第4話





都心からほど遠い住宅街、何か目玉はあるかと言われればもう数ブロック移動した所にできた巨大ショッピングモールのせいで経営が傾き始めた商店街と進学校である聖デメトリオス高等学園ぐらいだ。


そのせいか、夜の二時を過ぎるころになると就寝時間が夜型になってきている現代人もほぼ眠り、街の明かりは物寂しい街灯だけになる。



そんな草木も眠るような深夜、場違いのような青い光が灯りだす。



「《Consectetur arcanum flammae》!」



「うわぁ、キレイな青い火ってグワァアアア!!!  やられたブヒィイイイ!!!!!」



文字で起こすとなんだか気が抜けたようになってしまうが魔法の炎で燃やされた方は大真面目。吹っ飛ばしの効果もついていたのだろうか、まさにオークという風体の豚の怪異は土埃をたてながら後ろに吹っ飛ぶ。



「マズい! 3番が丸焦げになったブヒ! オークの丸焼きなんてどこに需要があるかわからないのに! この人でなし!」



赤髪の彼女が次に攻撃を放とうと腕に溜めている魔力の炎しか光源がないため正確な数は解らないが、十数体以上はいる豚の怪異。服装から指揮官と思われる豚がそう発する。隊列から考えてあの焼き豚になった三番は守備の要だったようだ。



「元々私は半分人じゃないの! それにあなた達がバカのことしなけりゃ死なずに済んだでしょ! あとブヒブヒうるさい!」



そう叫びながら補充していた次弾を放つ彼女。吸い込まれるように前列で隙を伺っていたオークがまた餌食になる。



「ブヒィイイイ!!!」



「もう一体撃破!」



「マズいブヒ! このままでは焼肉パーティーにされてしまうブヒ! 陣形を立て直すブヒ! あと僕たちオークだからブヒブヒいうのは形式美だブヒ! そこ否定されると何も残らないブヒィ!」




聖デメトリオス高等学園の校庭、そこで行われる催しは美しく扇央的衣装を身に包む赤髪の女性と中世の騎士が着るような武具防具に身を包んだオークたちの決闘劇。魔法や矢が飛び交い、香ばしい豚肉の焼けるニオイが蔓延する混沌とした戦場。



「ッ! せっかくヤバい奴らが出ていったから攻め時だと思って出てきたらまた変なの出てきたブヒ! 少しはボクたちにやさしく侵略活動させて欲しいブヒ!」



「変なのって何よ! 変なのって! これは私たちサキュバスに伝わる神聖な戦闘装束よ!」



「だからと言って全裸の方が生易しい服戦場に着てくるんじゃないブヒィ! こっちの大半が前かがみになって動けないの察するブヒィ!」



そう叫ぶ指揮官豚をよそに何度目かになる火球を手から発射し、もう一体、もう一体と豚の丸焼きを仕上げていく。しかしながら前かがみオークと言ってもやっぱりオーク。その戦闘能力と数の多さは花丸を頂けるだろう。いかに赤髪、もうめんどくさいから不知火さんと呼ぶが、彼女が一撃でオークを沈められる火球を打てるとしても一対多。時間をかければ何とかなるだろうがそれまでに彼女の魔力的なものがなくなる可能性もあり、正直に言ってどちらに勝敗が傾くか解らない。



(個人的にはオーク君たちには須らく丸焼きになってもらう方が今後としていい気がするのだ。だってあの指揮官みたいなの『侵略するブヒィ!』って言ってるし不知火さん負けたら凌辱エンドじゃね? まぁ男としての私が先っぽだけなら見たいと言っているけどかわいそうなのは抜けんでしょ。)



鉄火場となる校庭、その縁にある木の上でついさっき手に入れたチートで完全に気配と立っている全身タイツの不審者。人に寄ればカッコイイライダースーツを改造したんかな? で済むが真っ昼間の往来でその姿を現せば職質間違いなしの恰好で隠れる女性。うん、イスズちゃんだよ!



(まぁチートの防具スライム君のおかげでボディラインを結構変えられるから身バレ防止のために胸と腰のあたりにてサイズアップしているから痴女度が上がっているんですけどね! かっこいいのはかっこいいけど痴女度の方が勝っているという悲しさよ!)



