第5話
「あ~、クッソ眠い……。」
「お? どしたんみどりん。寝不足かい? またクソ映画耐久でもしてたの?」
え……、今の私そんなことしてたん? ……今世の記憶漁ったらやっていたし、そういえば前世でも似たようなことしていた。有名映画のデザインとかとロゴとか名前の一部とかをちょっとだけいじった映画とか実写にしたせいで大失敗した映画とか、自爆するの解っているのによく見てたな……。
にしてもなんでああいった漫画とかを実写化するときに制作陣は原作の読み込みを怠ったり、リスペクトとかけ離れたオリジナルストーリーやらキャラクターやらをぶち込みたがるんだ? 元々完成しているかつ丼にホイップクリームのトッピングを乗せた上にコーヒーをぶっかけるがごとき所業だということを何故理解しないのだろう? 世の中解らないことが多いです。
「あはは、さすがにそれじゃないよ……。昨日数学の宿題教室に忘れちゃってさ。教科書の範囲のところだけメールで送ってもらってやってたらそのまま朝日が昇っててさぁ、さすがに今から寝るのは寝坊確定なのでカフェインで強制的に目覚ましです。」
まぁ正確には昨日黒歴史となる私の新しい人格というかフォームの『灰猫』という方が私の代わりに持ってきてくれた教科書を見ながら宿題していたんですけどね! チートの試運転のために外出したのはいいけど結局アウチなイベントに巻き込まれそうだったお方を救出して帰ってきたせいで、家に着いたのは丑三つ時過ぎちゃったんですけどね! そっから親にばれないように泥水のように濃いコーヒーをガブ飲みしまして今に至るわけです。
まぁ寝られなかったのは身バレしないように演技していたのと、チートで俺TUEEしてしまったせいでテンションが爆上がりだったせいで新たな黒歴史が爆誕してしまったからでもあるのですけど……、まぁあれは私が墓まで持って行くので大丈夫なはず。たぶん、きっと、メイビー。
べ、別に家帰るまではテンションのおかげで何とかなっていたけど宿題進めるうちに頭が落ち着き始めてそれと同時に『灰猫』の厨二感とか、片言キャラいいよね……、って思って自分から演技していたことか! 恰好私もよくよく考えたら痴女じゃん! という事実に悶え苦しんだとかじゃないからね!
「ほほー! 自称優等生のみどりんが忘れものとは……、今日は晴れのち槍の雨かもしれませぬな!」
「やめろよつなぐん~! あと優等生を自称した覚えはないぞよ!」
ま、槍の雨は昨日の深夜ぐらいに降ったんですけどね。対象は隣にいるつなぐんではなくてどこにでもいそうな一般通過オーク君でしたが。
ちなみにお隣にいる普通系少女。近頃の私の周りには髪色がおかしい人が集まりまくっているので逆に違和感を覚えてしまいますが、彼女の髪色はキレイな黒。しかしながら私を含む主要キャラのように変な光沢はない感じの彼女。私がうらやむモブの地位を満喫する彼女こそ、今世の私の親友である“初見 つなぐ”ちゃんです。
家が隣で年も同じということで家族ぐるみのお付き合いをさせていただいており、なんだかんだ仲が良くて受験の必要な高校まで一緒だった腐れ縁ともいえる彼女。前世の記憶が戻る前でしたが、私の趣味を思いっきり布教しているのでオタク趣味に理解のある幼馴染。“みどりん”、“つなぐん”と呼び合う気のいい親友です。
「なはー! ……そうそうそういえばさ。みどりん新しいクラスで友達増えた?」
「うん? あぁ一応近くの席の子と話すぐらいはしてるよ? 結構仲良くさせてもらってるけど……、なんかあったの?」
「うぇ! まじかー。……いやなんか私のクラス普通というか薄い感じでさ。別にそれはいいんだけどあんまり話せそうな子いなくて……、簡単に言ってしまうとわたしボッチです。」
「Oh……。」
「うえ~ん! せっかく同じ中学から上がったのがみどりんだけだったのに同じクラスじゃないのってひどいよぉ! 昼休みとかマジで苦痛だから今度お邪魔してもいいですかみどりん!」
「いや、それぐらいはいいけどあのつなぐんがお友達製作ミッションに失敗するとは……、高校とはかくも難しいとこなのか……。」
「然り然り!」
ほへー。私AクラスだけどつなぐんはBクラス。こっちのクラスは結構活気あるというかあゆむちんとハンディのおかげで楽しくやらせてもらっているけどあっちはそんな感じなのか。……ん? 薄い? 隣居る我が友つなぐんはおつむの方は何とも言えない感じだけどそういった勘は結構優れている。この薄い、って表現は的を射ているのであろう。
たぶん、この『薄い』と言うのは男性陣や教師陣の頭髪が薄いというとっても悲しい毛髪事情を表しているのではなくて、クラスの雰囲気とか熱意とかが薄いってことなのだろう。
