第40話 覚悟を決めるときが来ました/59

 ☀


「ぷおおおおっ!」


 悲痛なピアの鳴き声とともに、リィンが空中へ投げ出される。それを目にしながら、ソルラクは迷った。ピアとリィン、どちらを守るのかをだ。


 相手の狙いは明白だ。まず、足であるピアを狙いに来た。クナールの時もそうだったが、敵にはリィンを生け捕りにする必要があるのだろう。つまりこの瞬間、リィンが狙い撃たれる可能性はほぼ0であると言っていい。


 だがそれでも、それは0ではなかった。生きてさえいれば足の一本や二本無くなってもいい……そう考えている可能性だってある。


 しかしリィンを守るということは、ピアを見捨てるということでもあった。仮にも竜の眷属だ。若い個体とは言え、そう簡単に死ぬことはない。だが先程の攻撃をもう一度喰らえばどうなるかわからない。


「ピアをっ!」


 そんなソルラクの迷いを見抜いたかのように、リィンが叫んだ。同時に、その後ろのニコと目が合う。


「万刃、ドゥリンダナ!」

「無刃カレドヴールフ!」


 魔刃の力を解放しながら、ソルラクはピアめがけて放たれた閃光の刃を打ち払う。その間を突くようにして、柔らかな刀身が刀身がリボンのように伸び、リィンに巻き付いて落下を防いだ。


 ピアを背後にかばいながら、ソルラクは己のなすべきことを悟る。


「行け!」


 自分は、ここまでリィンを連れてくるためにいたのだ、と。


「あの山の頂上にすむミゼットに伝えろ! ソルラクの知り合いであると!」


 彼女であれば、リィンをルーナマルケまで送り届けてくれるだろう。


「ソルラクさん!」

「ごめんね、リィンちゃん」


 こちらに向かって手を伸ばすリィンを無理やり抱きかかえ、ニコが山に向かって駆け出していく。それでいい、とソルラクは思う。


「炎刃ラヴァティン!」


 追撃を防ぐため、ソルラクは閃刃の光線が飛んできた方向に火炎弾を放つ。爆炎と砂埃が、敵の攻撃を多少なりとも防いでくれるはずだ。


 よりにもよって敵が襲いかかってきたのは、殆ど遮蔽物の存在しない岩肌ばかりの山道だ。『閃刃』を相手にするには最悪の場所と言っていい。おそらく敵はとっくの昔にソルラクたちを捕捉していて、襲いやすい場所に来るまで待っていたのだろう。


 だが一つ、幸運なこともあった。

 切り立った崖に挟まれたこの山道は、ソルラクを倒さない限りリィンたちを追うことは出来ない。


「……悪いな」

「プオオ……っ」


 ピアと名付けられた笛竜を、ソルラクは軽く撫でる。ソルラクがもっと傍にいれば初撃を防げていただろう。だが、敵はその間合いを見切って攻撃してきたとも言える。つまりは相当の手練だ。


 巻き込んでしまうのは申し訳なかったが、もはやピアだけ逃してやるような余裕もない。ソルラクにできることは、出来る限り時間を稼ぐことだけだ。


 砂煙を割り裂くように、閃光の刃が迸る。

 ──それは、まるで地上に降りた太陽のように強く輝いていた。



 ☪



「ニコさんっ! 止まって、下ろして下さいっ! ソルラクさんが!」

「ごめんね。それは出来ない」


 ニコはいつも浮かべている柔和な笑みを消し、足を緩めること無く山道をひた走る。


「ソルラクくんは君を助けるために命を投げうったんだ。それを無駄にするような事は僕には出来ないよ」

「そんな……」


 命を。その言葉を、リィンは現実感を持って受け止めることが出来なかった。


「ソルラクさんは……無事ですよね? 後で……合流、出来ますよね?」


 足手まといになる自分がいないのだ。一対一なら、ソルラクが負けるわけがない。


「……多分、無理だと思う」


 だがそんな思いを、ニコは真正直に破壊した。


「敵は……多分この前の数字で言うなら、200くらいの相手だ」


 その数字以上に、ニコの声色でどれだけ絶望的な話であるかを、リィンは理解する。


「君は故郷に帰って民を救わないといけないんだろ?」

「……そう、ですね」


 リィンはただ故郷に帰りたいだけではない。敵に捕らわれた父を助け出し、国を救わなければならない。こんなところで捕まるわけには絶対に行かない。


 ソルラクを助けたいというのは、リィンの個人的な感情だ。

 けれどリィンには、それよりも優先すべきものがある。


「ニコさん。止まって下さい」


 ──だから、彼女は冷静な声でそう告げた。


「戻りましょう」

「だから、それは出来ないの! わかってよ!」


 珍しく声を荒らげるニコに、リィンは首を横に振る。


「逆なんです。私が、ルーナマルケに帰りたいなら、絶対に今ソルラクさんを助けなければいけないんです」

「……どういうこと?」


 しかしそれでも冷静に話をするリィンに、ニコはひとまず足を止めた。


「故国は……あの敵よりも、強い魔刃使いに占領されてます」


 剣士の強い弱いは、リィンにはわからない。けれど──ルーナマルケを攻めてきた魔刃使いの強さなら、わかる。

 『閃刃』と比べても別格と呼んでいい強さだったからだ。だからこそ、『閃刃』くらいは倒さなければならない。


「今勝てずに向かっても、結局無駄死にするだけです。だったら……今戻ってソルラクさんを助けるのが、結果的に一番故郷を助ける可能性が高いことなんです」

「……そうは言ってもさ。結局ここで負けたら終わりだろ?」


 ニコは少しだけ苛立ったような口調で答えた。


「とにかく今は逃げれば……協力してくれる人だって見つかるかも知れないし、他に手立てがあるかも知れないだろ」

「それは……本当に、そんな事があると思いますか?」


 リィンの問いに、ニコは押し黙る。ソルラクほどの力を持った旅刃士がそう都合よく仲間になってくれることがあるとは、ニコ自身思っているわけではないのだろう。


「……最悪でも……どこか遠くに隠れ住んで平和に暮らすことは出来るじゃないか」


 絞り出すように、ニコはそんな事を言った。


「ソルラクくんはさ、何も言わないし表情も変わんないし何を考えてるのか全然わかんない奴だよ! でも……それでも、リィンちゃんを大切に思って、守ろうとしてることだけは……それだけは、僕にだってわかる」


 ギリ、と奥歯を噛み締めて、


「そんな奴が、僕に君を預けたんだ。僕は何があっても君を守らなきゃいけない。それがたとえ……君自身の意志に背くことにあるとしてもだ」


 有無を言わさぬ口調で、ニコはそう告げた。


「……では」


 今すぐ戻って下さい。そう叫びだしたくなる気持ちを押さえながら、リィンは努めて冷静に言葉を紡ぐ。一刻も早くソルラクを助けに行かなければならない。


「もし、勝つ方法があるとしたら、どうですか?」


 だがそれにはまず、ニコを納得させなければならない。


「敵の力は200……そう、言いましたね」


 ソルラクは100。ニコは70。二人合わせても敵には届かない。


「わたしが、31になります」


 覚悟を決めて。リィンは、そう言った。

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