第42話 念の為に言い直しました/20
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「3対1……だと?」
ラムファダは槍の形をした魔刃を構え、小さく嘲笑の息を漏らす。
「子供。子供の姿をした半人前。唯一多少は使える男も、その様で……何が出来る?」
途端、リィンにさえわかるほどのプレッシャーが襲いかかってきた。遠距離からの狙撃が得意なら、距離さえ詰めてしまえば簡単に勝てるのではないか……などという一抹の期待を抱いていたのだが、やはりそう簡単にはいかないらしい。
「まずは……」
「『交換』っ!」
一番弱い相手から仕留めるつもりなのだろう。ニコに向かって槍を繰り出そうとする前に、リィンは魔術を使う。そして、背後に向かってドゥリンダナを放り投げた。
「なんのつもりだ……!?」
「万刃、ドゥリンダナ!」
そして背後に立つ男物の服を着た少女がそれを受け取り、魔刃の力を開放する様子を見てラムファダは目を剥いた。
先程まで、二人の中身は逆だったはずだからだ。
リィンと、彼女そっくりな姿に化けたニコは、しかしどちらがどちらか見分けるのは容易い。ニコはリィンが普段着ている旅装を着込み、リィン自身はニコが買った男物の古着を着たままだからだ。かおかたちがどれだけ似ていようと、着ている服が全く違うのでは何の意味もない。
ラムファダはつい先程までは、そう思っていたはずだ。
近距離転移の魔術は、自分の周囲にあるものを、自分の近くに転移させることが出来る。この「近く」とは、リィンの今の実力では最大でおおよそ1メートル程度を指すが、減らす分には問題ない。
そして、0メートル……全く移動しない事を選ぶことも出来る。本来ならば全く意味を持たないその魔術は、しかし写し身となる存在がいれば全く異なる効果を発揮する。
互いの位置を、ぴったり交換できるのだ。それもこれほど完全に体格を一致させていれば、服の中身だけを交換する事すら出来る。
「『交換』! 交換! 『交換』!」
更に何度も中身をシャッフルしつつ、二人のリィンは手を取り合って一振りのドゥリンダナを握りしめる。これでは、どちらが魔刃を操っているかすらわからない。つまり──
「混合刃、ラヴァヴールフ」
ラムファダはニコとリィンを攻撃できない状態で、ソルラクと戦わなければならない。
「ちっ……! 閃刃スレグローガ!」
唸りを上げる炎の柱をかわしながら、ラムファダは光の刃を横薙ぎに振るう。しかし、それがソルラクに当たる直前、彼はピタリと腕を止めた。
そのまま振るえば刃が当たる位置に、リィンたちが移動したからだ。
「小癪な真似を……! 舐めるなよ……っ!」
ぐん、と光の刃が三日月のように湾曲し、リィンを避けるようにしてソルラクを狙う。だがそれに合わせて振るわれる炎の刀身に、ラムファダは後退って距離をとった。
光刃も炎刃も、ともに実体を持たない魔刃だ。故に刀身をぶつけて止めることが出来ず、互いの攻撃を互いに避けることになる。
しかし、ソルラクとラムファダの戦い方はまるで違った。
ラムファダが距離をとって回避に専念するのに対し、ソルラクは積極的に間合いを詰めて魔刃を振るう。数の有利や槍と剣という得物の差もあるのだろう。しかしリィンには、その戦い方はどこかいつものソルラクとは違うように見えた。
まるでどこか、死に向かうかのような戦い方。
それはラムファダの戦い方とうまく噛み合い、有効に働いている。しかしどこか危うさを孕んでいるように見えた。
……そして、その懸念は現実のものとなる。
ニコの操るドゥリンダナの一撃をかわしたラムファダの体勢が、がくりと崩れる。その瞬間を狙ってソルラクが大きく踏み込み、渾身の一撃を見舞う。
その直前。ソルラクの眼前に光の球が生まれ、彼に激突する。ソルラクは弾かれるように吹き飛ばされ、まるで人形のように力なく地面に転がった。