自身の手に戦闘に使えるであろうチートがやってきた瞬間から何となく感じていた不安。『こんな物騒なもの渡されるってことは、これらを使う機会が存在するということでは?』が見事に的中し、精神が混乱の先を超えた諦観に入りかけている彼女。『もうどうにでもなぁれ~。』の教えと共に目の輝きを徐々に燻らせながら戦場を眺めております。



(単なる学園ものではなくこういった戦闘もある世界でござったか……、日が出る間は一般人として学園生活を楽しみながらヒロインたちと親睦を深め、夜はハツデンするだけでなく、戦闘も行って吊り橋効果的なのも狙えるエロゲ。シナリオだけの文章だけでなく戦闘などのバトルも楽しめるゲーム、もしくは漫画などの世界と言ったところですかねぇ。いや~、普通にプレイするだけなら楽しそうなのに、その世界に放り込まれた瞬間、最悪以外の何物でもないぞ、コレ! チートなかったら夜に出歩いた瞬間喰われるやんけ!)



冷静なのか、冷静じゃないのかよく解らない風に騒ぎながら、と言ってもできるチート君のおかげでずっと木の茂みの中で隠密しているイスズちゃんをよそに戦場の方では動きがあったようですよ?



「(クッ! 魔力もそろそろ底をつきそうなのに全然数が減らないし、撤退する兆しも見えない。市街地への被害を減らすために開けた校庭まで移動させたとき、昇くんに二つに別れた隊の一つを任せたけどまだ連絡がない……。ここはもったいないけど切り札の宝玉を使うために目隠しの煙幕を!)《Fumus screen generation》!」



赤髪の痴女、不知火はそれまで取っていた腰を少し落とし利き手を後ろに置く構え。おそらく先ほどまで取っていた近接攻撃に対処しながらも効率よく魔法攻撃が行える構えを解き、両手を地面に向けようとした。しかしながらそれに割り込む声が上がる。



「ブヒィ! 兄者! こっちの男の方捕まえたブヒィ!」



「昇くん!」



そこにはオークの太い手で首根っこをつかまれたボロボロぼろ雑巾の少年があった。隠れて見ているイスズちゃんが『わ~い! 攻略者がボロボロだ! 教室でやることヤってた罰だ! ざまぁみろ!』とかなりひどいことを思っていたが、事態は変わらず動き続ける。




「おぉ! 弟よ! お帰りだブヒィ! ……あれ? 部下は?」



「このボロボロになったのにやられちゃったブヒ。自傷覚悟で突撃してきたから部下はのされちゃったし、ボクちんもボロボロになっちゃったブヒ。でもボクちんに攻撃する瞬間気絶しちゃったからこっち連れて来たブヒ。捕虜ブヒ。」



切り傷はさることながら、イスズが“攻略者”と呼ぶ少年が身に着ける神官服は血と泥にまみれ、各所に切り裂かれた跡があり、激戦が繰り広げられた跡が見える。弟と呼ばれるオークが身に合わないサイズの柄が折れ短くなった槍と半分ほど欠けた盾を持っていることから攻略者の武具だったのだろう。



「そうだ弟よ! こっちはそっちの隊よりたくさんオークがいたのに負けかけているブヒ。なんでこの人間を人質にしてこのまま人間たちに対して侵攻を始めるのはどうだろうブヒ!」



「おぉ! さすが兄者ブヒ。……ということで、そこのエッチな女子! この人間の命が惜しければ今すぐ投降の意思を見せるブヒ!」



「ック!」



自身の愛する人を人質に取られたせいか、その気絶した男性の首元に鋭利な刃物を向けられているせいか。それまで手のひらに発生させていた魔法陣を解き、両手を挙げて降伏の意を示す不知火ちゃん。




(なるほどなるほど。このチート美少女イスズちゃんが見聞きした感じ、攻略者と不知火ちゃんは何らかのチームを組んでいてあの豚どもを駆逐する仲だったと。それがあの攻略者がミスってやられて今人質にされた感じですか。……ん? 待てよ。このまま町を守ってくれていたっぽい深夜組のヒーローがやられたってことは……、凌辱タイムですか? え。不知火ちゃんこれからオークたちとくんずほぐれつした後にそのまま住宅街に侵入してR18的ヘッドハンティングってわけ?)



