、右に左に自由に動き回っている。
しかも一つや二つではない。
意識して見回すと、あちらこちらに舞っている。
「イザーク、あれなにかしら?」
イザークは近くの露天商の男を呼び寄せると、綿毛のようなものを指差し訊いた。露天商は近くを舞う綿毛を一つ、ひょいっとつかみ、
「ここらじゃ『雪の花』って呼んでますがね、虫の一種さ。この季節になると北の山脈からの風にのって、ここまでおりてくるんだ」
「虫、なの?」
私は露天商の手の内にある綿毛を凝視した。
綿毛は露天商に捕まれ、居心地悪そうにうねうねと動いている。
胴にはひょろりとした足が何本か。
綿毛のようなものは羽のようだ。
確かに虫だ。
「こんな虫、初めて見る。おもしろいわね」
「見たことないだって!? おねぇちゃん、
「厄介?」
「ほらこの綿毛がな、商品や洗濯物にくっついたら取れねぇんだ。この領に住むものにとっちゃありがた迷惑さ。だけどなぁ命だからな。邪険にもできねぇ」
綿毛対策には苦労するのさと露天商は苦笑し、『雪の花』を放つ。
ふらふらと仲間のほうへ飛んで行く姿は、まるで本物の雪のようだ。
「『雪の花』が少ない年は冬が厳しく、多いと暖かいって言ってるがね」
「へぇ。今年はどうなのですか?」
「いつもの年以上に多いよ。今年は。きっと暖かいだろうね。餓死者が減っていいことだ。道端で人が死ぬのはいい気はしねぇしな」
露天商によれば厳冬の年には何十人という死者がでるらしい。
それほど人に厳しい土地であるということか。
加えて治世者の無策。
死者の数を増大させたことだろう。
統治者としての重圧に思わず身を震わせる。
命は何よりも優先されるものだ。
領主としての存在意義は領民の命と安全を保障することだ。
(がんばらないと。ここで生きていくと決めたのだから)
私は露天商に礼をいい、彼の商品をいくつか買うと領主の館の方へ足を向けた。
(すぐにでも冬の準備を進めておかないといけないわ)
領主としての対策……。
そして。
この世界の、『救国の聖女』のストーリーが動き出す。
聖女の浄化の旅が始まるのだ。
何も出来ぬまま虐げられるのはごめんだ。
「ねぇ、イザーク」
私は隣を進む頭一つ分背の高いイザークを見上げた。
「何があっても、私の側にいてね」
「……はい。私はコニー様のお側におります。一生お守りいたします」
イザークは一切のよどみなく応える。
騎士としての矜持にあふれた表情は逞しい。
でも、きっとあなたは聖女に恋におちるのよ。
原作にあるように。
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