第36話 目のやり場に困るってこういう事を言うんだと思いました/0
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「開けろ!」
激しく扉が叩かれると音ともに、男たちの怒鳴り声が響く。
「何の騒ぎですか?」
ニコは扉を開け、愛想よくそう尋ねた。
「……ガキを見なかったか。紫の髪の子供と、金髪の男の二人連れだ」
「いいえ、見ませんでした」
訝しげに見やる男たちに、にこやかに答える。
男は部屋の中を見回すが、安宿の一室には人を二人も隠せそうな場所はない。
「……そうか。邪魔したな」
立ち去ろうとする男たちの中で、一人だけが不意に振り向き、ニコの顔をジロジロと見回した。
「おい、お前」
まさか、バレた──!? リィンはぎゅっと手を握りしめ、体を強張らせる。
「いい女だな。今晩どうだ?」
「馬鹿野郎。そんなことやってる場合か」
隊長らしき男がニコを口説き始めた男を殴りつけ、黙らせる。
「邪魔したな」
そして彼を引きずるようにして、宿を出ていった。
「……もう出てきてもいいよ」
その声に、リィンは飲み込んでいた息を吐きだし、目の前の布をめくりあげる。
「いやあ、ドキドキしたね」
別の意味でしました。リィンはそんな言葉を飲み込んだ。ニコのスカートの中に隠れている間中、目の前に真っ白な脚が見えていて、リィンはなんだか自分が酷く悪いことをしているような気持ちになっていた。
「あ、あの……ニコさんは」
「ん?」
「女の人……だったんですか?」
男たちが、目の前にいる人こそ自分たちが追っている相手だと気づかなかったのも無理はない。長いスカートを履き、豊かな胸元を惜しげもなく晒したその姿はまるっきり女性にしか見えない。短かった金髪も腰まで伸びていて、よくよく顔を見なければニコだとわからないだろう。
「まあ、女で旅刃士なんてやってると変な目で見られることが多いからね。普段は男の格好してるんだよ」
さらりとかきあげられた長い髪を見ていると、『ああ、これはカツラだよ』とニコは言う。
「さ、これで追っ手は撒けるでしょ」
確かにそれはそうだろう、とリィンは思った。リィンがフードを被りさえすれば、見た目は完全に貴婦人と男の子だ。ニコとリィンの二人連れだと思う者はいないだろう。
女性の格好をしたニコは、なんで今まで男性だと思っていたのかと思うくらい、綺麗だった。元々中性的な顔立ちはしていたが、こうして女物の服を着ていると完全に女性にしか見えない。
そして何よりも、そのふくよかな胸元。一体今までどうやってそれを隠していたのか不思議なくらいの立派な膨らみが二つ服を押し上げている。それでいて腰は折れそうなほどに細く、手足はすらりと長い。図らずもスカートの中で目の当たりにしてしまったその脚が、素晴らしく美しいのも知っている。
男性としてはやや低めだった身長は、女性としては逆にやや高めだ。背の高いソルラクト並べば、きっと実に見栄えがするだろう。
それに対して、とリィンは思わず自分の身体を見下ろした。
男の子の格好はピッタリと似合っている。手も脚もまるで棒のように真っ直ぐで、色気など微塵もない。胸元は大平原だ。
リィンは突然、自分が酷くみすぼらしくなったような気がした。ソルラクも、ニコのこの美貌には惹かれてしまうんじゃないか。同性のリィンですら思わず見惚れてしまうほどの美しさなのだ。
あのソルラクといえど、彼女のことを好きになってしまうのではないか。そんな危機感が、どうしても拭えなかった。
「あっ、きたよ。あれソルラクくんじゃない?」
ニコの声に数秒遅れ、リィンはその姿を認める。
事前に打ち合わせた通りの集合場所、街の門を出てしばらく行った郊外に向かってくるのは見間違えるはずもない。ピアに乗ったソルラクの姿だった。
ソルラクなら無事だと信じてはいたものの、リィンはほっと胸を撫で下ろす。それと同時に、自分が先に彼の到着に気付けなかったのが無性に悔しかった。
身長の関係上、ニコの方が遠くからやってくる相手に先に気付けるのは仕方のないことだ。そうわかっていても、自分の方が先にソルラクに気づきたかったという子供じみた思いをどうしても拭えなかった。
「おーい」
ニコが大きく手を振る。
どくん、とリィンの胸が大きく高鳴った。
果たしてこのニコの姿を見た時、ソルラクはどんな反応をするだろうか。
ソルラクには普段、表情の変化は殆どない。しかし感情がないわけでは決してないのだ。その視線や細かな仕草から、リィンはかなりソルラクの感情を読み取れるようになっている。それが災いした。
もし、ソルラクがニコに見惚れるようなことがあればどうしよう。
そんな恐れを抱きながらも、彼の一挙一投足から目を離すことが出来ない。
そして。
ニコの姿を目の当たりにしたソルラクは、目を大きく見開いた。
今までリィンが見た中で、一番大きな表情の変化。
「ん? どーしたの、ソルラクくん?」
ニコはそんなソルラクの表情に気づいた様子もなく、突然足を止めたソルラクに不思議そうに近づいていく。
そして、ソルラクは──
迷うことなく、魔刃を引き抜きニコに切りかかった。
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