薄くて、普通……。もしかしてゲーム内ストーリーでは表記されないクラスってこと? 学校という施設的に存在させる必要があるけど主要キャラが存在しないから描写する必要がないみたいな……。
「みどりん! みどりん! 校門のとこ見てよ!」
「あぁ、ごめん考え事してた……って。数学の鬼方先生じゃん! なんで校門前で仁王立ちしてるんだろ。」
「ほらほら! 後ろで風紀委員の腕章つけている先輩たちが並んでるし、机とかも置いてあるから服装チェックと持ち物検査じゃない! しかも確か鬼方って生徒指導でもあったでしょ!」
うわヤッバ! この学園そう言うのもあるのか! 一応護身用に首から身体強化のネックレスとカバンの中に魔法の本入れているけど……、本の装丁は普通の皮張りの古めかしい感じだから大丈夫だけどペンダントの方はマズい! 最悪しょっぴかれる! さすがにただ首から掛けているのは駄目かなぁ、って思って制服の内側にしまっているけどチェーンバレバレだぞコレ! こうなるんだったら魔法の本の中から隠蔽とか物を隠す魔法でも探して掛けとけばよかった! でも今からやっても何か隠そうとしてて怪しいから絶対声かけられる!
しかも登校するには絶対に避けられない校門前には生徒指導で数学担当教師の鬼方先生が陣取ってる。この先生は授業中でもクソ怖いし、なんだか昭和な感じがプンプンするので出来る限り目をつけられたくない! ペンダント取り外してどこかに隠そうにも、もう先生は目の前だし、ここで不自然な動きしたら絶対怪しまれる! ここはできるだけ平静を装って『プルプル、僕わるい生徒じゃないよ』作戦で行くしかあるまい! 長年の友情のおかげで軽い目線のやり取りだけでつなぐんに私のやりたいことは伝わったはず! いざ鎌倉!
「「お、おはようございまーす。」」
「うむ、おはよう。」
私とつなぐんは極めて普段通りを維持しながら校門の前を通り過ぎようと……
「おい、そこの君。確か……、一年A組の翠野だったな。首に何を掛けている。」
目ェ! 付けられたァ! しかも一番言われたくない奴!
「は、はい……。ネックレスです……。」
「出して見ろ。」
「は、はいぃ……。」
たぶん首にかけてるせいでチェーンが見えていたのだろう。クッ! こんなことなら家から出るときに魔法の本でネックレスが見えなくなる魔法でも探して掛けとくんだった! このネックレス身体強化してくれる上に状態異常にも完全耐性あるから絶対外したくないのに! お願いだから持って行かないでください先生ィ! 何でもはしませんけど貞操とかに関係ないことなら何でもしますからぁ!
前にかけてあった緑色のツインテール。その両房を後ろに回す彼女。首筋と服の隙間に見える銀の細いチェーンをつまみ、胸元にしまわれていたペンダント、その全貌が明らかになる。
現れたのは成人男性の手の甲ほどの大きさがある銀製の円形ペンダント。中央に太陽のような装飾がアリ、それを囲うように四人の女性が描かれている。
「ふむ、芸術やその辺りには疎いが綺麗なネックレスだな。……しかしながらその装飾品は学業に関係ないものであると私は考える。本校は比較的緩い校則であるが、学業に関係のないものを持ち込むのはファッション品でも禁止されている。……何か弁明があるのなら聞くが?」
ここでイスズに電流走る。
「その……、お恥ずかしながら宗教関連のものでして……。」
「む! そうか! それはすまない。では必要がない時は人目につかないようにしておきなさい。……あぁそれともしそういったことで決まりごとがあるのなら担任に相談すること。では問題を起こさぬように……、入ってい良いぞ。」
「あ、あの~。私は?」
「ん? B組の初見か。お前は何もない。入って大丈夫だ。」
「「で、では失礼しま~す。」」
「……ねぇ? あれマジでそういうの?」
「いや、別に変なものにハマっちゃったわけではないから安心して……、お守りみたいなもの、かな?」
ちょっと外道だけど、宗教関係の品ってことでごまかしました。この世界たぶん戦闘アリでグロもありなR18なのだろうけど基本設定は日本。オークとか魔法とかあるけどこういった日常生活では前世の日本と同じで助かったぜぇ……。基本的にだれでも『宗教上の理由で……』って言われてしまうと何もできないからね! 『自分の貞操守るためなら最悪攻略者君をPASSAWAYしちゃう教』と『ツインテール大好き教』の教えに“今日”から『チート道具であるペンダントを肌身離さず装備しておくこと!』って書き足したから大丈夫でしょ!
