第43話 ところでお返事とかは……ないですよね……/12
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「よくもまあその傷で立ち上がるものだ」
回転するカレドヴールフを構えるソルラクをみやり、ラムファダは言った。
「だがもう限界だろう。炎刃を引き出す余力すら残ってないらしいな」
先程までと異なり、カレドヴールフは炎を纏っていない。ただ回転しているだけだ。つまりはこの状態では将刃どころか、兵刃の能力すらない。ただの回転する頑丈な無刃に過ぎなかった。
「いいだろう。お前が王女の拠り所と言うなら……叩き折るまでだ」
ラムファダは槍を構え、神速の突きを見舞う。満身創痍のソルラクに対し、しかし微塵の油断もない一撃。光で構成されたその穂先は、ソルラクの心臓に向かって正確に鋭く伸びた。
剣の間合いの遥か外、十数歩の距離から放たれるその突きは、その速さ故に回避する事は困難。そして光であるが故に防ぐことも出来ない。
「な……!?」
──ソルラクが手にしているものが、カレドヴールフでなければ。
光の刃を剣で受け流すソルラクに、ラムファダは目を剥く。それはありえざる光景だからだ。実体を持たない光の刃を受けたり止めたりする事など、出来るはずがない。魔刃本体を離れて遠距離に放った光弾を散らすならばまだしも、柄から伸びる光刃そのものを押しやって逸らすことなど不可能だ。
だがしかし、カレドヴールフにだけはそれが可能だった。あらゆる魔刃を砕き、己の権能とする刃なき魔刃。言い換えれば、魔刃を砕くことこそがカレドヴールフの第一の権能だからだ。
無論、起動している魔刃をそうやすやすと破壊できるわけではないが、止めることくらいはしてもらわないと話にならないのだ。
しかしそれは予想外の出来事だったのだろう。ラムファダは反射的に後ろに下がって距離を取ろうとする。
不思議な気分だった。
ソルラクの心はいつになく高揚している。傷だらけであるはずの身体には隅々にまで力がみなぎり、何でも出来るかのような万能感が全身を支配していた。
それでいて、思考は今までになく冴え渡っている。今までは見えていなかった物事のすべてが見通せるかのようだ。
その一つが──ラムファダが、ソルラクを恐れているということだ。
ラムファダは、明らかに格上の敵だ。戦い方も上手く、手にしている魔刃も強い。
だがしかし、それはけしてソルラクに全く勝ち目がないことを示してはいない。
ラムファダがこちらを恐れ攻撃よりも防御を優先しているからこそ、ソルラクは未だに生きていられる。彼が攻撃を優先し多少の被害もいとわず積極的に戦っていたら、ソルラクもニコもとっくに死んでいるはずだ。
だが、常に長距離からの狙撃で敵を片付けてきたであろう彼にとって、高い破壊力を持つ魔刃に接近戦を挑まれているのは、格下の相手と言えどもかなりの脅威であるはずだった。
それでも余裕を持って対処できているのは彼の高い実力の証明だが、だからといって心から恐怖心が消えるわけではない。ソルラクだって、戦いは怖い。だが今は、それよりももっと怖い事があった。
リィンを失うことだ。
「おおおおっ!」
故に、ソルラクはカレドヴールフを地面に振り下ろした。高速で回転する刀身が大地を弾き、その反動を利用してソルラクは空高く跳躍し、ラムファダ目掛けてカレドヴールフを振り下ろす。
刹那、交錯する視線にラムファダの迷いが見えた。
冷静さを取り戻したソルラクが選んでいたのは、先程までより更に防御をかなぐり捨てた捨て身の攻撃だ。しかしそれは、先程までの半ば捨て鉢なものではなく、計算の上での捨て身だった。
空中では相手の攻撃を避けることは出来ず、ラムファダの腕なら簡単にソルラクを突き殺すことが出来る。しかしソルラクを突き殺しても、跳躍攻撃の勢いは消えずラムファダも死ぬ。
魔刃で防御しようにも、実体のない光の刃は通常物質を受けられない。先程カレドヴールフはそれをやってのけたが、勿論透過させることも出来る。回転を止めればいいだけだ。
身をかわすことは可能だが、大きく体勢を崩せばニコのドゥリンダナがその瞬間を狙うべく周囲を囲んでいる。
結果としてラムファダが選んだのは、光の刃を通常の魔刃に戻して防御する、という選択だった。彼ほどの腕があれば、実体を持つ刃であっても打ち砕かれずにカレドヴールフをいなすことは不可能ではなかった。
ソルラクが跳躍し、落下するまでの一瞬でそこまでの判断を行い、対応してのけたのは敵ながら流石と言う他ない。
だがそれは、悪手だった。
「ドゥリンダナッ!」
回転を止めたカレドヴールフの溝と、光の刃を実体化させたスレグローガの柄を、ドゥリンダナがぐるぐると巻き付いて結びつける。そしてそのまま、ドゥリンダナから手を離した。
魔刃は読んで名の通り、刃に魔力を付与された武器だ。王刃でも将刃でも変化するのはその刃だけで、柄の部分にその権能が適用されることはない。使い手を離れてもドゥリンダナの形状は元に戻らず、つまりもはやカレドヴールフの先端からスレグローガを切り離す方法はないということだ。
「な……!?」
技では、立ち回りではソルラクはラムファダに勝つことは出来ない。だが。
「馬鹿な……っ!」
ソルラクはそのまま、スレグローガごとラムファダを持ち上げた。純粋な膂力であれば、ソルラクでもラムファダに勝つ事ができる。
