第6話 原作とは違う展開。

 婚約破棄を告げられた翌日。

 昼を告げる鐘が鳴らされる前に、私は皇宮を出、実家であるハイデランド侯爵邸に戻った。


 もう二度と戻らぬ決意をこめ、皇宮での私物は家具も含めて全て引き上げた。


 何も無いがらんとした居室にほんの少しの寂しさはあった。

 が、ウィルヘルムがこの宮を見て自分がどのくらい理不尽なことをしたのか身を以て知るだろうと思うと、なぜか清清しい。


 してやったりな気分だった。

 こんな気分になれただけでも、無理を言い急いで出立した意味があったというものだ。



 こうして想定外に舞い戻った二年ぶりの生家は、召し上げられる前と何一つ変わっていなかった。

 広間の絵画も年代物のタピストリーも、使用人の顔ぶれも。


 変わったものは、ここにあるはずのない私の姿だけだ。

 二年前は好きな人に必要とされている幸福に満ちていたのに、婚約を破棄されて惨めな出戻り。

 180度人生が変わってしまった。



(騒がせてごめんなさい。でももう直ぐ元通りになるわ)



 原作どおりであるならば、これから面会するお父様から『ハイデランド侯爵家及び家門からの追放』が告げられるはずだ。



(きっと避けられない)



 この世界が創造主さくしゃが作った世界である以上、どんなに足掻いても定められた着地点にたどり着かねばならない。


 小説の中の登場人物であり、しかもこの実家からも放逐される運命なのだと思うと、婚約破棄を勧告されたときよりもずっと心が痛かった。



「コンスタンツェ!」



 私の帰宅を知らされたお父様が息を切らしながら私の前に現れた。

 私は静かに、あえて淡々と婚約破棄されたことを告げる。



(お父様は激怒して追放を命じられるはず。結果的に家門に泥を塗るような事になってしまったのだし)



 侯爵家の威信をかけて差し出した娘が、名誉も貞操も奪われつき返されてきたのだ。

 代々皇室に仕える身としては、酷い屈辱である。


 案の定、お父様は怒りのあまり大きく目を見開き、しゃがれたうめき声を上げた。



(思ったとおりだわ……)



 お父様はきっと私をお許しにはならないだろう。

 覚悟を決め、私は深く頭を下げる。



「お父様。申し訳ございません。すべては私の不徳の致すところで……」


「コンスタンツェ。お前は悪くない」



 お父様は私の肩に手を置き、



「皇宮に潜入させている草から報告は受けている。お前には何の非もない。お前は完璧に役を果たしていた。にもかかわらず婚約破棄を断行したのは皇太子殿下のほうだ。コニー、私の娘よ。お前は何も悪くは無い」


 とやさしく私を抱きしめた。



「お……お父様……?」



 どうして?

 なぜ罵倒しないの?


 コンスタンツェは婚約破棄された悪役令嬢。

 悪役令嬢は男主人公から捨てられるのはデフォルト。父親からも家門からも失敗作のクズとして勘当されるのがセオリーだ。



「本当にすまない。先帝との盟約とはいえ、お前には辛い思いをさせてしまった。皇太子がこれほどまで愚鈍であるならば、あの時、召し上げさせたりはしなかった。父を許せ」


「私を許していただけるのですか?」


「何を言うんだ? コニー。傷ついているのはお前だろう。むしろたった一人の娘をこんな目に遭わせてしまった私の罪だ。自分が情けない」



 手塩にかけて育てた愛娘が利用されるだけされて、あっさりと捨てられたのだ。男親としては悔しくて仕方が無いのだろう。

 ――愛し愛でた娘に対する当然の反応だ。



(私は、お父様に愛されていたのね。どうして気付かなかったのだろう)



 お父様はしきりに悔しさを洩らすと、もう一度力をこめ私を抱きしめた。



「コニーよ。もう今までのことは忘れて、ゆっくり侯爵邸ここですごすがいい。先のことは追々考えよう」


「ありがとうございます。お父様」



 小説には見られない展開に胸の底が熱くなる。


 今は『救国の聖女』一巻の終盤。

 私は放逐され、物語からフェードアウトしていく役割だった。


 でも現実は少し異なっているようだ。


 小説に描かれていない部分だけではなく、……のかもしれない。

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