ーーーーーーーーー
ほーかーごー!
「くっっっっっそ! ……眠かった。浴びるようにカフェイン摂取しとけばよかった……。」
「みどりさん朝から眠そうでしたし、午後の事業は船漕いでいましたもんね。昨日夜更かしでもしたんですか?」
「あ~? 半田の癖に何その口のきき方~! もっとみどり様に敬意を払いなされ~。……ねむ。」
「マジで眠そうですね。……コーヒーでも奢りますか? この前数学教えてもらいましたしそのお礼にでも?」
「いや、悪いからいいや。気持ちだけ受け取っとく~。それに授業中寝られたおかげでマシになったしね。」
いや~、お昼ご飯後の五時間目:古文、六時間目:現代文は本当に苦行でしたね……。担当の先生が二人ともお優しい先生方なのをいいことに最初は船漕いでいましたけど、首だけカクンってなって寝ちゃっていましたもの。
「……ど……さ……。」
睡眠取れたのは良かったけど悪いことしちゃいましたね……。前世での記憶が復活したおかげでかなり薄れているけど昔やった高校時代の勉強内容は思い出した。時間が経てばなくなるアドバンテージだけどそれに胡坐をかいて気が抜けていたかな~。それにチートっていうよく解らない便利な力手に入れちゃったし、それで舞い上がっていたのかも。
「……みど……さ……。」
昔から私はこういう時に失敗しやすくなるんだし、この世界は昨日のこともあるからマジで何があるかわからん。一応戦闘アリで凌辱もある感じのエロゲ世界なのだろうけど……
「みどりさん!!!」
「ひゃい!」
驚きと共に若干飛び上がる主人公。その動きにつられてゆったりと上にあがりそして落ちてくるツインテール。その波は大海の息吹であり、緑という髪色から肌をやさしくなでる木々の間を通り抜ける風のようだ……、ま、驚いてツインテ揺れたんですわ。
「あ、脅かしてしまってごめんなさい。何度も呼びかけても上の空だったので……。」
「いやいや、いいのよあゆむちん。ボーとしてただけだし。んでなんか用?」
声をかけたのは上半身の凹凸部分があまりにも乏しくりんごでも詰めとけばいいんちゃいますかね、と誰かに言われそうな少女ことあゆむちん。何やら深刻な趣ですね。
「あ~、場所変えた方がい感じ? ほらハンディ、散った散った。」
「何かあるたび思うんですけど出会ってまだ一か月たってないのに扱いひどくありません?」
そう愚痴を吐きながらちゃんと立ち去る半田君。この子いい子です。そして運がいいことに他のクラスメイトは部活か帰宅したのかだれもいません。ちょうど桃川さんが喋りやすい場が整ったわけですね。
「で? どうしたのあゆむちん。結構深刻そうなお顔ですけども。」
「実は……。」
深刻そうに思い悩む桃色の彼女。ここで我らが主人公のイスズちゃん、ピーンと来てしまいます。この深刻そうな顔、声を発するために唾をごくりと飲み込む感じ。すわ、もしかしてそっち関連の話ではないか! ということです。ちょうど昨日も可愛らしい豚さん(皮肉)と楽しい大人の社会ダンスを踊ろうとしていた、まぁ脅迫なんですがそんな赤髪ちゃんがいたわけです。
もしや私が知らないうちにそういうスチルかムービーがありそうなイベントが発生しており、そのことに対する相談なのではないかと思ったわけです。まぁ彼女の周り最近ピンクだらけだから仕方ありませんね。
(18禁ゲームのシナリオ的におそらくメインというか表紙やパッケージで一番面積取っているのは赤髪の不知火さん、4月上旬での合体というRTA走者もびっくりなタイムと入学式で新入生代表とか絶対にメインじゃん。ということはサブ、もしくは別ヒロインとして私やあゆむちんがいるわけだ。彼女の相談事がシモ関連だと仮定すると……、もしや昨日の放課後、不知火さんのデザートとして頂かれたか? いや深夜のオーク君たちもいることだしよく解らん化け物にやられたってことも……、いやしかし彼女の性格的に一般人(に見えている)の私に相談することは私が解決できる範囲のものだろう。たぶん怪異系のエッチ案件は巻き込まないために秘匿するはず、ということは路地裏で一般通過ピンクモブとかに喰われたか!?)
