第8話 約束の大地。

 首都の侯爵邸を発ち1週間。

 帝国の端、半ば忘れ去れた旧皇室領の領土(の端っこ)にようやく到着した。


 事前の学習でそれなりの距離があることは知っていたが、想像以上の僻地に驚かされる。



(皇領ではあったけれど、ほぼ放置されていたのが納得できるわ)



 首都からも遠く、特別にこれといった産業も特産品も無い。

 防衛上に特に必要でもなく……。

 だが、これだけならば未だ見捨てられるまではいかない。


 なぜ皇室は手放したのか。


 最大にして唯一のデメリットはやはりこの立地だろう。

 四方を山と海に囲まれた陸の孤島状態であることで、貿易は困難である。それだけではなく飢饉や災害時の物資の補給にも手を焼く始末だ。


 住人も少なく税収もほぼないに等しい土地は、先祖伝来の負の遺産なのだ。



(慰謝料とはいえ、簡単に手放すには理由があるはずね。維持費ばかりかかる土地なんて要らないわよね)



 けれど、これだけの広さの土地が手に入ったのは幸いだった。


 すでに帝国に所有者の居ない土地は無い。

 婚約破棄をされ雑に扱えない家門出身のコンスタンツェに対して慰謝料として譲渡された形になったのが、癪に触るっちゃ触るが……。



(方法はどうであれ、とにかく私の物になったのだし。めでたいことには変わりないわ)



 ふと”ただほど高いものはない”という言葉が浮かんだが、気のせいにすることにした。




 ガタリと音を立て馬車が止まった。



「お嬢様」



 イザークが馬車の戸を開ける。



「峠の頂上につきました。ここから領が一望できますが、いかがなさいますか?」


「もちろん降りるわ」



 私はイザークの差し出す手をとり馬車を降りた。


 眼下に広がる我が領地。


 見渡す限りの深い森。

 そして原野。遠くに連なる山並みの稜線は鋭く、頂には万年雪を湛えていた。


 ところどころに居住地――村か町だろうか――があり、領の中ほどに広く開けた都市が見える。

 周囲の村や町と比しても圧倒的に広い都市は、おそらく領都だろう。



「すごいわね。森がこんなに広がっている。初めて見たわ、こんな光景」



 前評判が悪かった分、私の印象は悪くなかった。

 未開発ゆえのこの土地のポテンシャルの高さを感じる。

 ほとんど人の手が入っていない分、何でも出来そうだ。



「確かに、すばらしい風景です。首都にもハイデランド領にもこれほどまでの森林はありません」


「あら、イザークは田舎の出だと聞いたから、見慣れたものかと思ってたわ」



 イザークは困ったように微笑んだ。


 この護衛騎士イザーク、黙っていると近寄りがたい強面なのに、笑うと少年のような雰囲気になる。

 そのギャップがとてもかわいいのだ。


 初めて気付いたときは驚きを隠せなかった。

 冷静、冷徹、残酷。

 そんな単語が似合いそうな風貌なのに、笑うと一気に柔らかくなるなんて。思いも寄らなかった。


 正直、見ているこちらがドキドキするほどだ。


 私の視線を感じたのが、イザークはかすかに頬を赤らめてそっと顔をそらし再び景色に見入る。



「私の故郷も辺境でございますが、これほど手付かずの自然ではありませんでした。遥か昔から開拓されてきた良くある里でございます。この領のように豊富な森林資源は持っておりません」


「そう考えると貴重な土地ね」



 愛する男性に裏切られ捨てられた。

 不名誉で身もだえするほどに辛い出来事だった。


 でもそれに耐えたおかげで、この大地が全部自分の治める土地になったのだ。



「悪いことの後にはいいことがくるのよ。世の常でしょう?」


「左様でございます。今後はお嬢様には良いことしか起こりません」


「そうだといいわね」


 しばらく景色を眺めた後、再び旅路に戻った。

 とりあえず日暮れまでに領都まで行かねばならない。心なしか馬車をひく馬の足取りも軽かった。

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