第11話 天然なのか、どうなのか。

 ここメルドルフの衣裳は、帝国支配州の中でも独特だ。


 都住みの住民や貴族のまとう優美なドレスとは全く違って、遥か昔からうけつがれた伝統的な衣装が未だ健在だ。


 基本のスタイルは男女変わらない。


 膝下丈のチュニックとズボン。精密な刺繍が施された帯。

 そして足元は革のブーツ。


 寒さが厳しく独特の文化を保持している土地柄であるためか、帝都の装飾過多なドレスと違い生活に則した実用的な衣類だ。


 数百年同じ形であるらしいが、私付きのメルドルフ人の侍女によれば、それでも多少の流行があるらしい。


 侍女はにこやかに(というか前世の記憶だと営業スマイル?)で、「若い女性の間では胸の直ぐ下にすこし幅の広めの帯を結ぶのが流行っています」とチュニックを差し出しながら言った。


 私はチュニックに袖を通しながら、シンプルな衣裳が高価な絹のドレスよりもずっと着心地も良く軽いのに驚く。



(貴族のドレスに比べたら断然マシね)



 下着であるシミーズにドロワーズ。限界まで締め付けられたコルセット。幾重にも重ねられたペチコート。リボンとレースに彩られ時に房飾りや宝石まで縫い付けられたドレス。


 着付けにかかる時間は毎日30分、長いときは一時間……。

 それが一日三回あったりする。


 ほんの数日前のことなのに思い出すだけでもうんざりだ。


 今までの私は生まれながらの大富豪である侯爵家の令嬢、長じては皇太子の婚約者として、特に疑問を持たずに「そういうものだから」と疑問を持つことすらなかった。


 が、この快適さを知ってしまうと、儀礼と見栄のみを重視した姿に馬鹿馬鹿しさすら感じてしまう。



(窮屈でうっとおしい。おかしいとすら思わずに受け入れていたのね)



 縛りつけ締め付けるコルセット。

 これまでの私の人生の象徴のようだ。


 息の詰まる生活から、あの男の妃としても解放されたのだと思うと、爽快だった。


 愛を失うことは辛く、心は深く傷ついた。

 でもその代償として自由を得た。

 よけいな束縛は必要ないのだ。


 浮気者への愛と妻の座(悪女として捏造されちゃうオプション付き)

 OR

 身分に囚われない自由と未来。


 どちらをとる?



「当然、こっちにきまってるわ」



 私は両腕を青空に突き上げたところで、はっと我にかえった。

 隣でイザークが困惑した様子でこちらを見つめている。

 そういえば視察という名の観光中だった。



「あの、コニー様?」


「ふふふ、大丈夫よ。ごめんなさい。独り言よ。なんでもないの」



 何とか誤魔化せないかなとちょっと希望をのせて、あえていい笑顔を作ってみる。


 だって恥ずかしいもの……。

 妄想に浸ってたなんて。


 だがイザークは大きく息を吐くと、目元に手のひらを押し付けた。



「あぁ、よかったです。とても厳しい表情をなさっていらしたので、婚約破棄の件でまだ心を痛めておられるのかと思いました」


「ええ? そんなことあるはずないわ、イザーク。もうどうってことないの。むしろあんな婚約、破棄されて良かったのよ?」


「……コニー様。私の前で、ご無理をなさらなくてもよろしいのです」



 イザークの琥珀色アンバーの瞳が揺れる。



「あなた様を害する者からは、どのような手を使ってでもお守り出来る自信はあります。けれど、心だけは、私にはお守りすることが出来ません。コニー様はご自身のお心だけをお考えください。私に少しでも癒やすことがてきたら……」


「んん?? えっと……? イザーク?」



 何かえらく熱っぽいことイザークが言った気がする。


 この堅物騎士、大きな勘違いをしていないか?

 そしてどうやって誤解を解けばいいの?(解かない方がいい?)

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