「マズいじゃん。」



つい、声に出してしまうイスズ。そこまで大きくなかったためオークや捕虜になりかけている少女には聞こえていないようだ。




現在隠れている少女ことイスズは前世も今世も基本的に自分本位の人間である。自分と他人の命がかかる選択ならもちろん自分を選ぶし、他人と自分の親しい人たちを天秤にかけられたらもちろん親しい人間を選ぶ。まぁどこにでもいる普通の人間だった。冷静に考えてみて、時間と距離を考えるに自分が一番守らないといけない家族がオークの魔の手に掛かる可能性は低いし、親しい友人も自宅の近くに住んでいる。あの豚たちはおそらく規制音の入る行為をしながら侵略を行い、またわざわざ夜に戦っているというお約束を守っているので日が昇れば撤退するだろう。もし私に何も力がなければすぐさま撤退し家族や友人を連れて逃げ出すのが普通。



しかしながら今彼女には力がある。うまく使えばあのオークたちを殲滅し、あの二人を助けることができる力が。ゆえに悩むわけだ。



(正直に言ってしまうと画風がアニメとか漫画よりのこの世界で知り合いとは言えあんなにナイスバディな子がオークと夜の運動会するのは見てみたいという気持ちがあるのですよねぇ……、まぁ実際に見せられれば『かわいそうなのは抜けない』という結論に至るのが普通でしょうけど。というか今まであえて触れなかったけどなんで不知火ちゃんあんなに官能的な衣装に着てるの? サキュバスかなんか? ……はぁ。さすがに知り合い犯されそうなのに何もしないほど人間性捨ててないですからね。助けますよ、もう。出来たら目下一番危険視するべき貞操の破壊者である“攻略者”らしき、そこでおねんねしている男も闇に葬りたいけど、不知火ちゃんのあの表情。絶対ホの字だし殺しちゃったら絶対恨まれるよね。顔とか髪型変えているけどバレた時大変そうだし見逃してやるかぁ……。)




そんな物騒なことを考えながら、背中に背負った神槍を起動していた。


戦闘系チート、槍の初公開である。




 ーーーーーーーーー




最初に感じたのは違和感だった。


状況は最悪。私の命よりも大事な昇くんを人質に取られ、魔力はほとんど使ってしまった。パパからもらったこの状況を打開できるであろう魔法が込められた宝形も、ママから教えてもらった切り札の大魔法を打とうにも昇くんが人質にされているこの状況じゃ何もできない。


単に縄で縛られているだけなら全身に残った魔力を巡らせて身体強化、そこから昇くんを救出して撤退も出来た。昇くんの意識が残っていれば幼馴染でずっと一緒に育ってきた仲だ、男女の仲でもある私たちからすればアイコンタクト一つでこの状況を打開できた。


でも昇くんが気絶している上に、首元に彼が愛用していた武具の刃先が当てられている。何か私が変なことをすればこいつの命はない、そう笑われているのだ。……本当にできることが無い。




私が苦悶の表情をしながら手をゆっくりと上げる様子をブヒブヒ言いながら笑う豚ども。




「そういや兄者、この人間二人捕まえたわけだけど扱いどうするんだブヒ?」



「そりゃ捕虜だから……、どうしようブヒ。確か捕虜にひどい子としたら国際条約か何かに引っかかる気がするブヒ!」



「ブヒ! それは大変ブヒ! 僕たち真面目に侵略しようとしているのに法に触れるのはマズいブヒ! ……でも回復させたら反撃とかしてくるブヒ?」



「してきそう、ブヒなぁ……。」




何をブヒブヒ言っているのか解らないが、こちらのことをずっとチラチラ見ている。どうせ私の体目当てだろう。そういうことで有名なオークだ。殺し切るよりも連射速度を優先した魔法を使ったせいで戦闘不能になっていたオークたちも立ち上がり始めている。ざっと見て50はくだらない数。それだけの御立派様……。ハッ! いけない! 私は昇くん一筋! サキュバスの本能に流されるな私!




そんなバカなことを考えていた時。感じる違和感、微かに感じる魔力の波動。……誰かが魔力を使用している。魔法を使っている?



