第7話 私を勘当してください。

 ここは小説の世界で、創造主の手により生まれた。

 作家は親、作品は子。


 だが子はいずれ親の元を飛び立っていくものだ。

 手を離れた物語は、小説の中で生きる人々の意思に沿い自由に進んでいくのかもしれない。



(充分考えられるわ。だって小説と全然ちがうもの)



 原作の小説『救国の聖女』では皇太子からも家族からもコンスタンツェは憎まれていた。

 ただ聖女が如何に清らかな存在であるか際立たせるためだけの存在だった。



 けれど、現実の私は家族に愛されている。

 お父様は誰よりも深く暖かい気持ちで包んでくれている。



(お父様がそう思ってくださっているように、私もお父様と家族、そしてハイデランド侯爵家が大切だわ)



 何があっても守りたい。

 守らなければならない。


 そのためには。

 この選択をとるのが最善だ。


 大切な家族を守るために。

 そして自分がだれかの妻や妃でなく、もちろん悪役令嬢や当て馬としてではなく、一人のコンスタンツェ・フォン・ラッファーとして生きるために。


 私は拳をぎゅっと握り締め、大きく息をすった。



「お父様、お願いがあります。私を……侯爵家から勘当してくださいませ」



 お父様は目を見開き、



「か……勘当だと? コンスタンツェ。お前は何を言っている?!」


「お父様、ハイデランド侯爵家を守るためです。貴族のなかでも一番強い権勢を持つ我が家門は、帝国にとって目の上のたんこぶ。常に対峙しあう関係です」



 皇室との緊張状態を苦慮した先帝により成されたコンスタンツェと皇太子ウィルヘルムとの婚約だったが、皇太子側の一方的な通告で、あっさり破棄されてしまった。



「このままではハイデランドに害が及ぶかもしれません。皇太子殿下とその一派により、我が家門が窮地に立たされる可能性も否定できなくなりました」



 ハイデランド侯爵家のもつ莫大な財力と領地、そして帝国の一師団を遥かに凌ぐ強大な私設騎士団は、皇室にとって脅威だ。


 皇太子とハイデランドが敵対する勢力にとって、婚約破棄の原因が『私とハイデランド侯爵家にある』と改ざんすることなど容易い。

 弱味を握られると一気に攻められ刈り取られてしまうだろう。

 

 自分が侵攻の切っ掛けとなる事は、絶対に避けねばならない。



 お父様は顎に手をあてしばらく考えた後、しかたないとばかりに左右に首を振った。



「コニー。つまりは勘当したふりをしろ、ということだな。婚約破棄を理由に、対外的に侯爵家としてはお前を除籍したことにしたうえで、今後は関与しないと皇帝に示せと?」


「はい。これが一番良い道だと思います。ほんの少しでも私が原因で被害を受けて欲しくはないのです」


「皇室など取るに足らん。お前が気にすることではないのだがな……。放逐後はどうするつもりだ? 領にも首都にも居ることはできないだろう?」


「実は婚約破棄の慰謝料として、僻地ではありますが領地をいただいたのです。いい機会ですし、しばらくそちらで過ごそうと思います」



 放逐されたのではない。

 自分の意思で向うのだ。

 決められた道を進むのとは違う。



(精一杯生きてみせるわ)



 そして出発は一ヵ月後と決められた。

 新しい人生の始まりだった。

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