ぐるりと両手でカレドヴールフを振りかぶり、ソルラクは思いきりラムファダを地面に叩きつけた。
「が……ッ!」
ラムファダは空中で姿勢を制御し、頭から突っ込むことだけは避けたが、背中をしたたかに打ち付けて苦悶の声を漏らす。ソルラクはそのままその反動でもう一度振り上げ、再び振り下ろす。
「ぐッ……!」
だが三度目に振り上げたところで、ソルラクはまずいと察した。
ラムファダの腕を柄に固定しているわけではないのだ。つまり、ラムファダは自分から、スレグローガを握りしめるのをやめずに叩きつけられている。
「これで……」
背中に三本、殺意の線が突き立つのをソルラクは感じた。振り返って確認するまでもない。ラムファダは地面に叩きつけられながらも、けして魔刃からは手を離さず冷静に光球を作り出したのだ。
「詰みだ」
血を吐きながらもラムファダはニヤリと笑う。一瞬遅れて、彼の持つ槍の穂先からも殺意の線がソルラクの心臓に突き立った。
三方向からバラバラに迫る光球全てをかわすのは不可能だ。二つをかわそうと一つは食らう。カレドヴールフはスレグローガと結ばれているから、光球を切り払うのも間に合わない。
そして光球をしのいだとしても、体勢を崩した状態では前方から伸びる光の槍をかわすことができない。
カレドヴールフを手放せば全て避けられるかも知れないが、そんな事をすればそれこそ終わりだ。あとは自由になったラムファダに一方的に突き殺されるのを待つしかない。となれば、手立ては一つしかなかった。
光球全てをかわさず、そのまま受ける。そして致命的な光の刃をかわし、もう一度ラムファダを地面に叩きつける。流石の彼も、もう一度耐えるほどの耐久力はないだろう。
光球でソルラクが死ねばラムファダの勝ち。光の刃をかわせなくてもラムファダの勝ち。叩きつけをもう一度耐えてもラムファダの勝ちだ。随分分の悪い賭けだったが、それでも勝つ可能性はゼロではない。
「ソルラクさんっ!」
死ではなく、生き延びる事を覚悟したその瞬間。
背後から聞こえたリィンの声とともに、自分に突き刺さっていた殺意の線が消え失せた。まさかリィンが自分の盾になったのか、と血の気が引きかけるが、彼女の身体は光球全てを受け止められるほど大きくはない。それに、彼女自身にも殺意の線は刺さってはいなかった。
ならば一体どこに、とソルラクは感知の範囲を広げる。そして──
「『近距離転移』」
光球がラムファダの背後に現れ、彼に突き刺さるのを見た。
☪
「おまたせー……って何してんの?」
元の男性の姿に戻り、服を着替えたニコが物陰から戻ってきた時、リィンはちょうどソルラクの服を脱がそうとしているところだった。
「ニコさんも手伝って下さい! 傷の治療をしないといけないのに、ソルラクさんが服を脱いでくれないんです!」
「ああよかった。こんな露天でいきなり変なこと始めようとしてるのかと思ったよ」
ニコにそんな事を言われ、リィンの顔が一気に真っ赤に染まる。
「そ、そんなわけないじゃないですか! 馬鹿なことを言ってないで、手伝って下さい!」
「はいはーい」
ニコが加わると、ソルラクはとうとう観念したのかおとなしく上半身の服を脱ぎ捨てる。そしてあらわになった彼の体躯に、リィンは一瞬目を奪われた。
すらりとした細身の身体に、無駄のない筋肉がみっしりとついている。これがあの膂力の正体なのか、と思わず見入りそうになってしまった。
だがすぐに、その身体についたいくつもの傷の痛ましさがその感情を上書きする。
「お薬、塗りますね」
以前ソルラクがリィンを庇って左手を怪我して以来、リィンは消毒薬や切り傷によく効く軟膏、包帯なんかを常備していた。
ソルラクの身体には今の戦いでついた傷もあれば、古傷と思しき傷跡もたくさんついている。それだけ過酷な戦いをしてきたんだろう、とリィンは泣きそうな表情を浮かべながらも、丁寧に傷口を消毒し、薬を塗っては包帯を巻いていく。
「いやあ、それにしてもリィンちゃんの作戦が見事にうまくいったね」
そんな光景を眺めながらも手を貸そうとはしないまま、ニコがそんな事を言った。
「うまくいったのかどうかは、わかりませんが……」
とにかくラムファダの厄介な点は、まず近づくことも出来ないというところだった。
ラムファダが遠距離を見通す能力を持っているのは確かなことだ。だから見通しのいい場所で近づこうとしても、簡単に距離を取られてしまう。
しかしそれは『図化』のように全方位を見通すようなものではなく、自分の視力を拡張するようなものではないか、とリィンは読んでいた。そうでなければ港町でニコと一緒に逃げた時、逃げ切れるはずがないからだ。
だとすれば、目の前に注目すべき
近づいたあとは殆どソルラク任せだったのだから、それをうまくいったと言っていいのかどうかは疑問だ。
「でもさ。ソルラクくん、よくあれが僕だってわかったよね」
この作戦の一番の懸念点は、ソルラクがリィンに化けたニコを追ってしまうことだった。だが、ソルラクにリィンが偽物であることを伝えようとすれば、それを遠距離から見ているであろうラムファダにも察知されるおそれがある。
けれど、リィンは信じていた。ソルラクならきっと気づいてくれると。
「見ればわかる」
そして、なんでもないことのようにその信頼に答えてくれた彼に、リィンは思わず抱きついた。
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