この間、約0.1秒! 灰色の脳細胞によって光速でたたき出される最適解! イスズが取った行動とは!
「うん、うん……、辛かったよね。大丈夫、私が何とかしてあげるから……。」
聖母がごとき微笑みをもって慰めること! 脳内では加害者を然るところに訴え、社会的に抹殺した後、灰猫に変身して肉体的にも抹殺するヴィジョンが見えている! この女! 気がはやい!
「え? えぇ? 何のこと?」
「あれ? もしかして私考えてる内容間違ってる? てっきりあゆむちんが【自主規制】で【自主規制】になって【自主規制】が【自主規制】の感じかと……。」
「へっ………、って違うよ!!!」
一瞬動作が停止し、真っ赤になって否定するあゆむちん。おそらく自分がそうなるの想像して真っ赤になっちゃったんですね。あゆむちんはかわいいなぁ……。
「そ、そうじゃなくて! ……実は私一人暮らししていて……、今度私のこと心配したお父さんとお母さんが借りているお家に来るの。でも私片づけとか家事とかそういうの苦手で……。」
なぁ~んだ、違うのか。何故か脳内でがっかりしたイスズ。ま、まぁ男女関わらず猥談というものは一定の需要がありますので……、それに被害に会ってなければ単なる笑い話で済みますからね。してあゆむちんのお話を詳しく整理いたしますと、現在あゆむちんは学校近くのアパートを借りており、あゆむちんの現在の生活を心配した親御さんが今週末に訪ねてくるらしい。まぁ親御さんからすれば愛娘である桃川歩の下宿先に行くのはおかしくない話なのだが……、問題はあゆむちんの生活力のなさにある。
ご飯は基本近所のスーパーの惣菜であるし、脱いだ私服はそのまま。お掃除も全くできてないらしい。一応女の子なので自身の清潔さを保つお風呂などの水回りはある程度やっているらしいが……、このままだと親御さんに怒られる、もしくは心配されると危惧したらしい。
それで同い年だけど(精神年齢は倍以上)なんだかしっかりしている“みどりさん”ことイスズにどうにかしてあゆむちんの居城を親に見せても恥ずかしくないものにしてくれないか、もしくはその方法を教えてくれないか、ということである。
「(前世での男のときも一人暮らし長かったから掃除とか自炊とか色々やっていたしそこらへんは大丈夫だけど、男の私が部屋上がっていいのか? ……あ、そういえば女だったわ。)あ~、なるほど? OKOK、いいよ手伝っても。」
「ほんと!」
「ま、毎度毎度メイドさんみたいにお手伝い行くのは無理なんでちゃんとやり方覚えるのが条件だけどね~。あんまり親御さん心配させたらだめだよ?」
「うっ! ……頑張ります。」
ま、今世の私はほとんどマイマミィにまかせっきりなのでとやかく言えないですけどね! 前世換算でオナシャス!
「じゃ、ホームセンターにでもよってゴミ袋やらなんやら買ってからお宅訪問としましょうかね。あ、ちゃんと費用はあゆむちん持ちだからね。」
「うん、大丈夫!」
ーーーーーーーーー
ここはイスズ達がすむ世界と違う世界。妖精たちが済む世界、フェアリーグレン。
そのフェアリーグレンは滅亡の危機に瀕していた!
