第37話 ほんと、そういうところなんです!/71

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「うわっ! 何するの!?」


 唸りを上げて回転するカレドヴールフをいなしつつも、ニコは慌てて後ろに引く。その隙にソルラクはニコとの間に割り込むと、リィンを背後にかばった。


「リィン。無事か」

「えと、あの、はい……」


 なぜ彼がいきなりニコに切りかかったのかはわからない。しかし、何よりも自分を優先してくれたのだということだけは理解して、リィンはこくこくと何度も頷いた。


「ニコは」


 ニコにカレドヴールフを突きつけながら放つソルラクの短い問いに、ニコとリィンは二人とも疑問符を浮かべる。


「ニコはどうした」

「いやいやいやいや!」


 そして再度の問いにようやく、ニコとリィンは事の次第を理解した。


「僕だよ! ニコ! 今は女の格好してるだけ!」

「ニコは男だ」


 ソルラクは女装したニコを、それと判断できていないのだ。


 男の子の格好をしてフードを目深に被ったリィンの事は間違いなく見分けてくれたのに。


 フードを被っていてよかった。リィンは真っ赤に染まっているであろう頬を、そっと両手で押さえた。


「あっ、あの……違うんです」


 とは言え、兵士たちを相手取っていた時すら発動させていなかったカレドヴールフを容赦なく回転させて、今まさに斬りかからんとするソルラクをそのままにしておくわけにもいかない。


 リィンはソルラクの外套を掴んで引っ張って弁明した。


「ニコさんは本当は女性だったんです! 男の人の格好をしていただけで」

「そうそう!」


 ソルラクは一度リィンに視線を向け、そしてニコにもう一度目を向けた。


「違う」


 そしてカレドヴールフが炎を纏い、回転する。


「お前は誰だ」



 ☀



 男の格好をしていただけで、ニコは元々女だった、とリィンは言う。

 だがソルラクの目には、目の前にいる人物はニコとは全くの別人に見えた。


 確かに言われてみれば顔つきや声はよく似ているように思える。


 だが、骨格が違う。筋肉量が違う。僅かだが背丈も違う。踵の高い靴を履いているから少し分かりづらいが、目の前の女はニコよりも僅かに背が低かった。

 背を伸ばす方法はあっても、縮ませる方法はない。

 この女は間違いなくニコとは別人だ。


 にもかかわらずリィンがニコであると信じているということは、彼女を騙しているということに他ならない。真っ向からかかってくる敵よりよほど危険であると言えた。


「わかった、わかった! ちゃんと話すよ!」


 ソルラクの本気の殺意を感じたのか、ニコのフリをした女は両手をあげ降参の意を示す。


「万刃、ドゥリンダナ」


 そして腰の魔刃を引き抜き、その力を解放した。槍のように伸びる刀身を警戒してカレドヴールフを構えるソルラクとは裏腹に、ドゥリンダナは女を包み込む。


「これでいい?」

「えっ……!?」


 リィンが戸惑いの声を上げる。

 ドゥリンダナの刃が元の形に戻ると、そこにはソルラクの知るニコの姿があった。

 着ている服こそ女物だが、骨格も筋肉も髪の毛も、元の男の姿のものだ。


「……王刃か」

「そういうこと。流石にこの格好は恥ずかしいから戻るよ」


 ニコは再びドゥリンダナの刃で自分を包み込み、女の姿に変化する。それを見てようやくソルラクは警戒を解き、カレドヴールフを止めて鞘に収めた。


「万刃ドゥリンダナはその形を自由に変化させることができるんだ。刃そのものはもちろんのこと、使用者自身の身体もね」


 そういえば、ニコはリィンに将刃を説明する際、ドゥリンダナのように刀身を変化させられると説明した。しかし、ドゥリンダナが将刃であるとは言っていなかった。


 ラヴァティンが兵刃としての能力を発揮して炎の塊を放つことができるように、王刃も将刃としての能力を持ち合わせているものだ。


「あの……本当の姿は、どちらなんでしょうか?」


 おずおずと、リィンが問う。


「わからないんだ」


 それに対して、ニコは肩をすくめて苦笑した。


「実は僕には、過去の記憶がない。気付けばこの魔刃を手にしてたんだ。だからこれをどんな経緯で手に入れたのか、これが元の姿なのかどうかもわからない。……一応、気がついた時には女の姿だったんだけど、正直な所これが本当の姿って気もしない」