その違和感をあちらのオークたちも覚えたのか、それとも彼らに遅いかからんとする生命の危機をその肌で感じ取ったのか、私たちはほぼ同時にその違和感の発生源に目を向けた。




「【神秘へと至る魔道アカシックレコード】起動。選択【Fixed air】、連続使用。」




灰色の髪に特徴的な赤いスヌード。全身は闇に呑まれる黒、肌に密着するボディアーマー。魔力の残滓を運ぶ微かな風が彼女のポニーテールをゆっくりと揺らしていた。


第三勢力かと、豚どもの注意があちらに向いているのをいいことに目に魔力を回して視力を強化。ここから大体15mほど離れている女性を観察する。


何らかの魔法を使って階段を上るように空に浮かんでいく彼女の左手には開かれた本。右手には見たことのないような装飾が施された槍を構えている。




「【大神を食らい尽くす投槍ピラ・グラディウス】最小起動。対象選択……。」




何か口で紡ぎながら、手に持った槍を空中に置くように手放す彼女。すると、その槍が1つから2つへ、2つから4つへ分割していく。そしてその矛先はすべてこちら。



「マズい!」



豚どもも同じことを思ったのか、急いで防御体形。盾を持つ者を前へ、持たぬものを後ろに置き、一つの大きな壁を形成し始めた。そのおかげで“弟”と呼ばれていた方の手から昇くんが解放される。私は人生最速で魔力による脚力の強化を行い、昇くんを確保。その勢いのまま校庭にある金属製の朝礼台の付近まで移動。軽く蹴飛ばし人が乗る部分を襲い掛かる槍の方に向け、残った魔力すべてで朝礼台に【補強】の魔法をかける。



「完了。……射出。」



強化した台を背に気絶して重症を負っている昇くんを抱きかかえていたせいでその槍が発射された瞬間は解らなかったが、金属と金属が擦れる甲高い音が連続的に響く。音の発生源といつまでたっても襲ってこない衝撃から理解する。




もしかして、助けてくれた……?





 ーーーーーーーーー





(うにゃ~、防がれとるやん。【大神を食らい尽くす投槍ピラ・グラディウス】君~? 君鉄製の盾も貫けないクソ雑魚チート君だったんですかぁ? ……長いしもう“ピグ”くんor槍くんでいいや。)



いやマスターはん、こちとら十段階ある強さのうち非殺傷の最小段階の上に、相手さん魔法で強化された鋼鉄の盾で防いでるから無理でっしゃろ……、みたいな思念が帰ってくることもなく一度ぶつかった槍たちは定められていた通りにイスズの横に集まってくる。



(正直威力つかみ損ねていたから最小威力で打って、ホーミングオフにして打ってみたけど貫けないかぁ……、後で指揮官らしき二人が手を掲げて魔術的なもの使っているし、多分それで補強しているのでしょう。一応捕まってた攻略者くん離脱したし、不知火ちゃんもある程度離れている。もう一段階上げて攻撃しても大丈夫かな。さぁ、実験のお時間ですよ、オーク君たち?)



「【大神を食らい尽くす投槍ピラ・グラディウス】第一段階から第二段階へ移行。」



「も、もう一度攻撃がくるブヒ! 全員そのまま……。」



「発射。」




身構えるオークたちをよそに発射される神殺しの槍たち。たった一つギアを上げただけで格段に変わる威力。先ほどまで聞こえていた金属と金属が擦れる音はどこへやら、今聞こえるのは鉄の敗れる音と豚どもの悲鳴のみ。三つの矛先を持つ槍が魔法で強化された鋼鉄の盾を簡単に破り、対象に突き刺さり、そのまま突き抜ける。



(……ちょ! マズいマズい! こちとら殺すまではする気がないんだって! い? 一段階上げただけで貫いて奥の豚さん貫く? そんなに威力上がるなし! とりあえず停止停止~!)



あの豚の出どころはどこだろうか。イスズからすれば怪異なんて存在は初めて見る存在。前世からのアニメ知識を総動員、そしてなけなしの常識を元にたたき出した結論は『どこかの組織に所属している豚』である。いくら深夜帯としても一般人に発見される可能性だってあるし、もしかしたら見回りのお巡りさんとかに見つかるかもしれない。それなのに50人? 頭? 近くのオーク君たちが市街地の中にある学園の校庭で大騒ぎしているわけだ。


考えの中に今私が手にしている魔法の本とか、不知火さんが使っていた魔法で認識を変えたりカモフラージュすることもできるだろうが、先ほどの戦闘で魔法を使っていたのは指揮官らしきオークのみ。それも物体の補強を行うだけだった。この指揮官たちが付近の住民に見つからない隠蔽の魔法を使えるのならば、敵対している不知火さんの火の魔法を相殺する魔法もつかえてもおかしくない。