「殿下! ここはもう持ちそうにねぇ! 早く奥へ!」
「だがハーキム!」
整った身なりの青年が西洋の騎士のような恰好をした男性にそう叫ぶ、しかしながらその声に反応したのか、固く閉ざされているはずの門が大きく揺れる。外からの圧力に耐え切れなくなってきているのか耳につく金属の悲鳴。彼の言う通り長くは持ちそうにない。
「へへ! 王宮の門を守るのは俺の仕事ですぜ! 殿下の仕事は後ろで震えてることでさぁ! 早く行った行った!」
「しかし……、ッ! すまない!」
彼の騎士であるハーキムに向かい反論しようとするも門の隙間からにじみ出る悪意の塊たち。それが彼に理性を取り戻させる。王である父は悪意たちとの戦いで倒れ、母はすでに闇呑まれて石になってしまった。最後の希望である王家の血を引く者はすでに彼しか残っていない。
彼の言う通り、自分の仕事はここで門を守るのではなく、早急に儀式の間に移動し異世界の勇者である『』の適性者を見つけ出すこと。彼は謝罪の言葉と共に王宮の奥に向かって走り始める。
「……坊ちゃん、頼みましたぜ。」
自身の武術の師であるハーキムの最期の言葉を胸に刻みながら走り続ける彼。フェアリーグレンの唯一の国家である、『アーサー王国』の王子である彼は世界の危機に対して思いを馳せる。
本来、この妖精たちが住むフェアリーグレンは争いのない平和な世界であった。しかしながらこの王国を建国した初代国王であるアーサーが封印したとされる『原初の悪意』なるものが復活。触れた物すべてから感情を奪い、石化していくという恐ろしい化け物が国中に放たれた。
国を守るために討伐に向かった父はすでに倒れ、石化した妖精を何とか元に戻せないか調査に出た母は化け物によって石に変えられてしまった。
残った民を率いられるのは王子である自分だけ。これまで何とかやってきたが、相手は感情を食らう化け物。精神生命体である私たち妖精では全く持って歯が立たなかった。負け続けなんとか被害を減らそうと戦線を下げ続けたがついに王都まで化け物たちが到着。兵士たちが何とか戦ってくれていたがもはやこれまで、王宮もすぐに蹂躙され尽くされるだろう。
しかしながら、まだ希望はある。
過去にアーサー王が封印したのであれば、同じ妖精である私たちができないはずはない。何か方法があるのではないかと戦えない者たちに頼んで王宮の書庫を調査した所……、先日ついにその糸口を発見したのだ。
発見された古文書にはこう記されていた。
『悪意の化け物、イビルナーに対抗するには我々妖精の力だけでは非常に難しい。ゆえに精神を肉体という鎧で覆う人間の力を借りる必要がある。王家の宝物庫に収めた【鏡面の門】の中に彼らの世界は広がっている。』
『我が血族よ、【ラブリーパンチ】と五つの【マックスジェル】を持って人間界で英雄を探すのだ! 彼女たちの名は『ラブリージュエル』! 彼女たちと力を合わせてフェアリーグレンを救うのだ!』
発見後、対象のものを宝物庫で見つけた我々は近くに保管されていたアイテムたちの説明書を熟読、【鏡面の門】は悪用されないようにアーサー王の血族しか使えないようになっていた。
つまり私が異世界に飛び立ち、英雄たちを見つけてこの世界を救わねばならないのだ。
「マシュマロ王子! ご無事でしたか!」
「すまない爺や、心配させてしまった。」
「いえいえ。王子が無事ならば何の問題もございません。すでに儀式の準備は整っております。……残った民の心の準備も、です。」
辿り着いたのは宝物庫。そこにはただ門と英雄たちが変身に使う道具だけがあり、他にはこの王宮に逃げ込んだ民がそこで最後の時を待っていた。本来ここにあるべき宝たちは化け物たちに対抗するために使用されたり、民に分け与えたりしてもう何も残っていない。
「……マシュマロ王子、ご出立前に我々に希望を。」
「あぁ、わかっている。」
門の前に移動し、民たちが自身を良く見えるように。そして声を張り上げ希望を持てるように。
「みんな! 聞いてくれ! これはこれから人間界に飛び立ち、このフェアリーグレンを救ってくれる英雄たちを見つけ出してくる! そして必ずここに帰ってくる! 母が最期に残してくれたように! 石化してしまった彼ら立ちも英雄『ラブリージュエル』の聖なる力があればもとに戻るはずだ!」
たとえ石になってしまっても元に戻すことができる、すべて元通りにできる。そう訴え続け少しでも彼らに希望が持てるように、励ましになるように、声を上げて訴え続ける。