「ソルラクさんっ!」
リィンは思わず悲鳴を上げる。
ラムファダがぐるりと顔を回し、リィンを見据え、笑った。
「そっちか」
☀
そういうことか、とソルラクは得心する。
先程食らった連射の正体だ。
閃刃スレグローガの射撃は、ラヴァティンが放つ火炎弾のような第一の能力なのだと思っていた。だが、違う。あれは第二の能力で光に変えた刃を極限まで伸ばしたもので、光弾を放つ第一の能力は別に持っていたのだ。
第二の能力に比べると威力も低く速度も遅い。普通であれば使う意味など殆どない能力。
それを、ラムファダは切り札にした。
戦い慣れている。実力も発想もソルラクより明らかに上だ。
光の刃が、ニコに向けて振り下ろされる。
「こ、交換! 『交換』っ!」
「無駄だ」
中身を入れ替えるリィンの魔術に、しかしラムファダは迷うこと無くニコの方へと刃を向けた。
「うわっ! なんで!?」
慌ててニコはリィンから離れ、その一撃をかわす。もはやラムファダは二人を完全に見分けていると見て間違いなかった。
「……! ニコさん、ほっぺた……!」
リィンがニコの顔を見て、大きく目を見開く。
「頬……あっ」
ニコの頬には、いつの間にか小さく傷がついていた。その傷が、リィンの頬にはない。目を凝らしてよく見なければわからないほど小さなものだが、長距離から狙撃を行うラムファダにとっては十分な目印だろう。
「さて、これで終いだ」
ニコは必死にドゥリンダナを振るうが、ラムファダは嵐のような刃を簡単にいなす。身体がリィンのものなのも災いした。リィンの小さな体では普段のニコの軽快な動きがまるで使えていない。刃がどれだけ千変万化しようと、その起点が動かないのでは片手落ちだった。
それでも何とか攻撃を防ごうと、まるで壁を作るかのように刃が振るわれる。しかしラムファダは針の穴を通すかのような正確さで、隙間を通してニコを狙った。
「『交換』っ!」
だが、ニコを貫くその直前でリィンが身体を入れ替えて、光の刃は動きを止める。
「死にたいのかね? そんな事をしても無駄だとわからないのか?」
「む、無駄じゃありません!」
呆れと怒りをにじませるラムファダに、リィンはそう言い返す。
「無駄だ。実力の差はわかっただろう。そんな風に時間を稼いだところで、お前たちに勝つ術はない。さっさと降参した方が身のためだと思うがね」
悔しいがラムファダの言う通りだった。ニコの魔刃は戦いに向いておらず、奇襲のためにその身体能力も犠牲にしてしまっている。ソルラクの身体は満身創痍でろくに動かせそうもない。
「そんな事はありません!」
だが、リィンは臆することなくそう言い返した。
「ソルラクさんは、絶対に負けません!」
虚勢でも冗談でもなく、心の底からそう信じている。
そんな想いが伝わってくる言葉だった。
「……なぜだ?」
そう問い返したのは、ラムファダではなかった。
「なぜ、お前は……そんなに俺を信用する?」
ろくに会話を交わすことも出来なければ、それほど強いわけでもない。
現に今も王刃の使い手に手も足も出せず、立つのが精一杯だ。
「それは……」
リィンは一瞬言い淀む。しかし、それは本当に一瞬のことだった。
「お慕いしているから……ソルラクさんの事が、好きだからです──!」
宝石のような赤い瞳が、真っ直ぐにソルラクを射抜く。初めて出会ったときと同じように。
ソルラクは、それに答えなかった。それはいつもと同じ理由。言われた言葉に対して、どう返していいかわからなかったからだ。
けれどたった一つだけ理解できたことがあった。
ソルラクがリィンに抱いている気持ち。どのように呼ぶのかわからなかったその感情を、言葉でどう表現すればいいかを。
「無刃」
ソルラクは。
「カレドヴールフ」
リィンの事が、『好き』なのだと。
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