第10話 堅物騎士は精一杯がんばりました。

 二人の反応は予想通りだった。

 それでもなお私が愛称で呼ぶように命じたのには、考えがあるからだ。



「領都の視察に行こうと思うの」



 領を治めるにあたって、現実を見ておかないと何も出来ない。

 いくら報告書を読んだとしても見えてこない事柄も多くある。



(市井のなかにきっと統治の手がかりがあるはずだわ)



 幸運なことに私がここに到着したのは昨日のこと。


 皇室からメルドルフが下賜され、私が主になったことは領民の上層部・貴族や官僚たちにしか知らされていない。庶民は領主が交代したことすら認識していないだろう。


 現地を査察するに顔を知られていない今こそ、身分を隠して動くいい機会だ。



「あなたたちがお嬢様とか呼んでいたら、私のことが皆にばれてしまうわ。領主の前だといい格好しようとするものでしょ? それじゃ見て回る意味が無いわ」



 真実を暴くには匿名調査が有効だ。

 前世? にそんな記憶がある。


 私の言葉にアロイスはうんうんと頷く。



「その通りでございますね。お嬢様のように身なりの良い者はメルドルフにはおりません。身をやつしたほうが目立たず行えるでしょう。ですが……」



 この若き天才は、執務机に山のように積まれた書類を指差した。

 領の改革を行う上で最優先で整えなければならない案件が、アロイスの処理を待っている。



「私は今回の視察、同行できかねます。コニー様の初公務だというのに、非常に残念ですが……。今日中に対応せねばならない案件が沢山ありまして。どうにも身動き取れそうに無いのです」


「確かに、それだけあれば外に出ている暇なんてないわね。書類の処理はアロイスにしかできないことだから、仕方ないわ。じゃあイザーク、あなたは大丈夫ね?」



 イザークはほんの少しだが口元に笑みを浮かべ、私の前に跪く。



「はい。私の役目はお嬢様の身辺をお守りすることですから、お嬢様がお行きになられると決められたのならば、私に断る選択はありません」



 愛称で呼べと言ったばかりだというのに、イザークはいつもと変わらぬ口調だった。

 まったくこの男は真面目すぎる。

 長所といえば長所だけど……。


 私はすこしからかってみることにした。



「イザーク。思うんだけど、私を呼ぶ名が違うんじゃない?」



 イザークは落ち着き無くしばらく視線を泳がせる。

 そしてようやく覚悟が決まったのか、ためらいがちに口を開いた。



「コ……コニー様。何なりとお申し付けください」


「よろしい。よく言えました」



 まぁ様はいらないんだけど?


 若干不満はあるけれど、上下関係が体の芯まで染みこんだ騎士なんてこんなものか。

 コニーと呼べたことだけでも上出来だろう。

 いずれ自然に言える日を待とう。


 私とイザークのやり取りを見ていたアロイスが、



「幼い頃から絶え間ない鍛錬で鋼の筋肉を手に入れたのに、柔軟性の稽古はしなかったのですね? イザーク卿」



 と茶々をいれた。

 アロイスは意外と(というか当然?)毒舌家らしい。


 イザークはごほんと咳払いをし、



「ではコニー様、今からお出になられますか?」


「ええ、善は急げよ。イザーク、アロイス。警備の手配を。私は着替えてくるわ」



 私は満面の笑顔で指示し執務室を出た。

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