そして、ここにいる一人一人の前まで行き、手を握り大丈夫だと、必ず助けに戻ってくると誓う。私がこれから行う行為は傍から見れば私だけ違う世界に逃げ出すようなものだ。私が英雄たちを連れて帰ってくると言っても信じられない、信じようにも不安が勝ってしまう民が多いだろう。手を握り励ますことで少しでも心が落ち行けばいいのだが……。
「……王子様、これを。」
一人一人回っているうちに、ついに最後の番。幼子の前に立つことになった。彼女の背丈に合わせ膝を折り、手を握ろうとすると、彼女が私に何かを手渡してくれた。
「……これ、スカーフ。お母さんの……。王子様にあげる。」
そう言いながら彼女渡してくれる真っ赤なスカーフ。白い水玉が散りばめられ、彼女が首に巻けるようサイズも小さいものだ。そして彼女の近くを見ても母親らしき人間は見えず、目に涙を浮かべながらこちらを見るケガをした父親らしき男性。
「……いいのかい?」
「うん。これ、お母さんが私に勇気が出るようにってくれた。……王子様も勇気が出るように……。」
「そうか……。ありがとう。必ずこれを君に返すために戻ってくる。約束だ。」
そう言いながら小指を差し出す王子、少し戸惑い後ろにいる父親を窺いながらも同じく小指を出す少女。つながる小指、そして紡がれる指切りげんまん。
「王子! 大変です! もうそこまで化け物がやってきています! 今すぐ人間界に向かわないと!」
宝物庫の外を見張っていた民の一人がそう教えてくれる。……ハーキム、時間を稼いでくれてありがとう。私は幼子がくれたスカーフを腕に巻き、人間界繋がる門の前に立つ。
目の前にある門は古めかしい金の装飾がされた鏡のような門。起動する前は門を覗き込むと鏡のように自身の姿が映し出されるが、今は真っ黒な闇が広がっている。それに飛び込む恐怖か、それとも民を置いて行ってしまう罪悪感からか、すぐに飛び込まなければならないのに後ろを振り返ってしまう。
そこには自分たちを置いて行くのにもかかわらず、皆私のことを信頼し、待っていると訴えるような目でこちらを見つめる民たちの姿があった。
……私は、王族としてここにいる彼彼女の家族を最後まで守ることができなかった。上に立つものとして失格だ。それなのにここにいる皆は私に任せようとしてくれている。信じてくれようとしている。
答えなければ。
「行ってきます!」
私は、意を決して暗闇の中へ飛び込んだ。
ーーーーーーーーー
「綿棒、割りばし、ガーゼ、ゴミ袋、洗剤、雑巾、歯ブラシ、掃除機用のパック……、うへぇ。こんなに必要なの?」
「必要、必要! さぁて、買い忘れはないかな、あゆむちん? と、言ってもホームセンター出てから言うことじゃないけどね。」
昔、というか前世の一人暮らしの記憶を掘り返し、必要そうなものをあらかたあゆむちんの金で買いあさったイスズ。別に全部必要であるし、これから使うものなのだが自分から一銭も出していない買い物なので何か悪いことをしているような気がしますね。
「んで? 実際あゆむちんのお部屋はどんな汚部屋なので? やっぱり洗濯物とか床にほっぽり出してる感じ?」
「ギ、ギクゥ! な、なんで知ってるの!」
鎌をかけてみた、というか一般的な汚部屋のイメージを挙げてみたんだけどこりゃ図星だったか。こりゃ、掃除し甲斐がありそうだねぇ。……まぁ私自身そこまで掃除マニアってわけでもないからそんなに気合入っているわけでもないんだけどクライアントが『親御さんに見せても恥ずかしくない部屋!』ってなわけだからちょいとばかし本気でやらないとねぇ。
「はは、想像した通りか。まぁそういう洗濯物とかちゃんと洗っとかないと匂うぞ~。あ、そういえば飲み物買ってなかったや。」
「う、うぐぅ。頑張って掃除します……、あ。飲み物とかは確かまだ家に封を開けてないジュースがあったと思うから大丈夫だよ?」
「ううん。頂くの悪いし、そこに自販機あるからそこで買って来るよ。荷物ここで見ててな~。」
近くに在ったベンチにビニール袋を置き、その見張りをあゆむちんに任して自販機の方に走る。
(え~、と? 何があるのかな~。水、お茶、炭酸飲料水に……、うん。一般的な自販機らしくありきたりなものは普通にあるね。まぁでも滅多に自販機使わないからもし買うなら何かネタになるか味的に面白そうなものが好ましいんだけど……。ん、ナニコレ? サンドイッチソーダ? ソーダのサンドイッチ味? ただのゲテモノじゃん。しかも200円……。)
250mlと表記される比較的小さな缶に収められた不思議なジュースらしきもの。表面にはデフォルメされたサンドイッチのが画像とケバケバした虹色の謎フォントで書かれる『サンドイッチソーダ』の文字、それ以外は真っ黒な塗装で彩られた缶。何じゃこりゃ?