そう考えるよりもあの豚さんたちを裏でサポートする団体が隠蔽を行っていると考えた方が、辻褄が合う。その団体が異世界によくある魔王か、現代の裏社会を牛耳る財団かは解らないけど相手側の詳細を知る前に敵対はできるだけ避けたい。ここからは穏便にすましたいわけである。


ここから考えられる最善手は、この場の戦闘をなかったことにし、魔法の本に収められている回復魔法でオークたちを回復して返してあげることで『ぷるぷる、僕悪い転生者じゃないよ』と主張することである。そしてケガを直してあげたお礼として豚が所属している団体の情報をつかみ、今後調査を進めてから対応を決めることである。そしてその後に不知火さんと合流して攻略者のクソ野郎を嫌々ながら回復、不知火さんに恩を売ってこちらからも情報をゲッチュすること。


これこそパーフェクトコミュニケーションなのだが……。



(やっちゃった! やっちゃったよ! 私貫いちゃった! え、え? もしかして殺した? ワンキル? むっちゃキル? ふぇ? ふぁ? ど、どうにかせんとばい! あ、謝らねば!)



いくら想像の世界で見たことがあるとしても初めての戦闘、しかも槍で貫かれた豚さん。クッソ痛そう。しかも血まみれ。まぁ転生者でも精神は一般人。この状況で冷静に思考なんてできませんね。そしてそんな混乱している時ほど、突拍子もないアイデアが妙案に思えてくるのですよね。



(と、とりあえずもちつけ!? 私はイスズ、私はイスズ……? ふぁ! そういえばウチ変装してるやん! そうじゃ! もうこのまま謎の第三勢力として物語に食い込んじゃる! そしたらイスズちゃん全く関係な~い! 前世で見たアニメキャラのように演じれば何とかなるじゃろ! 無口で! 必要な情報以外話さないキャラ! これならボロは出ない! 決定!)





「選択【Fixed air】、解除。」




そう唱え、地上に降り立つイスズ。空中に浮かぶために使用していた空気を固め足場にする魔法は解除したが、あちらが攻撃してきたときに対応できるように空中に浮かせた槍はそのまま。第二段階開放を維持しながらオークたちにその矛先を向けたままだ。


そして内心すっごいビクビクしながら声を上げる。



「提案。この戦闘の放棄、および撤退。対価。先ほどの攻撃の負傷者の回復。如何?」

(大丈夫? 大丈夫? 声震えてない? 情報省きすぎてない? その前に言語通じてる?)












「え、え!? 見逃してくれるブヒか! ぜひお願いするブヒ!」




返答したのは兄と呼ばれていた方の指揮官オーク。先ほど不知火と戦っていた時の威勢はどこに行ったのか脚ブルブルで顔を激しく上下に動かしている。しかも弟の方は腰が抜けているし、他の部下オークたちも『助かるブヒ!』『やったブヒ!』『やさしいブヒ!』と騒ぎ始めた。




(…………え?)





「もう強い人に蹂躙されるのは嫌ブヒ! 侵略しようとして申し訳ないブヒ! 僕たちもう帰るから許してほしいブヒ!」



(え? マジ? ……そっかぁ。なんかここで必死の抵抗とか『お前は誰だ!』とかあるかと思ったけど結構あっさり……。なんだか気合入れてむちゃ緊張してたの拍子抜けなんだけども。……まぁ侵略しないならまだいいかな? あとなんか滅茶怯えているし、上から目線でええんかな?)



「了承。その選択に最大限の評価を。選択【State to be rewound】。追加選択【Reflect in the world】。」



魔法の本からあらかじめリストアップしておいた回復に使えそうな魔法を選択し、使用。するとお腹に大穴開いていたオークの傷が元通りになり、先ほど不知火に丸焦げにされたオークももとのすっぴんオークに戻される。イスズからすればこの組み合わせがちゃんと回復魔法なのかわからなかったがちゃんとできたようで一安心である。やっぱり人体実験は必要ですからねぇ。



「対価の支払いを完了した。帰れ。」



「モチロンですブヒ! 今すぐ帰るブヒ! 治してくれてありがとうブヒ!」



「……【大神を食らい尽くす投槍ピラ・グラディウス】設定変更。半数は自動迎撃、残りは違反者の処刑。解放段階は第二段階から変更なし。」



(よし、これなら後ろから攻撃されることもないはず! されても槍くんが迎撃してくれるはず! 後は不知火ちゃんとクソ攻略者くんの対処をせねば!)