 これとか邪魔だし、とニコは自分の胸を無造作に掴んで見せる。ギリ、と一瞬なにかを噛みしめるような音が聞こえた気がしたが、そちらを見てもリィンしかいない。


「多分、この魔刃を破壊すれば元の姿に戻ることはできると思う。手放しただけじゃ駄目なんだ。でも僕は何らかの理由があってこの姿になったんだと思う。だから破壊したら二度とこの姿には戻れない。ドゥリンダナを破壊しつつもその能力は残しておくなんて都合のいい方法なんてあるわけがないと思ってたけど……そこにあった」


 そう言ってニコはソルラクのカレドヴールフに視線を向ける。確かにカレドヴールフなら、ドゥリンダナを破壊しつつ、しかしその能力を受け継ぐ事ができる。ニコに再びその能力を使わせることも、恐らくは可能だろう。


「もしかして、それがニコさんがわたしたちについてきてる理由ですか?」


 リィンの問いに、ニコは軽く頷く。


「それもあったって感じかな。リィンちゃんに言った理由も別に嘘じゃないよ。他に記憶を取り戻す方法もあるかも知れないし、僕だってできればドゥリンダナを壊したくはない。記憶がなくってそんなに困ってるわけでもないから……旅が終わったらお願いしてみるのもいいかな、って思ってただけさ」


 過去形で語るニコに、どういうことだ? とソルラクは思う。


「ま、そういうわけで……短い間だったけど、楽しかったよ」

「どこへ行く」


 そしてそのままこちらに背を向け、歩き去ろうとするニコを呼び止めた。


「え? いや、特に当てはないけど……この辺に来たのは初めてだし、とりあえず刃局にでも顔を出そうかなって」

「リィンを守るんじゃないのか」


 ソルラクがそう問うと、ニコは困ったような笑みを浮かべる。


「いやいやいや。僕の話ちゃんと聞いてた? 記憶がない上に本当の姿さえ定かじゃない、どこの誰かすらわからない人間なんだよ?」

「ああ」


 勿論、その話はソルラクも理解していた。


「そんな胡散臭い奴を、護衛につける人なんているわけないだろ」


 理解できないのはそちらの方だ。


「お前はリィンを守るんだろう」

「それは……まあ。害するつもりならその機会は今まで何度もあったわけだしね」

「ならいい」


 どんな人間であるか、本当の姿がどうか。そんな事には全く興味がなかった。大事なのはニコにリィンを守る意志と能力があるかどうかだ。


 それを信じているからこそ、ソルラクは船でリィンをニコに任せた。


「君ってやつは……」


 ニコが声を震わせる。


「正直そういうとこ本当どうかと思うけど、今この時に限っては最高だね!」

「だ、駄目ですー!」


 しかしリィンが突然飛び出し、その小さな両腕をいっぱいに広げながらそう叫んだ。


「え? だ、駄目? まさかの保護対象から却下?」

「あ、いえ、違います、そうじゃなくって……えっと、今、ソルラクさんに……抱き……つこうと……しましたよね……?」


 リィンが小声でニコに向かって囁く。恐らくはニコにだけ聞こえるように言っているつもりなのだろうが、ソルラクは数百メートル先の会話でも聞き取れる程度の聴覚を持っているため、完全に内容は聞こえてしまっていた。


「えっ、あ、そっか。この姿だとちょっと問題あるのか」

「はい……!」


 自分の胸元を見下ろすニコに、コクコクと頷くリィン。


「んじゃ、これで改めて……」


 再度魔刃の力を開放して男の姿に戻り、両腕を広げるニコ。


「そ……それはそれで駄目ーっ!」

「それはそれで駄目!?」


 基準がわからないよ! と叫ぶニコ。


 なるほど、見た目や骨格が変わっても変わらないものもあるのだな。


 その叫び声を聞いて、ソルラクはそんな事を思うのだった。

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