(いや、早まるな、早まるなよ私。さすがにこの味はない。絶対にゲテモノだ。……しかしながら気になる。無茶苦茶気になるぞ、このテイスト。せっかくできた女友達のあゆむちんから『え、そんなの飲むの。こわ……』という風に見られる可能性は大。しかしながらそれを代償にしても飲んでもいいと思える驚異的な存在力! 言葉のパワー! そしてこの明らかに購買意欲を萎えさせる虹色文字! 私が商品開発なら絶対に許可しないフォルム! 何よりこの値段設定と蓋つきも缶! プルタブ式なら一度開けたら飲み切らないといけないという強制的な意思を購入者に与えることができるが蓋つきは別! そのまま蓋を締めて捨ててしまってもそこまで罪悪感が沸かない! これすなわち『飲み切ってもらえる味』という意思標目に違いない!)
(感じる! 感じるぞ、この謎ジュースを開発した奴らの思い! 200円という強気すぎる値段設定! 蓋つきにもかかわらず250mlの控えめ容量! これほどの“熱意”を秘めたこの缶ジュース! ここで買わねば女が廃る!)
衝動的にスカートから取り出す財布! 小銭入れにちょうど存在する日本硬貨100円二枚!
そのまま勢いよく取り出し小銭入れにシュート・イン!
「我が天命ここにあり! その熱意受け取ったぁ! コインOK、今情熱の……! スイッチオンぬ!」
そのまま転がり落ちていく缶。取り出し口に到達する音。
炭酸飲料のため衝撃を与えずにやさしく、しかしながらスピーディに取り出すイスズ。
蓋に回転のエネルギーを与え、強烈な開封! 過剰に回転したキャップが宙を舞い、そのまま自由落下! 地面に子気味よい音を立てて落ちる缶の蓋!
その音と共に飲み口に唇を付け、缶を傾ける!
さぁ! お味のほどは!
「ウッ!!!、…………………ゲロまず。」
“ドンガラガッシャ~ン!!!”という激音が脳に響く。まず過ぎて脳が拒否反応でも起こしたのか、なんだか柔らかいものが硬い地面に激突したかのような激音と衝撃が体中にめぐる。こんな幻聴と立ち眩みをプレゼントしてくるとは、なんという悪魔的マズさ。吐かなかった自分を褒めてやりたい。……あ、ごめんそこらへんに戻してもいい? 駄目?
本当になんだろう。ソーダというか砂糖の甘さとサンドイッチを構成していたであろう野菜。これは……レタスか? いや惑わされるな、サンドイッチというだけでレタスにたどり着くのは時期早々。この肌がヒリつくようなマズさ! これは小松菜だ! このエキスを凝縮した信じられないほどの青臭さ、青汁と言ってもいい青臭さが確かにそこに存在しており、何故かそこにチーズの香り、乳製品独特のニオイというか臭みも存在している、かなり強烈なものが。極めつけは何故それを入れたのか解らない細かく刻まれたハム。そうハムがそのまま入っている。何故か塩味がしっかりとわかる上に、炭酸のせいで融けているのか食感はヘドロのよう。
解らない、理解不能。まず過ぎて舌がおかしくなったような気がするし、一瞬でもこのマズいという信号を受け取ってしまった脳がこの異物を早急に捨てることを求めている! なんでこんな産業廃棄物を商品化できるんだよ。この会社頭狂ってんのか? いや狂ってるのか。
「こ、こんなの人間様の飲み物じゃねぇ……。」
ま、まぁ? 200円でこんなクソクソのクソ手に入れたわけですが、これであゆむちんとの雑談内容には困りませんでしょ? 口直しとして他のまともな飲み物を購入する必要がありますが。
「せ、せやね。……でもとりあえずこの不幸を誰かと共有したいのであゆむち~ん! これ見てよ~って、あれ?」
振り返りながら先ほどの荷物が置いてあるベンチの方に戻るイスズ。しかしながらそこには悲しく置いて行かれたビニール袋しか存在していなかった。
「おらへんやん……。」
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