自衛のために展開した槍の半数を豚たちに、残りのすべてを私の動きに同期させて迎撃態勢。ゆえに私が残った二人の対処をするためにそちらに向くと、同じく二人を見つめる矛先たち。顔を青くする不知火ちゃん。



(あ、やべ、怖がらせちゃった。でもさっきの豚みたいに炎で攻撃される可能性もあるしなぁ。怖いのは許してヒヤシンス。)

「提案。そちらの男性も回復。如何?」




 ーーーーーーーーー




その矛先がこちらに向いた時、本当に生きた心地がしなかった。


朝礼台に身を隠して灰色の彼女とオークたちとの戦闘、いや一方的な攻撃。蹂躙一歩手前の光景を見ていた時、その時にもう昇くんを抱えて逃げ出せばよかった。


手負い気絶している昇くんは戦えない、それに私は魔力切れでお荷物。サキュバスの特性から誰かのお情けをもらって魔力を回復させることもできたけどどっちにしろ時間がない。


いや逃げ出さないにしてもパパからお守り替わりとしてもらった宝玉、その中に回復系の魔法が込められている物を使って昇くんを回復させるべきだった。そうすれば二人で何とか撤退することもできたかもしれない。



でもできなかった。豚たちに襲い掛かる槍たち、灰色の彼女が使った武器か魔法の効果で襲い掛かる槍が巻き起こす光景に見惚れてしまった。いや、豚に襲い掛かる恐怖に目が離せなかっただけかもしれない。私の生物としての死の恐怖が、その対象がこちらに向いた時すぐに逃げ出せるよう縛り付けていたのかもしれない。




私は、動けなかった。




気絶している昇くんを抱えたまま。


強化された鉄の盾に恥じ返される槍。そしてもう一度発射されて今度はすべて貫いて蹂躙していく槍。彼女が豚たちの何か交渉を行い、彼らが撤退するその時まで私は動けなかった。



そして、こちらに向く矛先たち。


彼女の動きに同期してゆっくりと流れる髪と少しずつ見えてくる彼女の顔。同じようにゆっくりとこちらに矛先を向けてくる槍たち。


私たちはここで死ぬのだと思った。


今の私にあの槍を防げる術はない。彼女がどんな立場なのか解らない私にとっては、オークたちを生きて逃がした。それは豚たちとは実は仲間で、戦っていた私たちと敵対しているのに違いない。豚への攻撃は何かの仕置きで、向けられている槍は口封じのためのもの。



あぁ、おしまいか。両親に先に旅立つ不孝をお許しください、と思いかけたその時。




「提案。そちらの男性も回復。如何?」




そう、言われた。何が言われたのかわからなかった。



(……もしかして無口過ぎてわからん感じでしゅか!? え、ちょまこちらといたしましては偶然この戦闘を発見した感じでございまして、戦闘に参加する意図とかなかったけどヤバそうだったから助けただけでごぜぇまして! 宿題とか取りに来ただけなんですタイ! 許してください! ってぐらい言わないと行かんのですか! 殺生な、不知火はん!)



私が何も答えなかったせいで、空気が固まる。なんだかその空気に困惑しているのか、『何かしゃべって』みたいな感じでちょっと顔が慌てだした彼女を見て今はこちらを害する意思はないと判断する。よ、よかった……、二人とも死ななくて済む……。そ、そうだ返答しないと!



「お、お願いします!」



「……了承。」

(よ、よかったぜぇ……。このままだんまりだったら一体どうしようかと……。え~と、確か魔法の本くんにもう一個回復できそうな魔法があったはず……)



「選択【Recovery of the human】。」

(コレコレ、こっちヒューマンって書いてあるし回復だしこれで治るっしょ。豚が人間かわからんからこっち使わなかったけど見た感じ普通に傷治っているし大丈夫そうですな。)




さっきまでは距離があって聞こえなかったけど……、英語の詠唱? 私たちと魔法の系体が違う?


