第5話 都落ちは護衛騎士とともに。
真夏の日差しの下、質素な造りの馬車が土埃をあげて、街道を西に向って疾走していた。
馬車の前後に武装した男をのせた騎馬が二騎、粛々と従う。
向う先は帝国の西方。
時に野盗と遭遇することもある治安が悪い地方である。
大切な商品を扱う商隊には護衛団といってもいいほどに人数をつけるのが常識だ。
規模を考えるならば、この一行は商隊ではないのだろう。
移住民か旅人か……。
それでも護衛が二人は少なすぎる。
無謀なのか、それとも護衛が飛びぬけて優秀なのか。どちらかだ。
(さすがにお金をもっているようには見えないわね。強盗も襲わないでしょう)
私はこれから向う先を思う。
婚約破棄の慰謝料でもらった西の領地、きっと愛すべき土地になるはずの”メルドルフ”
深い森と人の手の入っていない荒野の広がる領地であるという。
帝国下の温暖で肥沃な他領と比べれば、 ランクとしては下の下といっていい。
だが私はこの土地に可能性を感じていた。
システムが確立されていない分、首都にはない自由があるはずだ。
(困難も楽しみにすればいいんだわ)
そう。
もう失うものは無いのだから。
「お嬢様、暑くはありませんか?」
先頭をゆく騎馬が足を緩め、馬車に並ぶ。
開け放たれた窓から若く精悍な男が中を覗き込んだ。
いかにもさわやかな笑顔に私もつられて頬をほころばせた。
イザーク・リーツ。
若くして戦場で名を上げたハイデランド家所属の騎士だ。
今回、私のメルドルフ行きに「うちの騎士団で一番腕が立つから」とお父様がつけてくださった護衛である。
花形の騎士団から零落していく令嬢の護衛という降格ともいえる人事を、二つ返事で快く受け入れた。主の命であれば命も差し出すのも厭わない”騎士の鑑”だ。
(まぁすこし融通が利かないところが残念なところね)
騎士であることに誇りをもつイザークのハイデランド家への忠誠心は疑う余地もない。
彼はウィルヘルムのように私を裏切ることはないだろう。
ただ一点、懸念すべき所をのぞけば……。
そう彼は、
――シルヴィアの恋愛攻略対象
であるのだ。
(原作通りならば、騎士の忠信を忘れハイデランドに叛いてまで、シルヴィアに恋してしまうのだけど)
魔物が大量発生し神聖力をもって浄化するために、シルヴィアが帝国を巡回する。
その最中でイザークとシルヴィアは出会ってしまう。
もちろんイザークは一目で恋に落ち、誇りも信条も全てすてて、シルヴィアに走るのだ。
それが冬が終わりまだ浅い春のころ。
(半年以上は先の話ね。まぁそのときに考えましょ。このあたりは小説に書かれていないし、どうなるかわからないわ)
車外から心地よい風が吹き込んでくる。
私は微笑んだ。
「大丈夫よ。馬車の中は涼しいわ。あなたこそ、気をつけなさいね。今日はとても日差しが強いから」
「……お気遣いありがとうございます」
イザークは会釈をすると馬の腹をけり、隊列の先頭、定位置についた。
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