私たち、というかサキュバスのような私たち怪異側とパパと昇くんが使うような魔法は両者ともに使っている言語が違う。けどその原理はほとんど同じ。自分に宿っている魔力を、口から発せられる言葉を触媒にして現実に影響を及ぼすというモノだ。


怪異側が使うのは言語自体が古いため言い回しや発音に難があるけど威力が高くなりやすい言語、人間側が使うのはキリスト教関係で使われているせいか比較的神秘が宿りやすいラテン語を基本としている。ある程度の知識は必要だけど怪異側よりも簡単だし発音もしやすい、けど言語自体の古さ、神秘が足りないから威力は低め。


言ってしまえばとっても古くて神秘がある言語を使うパワー型の怪異側と、そこまで古くないから神秘もなくてパワーも低いけど使いまわしがいいスピード型の人間側。の私の場合、人間とサキュバスのハーフのため両方使えるように頑張ったのだけど……、この人が使ってる言語は、触媒としている言語は英語。しかも英語でもまだ神秘が少しでもある古い言い回しとか全くしてない現代英語! 発音もアメリカ系、300年ぐらいの歴史しかない国の発音!


魔法の触媒としての言語で一番大事なのは古さを元にした神秘性! そうしないと魔法の威力が全くでない! でもこの人は全く神秘が宿らないやり方で魔法を行使している。しかもこの回復魔法たぶん私よりうまい……。



「……完了。すぐに目を覚ます。」



「あ、ありがとうございます!」



基本、私はタメが長い怪異側の言語を使うのを好まないからラテン語の方で詠唱してるんだけど、この人はなんでありえないほど非効率なやり方で魔法使っているんだろう……、と! いけない!


一人の魔法を扱うものとしてそこらへんどうなっているのか気になるけど、この人が怪異側かそれとも私たちのような人間を守る側なのかまだはっきりしてない。昇くんを回復してくれたけど彼女の気まぐれかもしれないしまだ判断できない。何が気に障るかわからし、聞かない方がいいはず。



「質問、可能?」



「あ、はい! 大丈夫です!」



「今回、遭遇、偶然。敵味方、不明。」

(まぁとりあえずたまたま見かけたことと、あの豚含めYOUも味方かわからんから一応そこんところ教えてくれますか? ってことで。……もうちょい話した方がいいのか?)



「えっと、一応あのオークたちがこの街に向かって侵略を開始しようとしていたので私たちが止めた感じになります。……あ、あのそれでなんとお呼びすれば?」



(おっと、確かに名前ないと喋りにくいか。前世で物語の最後まで主人公の名前明かさない縛りで小説書いていたのが思い出される……、あれは結構大変だった。おっと、そういや名前ね。う~ん、さすがにイスズとは名乗れないし、私に関連するようなワードは出したくないから……。そうだ、この口調の元ネタさんから一文字、わざわざ変えた髪色から一文字で。)

「……灰猫。それでいい、敬語もいい。」



「灰猫さんですね。解りました。」















んで、今現在イスズちゃん。お家に帰っている最中なんですよ。あの後不知火ちゃんの説明によるとですな、何でも“怪異”と呼ばれるやつら、日本で言う妖怪みたいなのが実際にいるみたいでして、今日のオーク君たちはそいつら&何らかの理由で人間さんを侵略しようとしていたらしい。


それをとめようとしていたのが不知火ちゃんと攻略者みたい。いつもはパトロールだけだし、滅多に戦闘などに発展しないから、オークたちが50人近くも引き連れて挑んで来たことはあっちにとっても驚きだったようで。ま、助けてくれたことに対して感謝されたわけですね。


いや~、感謝されるのはありがたいですなぁ。でもま、この世界の方向性が大体読めて来たし、今日持って行ったチート君たちが有用そうですし、オークたちとの戦闘があったのはマイナスですけどどっちかと言うとプラスの方が多いかな?


完全に不知火ちゃん痴女の恰好してたし、まぁなんかそういう怪異的存在と戦いながらR18するゲーム世界なんでしょうね。常人の感性でマイクロビキニ的戦闘服とか着るとか普通ありえないし、たぶんそういうやつなんでしょ。



「そういえばなんか忘れてる気がするんだけど……。あ、宿題とりに来たんだった。」



時間は戦闘もあったせいか深夜の4時になろうかというところ、そろそろ日が昇り始めます。今日の新聞配達の方は家々の屋根を飛び跳ねる灰色の痴女を見かけ、寝ぼけているのかと目を擦ったそうです。



ま、イスズちゃんの恰好、首から下チートスライムが形作る体のラインが出るスウェットスーツみたいなの上に口まで隠れる長めの赤マフラー+背中に槍持ちという完全に不審者みたいな姿してるからね。仕方ないね。





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