第15話 ちゃんとご飯を食べているのか、心配です/0

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 リィンは宿のベッドに寝転がりながら、暇を持て余していた。野営をしていた頃には恋しく思っていたベッドだが、流石にこんな日中から寝ることは出来ない。


 目を閉じ意識を集中して魔術を使うが、ソルラクの光は彼女が追える範囲を超えてしまっていた。


 他になにかすることがあるわけでもないし、一人で宿の外に出かけるわけにもいかない。置いていかれて不安というわけではなかったが、ただただ退屈であった。


 それに、お腹が減った。何となく、ソルラクは夜まで帰ってこないのではないかという気がしていたが、その予感は的中し正午を示す鐘がなっても帰ってこない。


 一食抜いたところで死ぬわけではないが、することもなく空腹に耐えなければならないというのはなかなか大変だ。携帯食でも食べようかと思うが、勝手に食べていいものかわからないし、街の中で干し肉や堅パンを食べるのも悲しい。


 宿の一階で食事をして、料金はソルラクから受け取るよう頼んでみるという手もあるにはあったが、流石にそれは図々しすぎる気がして躊躇われた。


 と、その時、部屋がノックされる。


「はい」


 規則正しい音に思わず返事をしてしまってから、しまったと思う。


「お食事持ってきましたよー」


 だが軽い調子の女性の声に、リィンは思わず飛びつくように扉を開けてしまった。


「あらっ」


 扉の向こうにいた赤毛の女性はリィンを見て目を見開く。まだ若い……と言ってもリィンよりはいくらか年上だろうが、少女と呼んでいい年齢の女性だった。


「可愛い~! えっ、なに? ここ、えーと、ソル何とかさんの部屋よね?」

「あっ、はい。そうです。わたしはソルラクの連れの、リィンと申します」


 戸惑う赤毛の少女に、リィンは折り目正しくそう名乗る。


「なぁに、あのムッツリ男にこんな可愛い子がいたの~? えっ、父娘や兄妹じゃないわよね、全然似てないもの。どういう関係? 酷いことされてない?」

「ソルラクさんはそんな人じゃありません!」


 思わず語気を荒くするリィンに、少女は驚いたようだった。


「ごめんごめん、心配しただけなのよ。あたしはこの宿屋で女中をしてるアーニャって言うんだけどね、おたくの旦那さんっていっつもああなの? いきなり銀貨をカウンターに叩きつけてさ。『……昼。飯を運べ』って。まーあ銀貨なんか貰っちゃったらそりゃあ運びますけど? ご飯運んでくるの、もうほんっと気が重くって。そしたらあなたみたいなすっごい可愛い子がいるじゃないの。びっくりしちゃってさ」


 よく喋る人だなあ、とリィンはその口数に圧倒される。この数日というもの、まったく喋らないソルラクと殆ど二人きりだったせいで、余計にそう思った。


「えっと……すみません。ソルラクさん、あんまり喋らない人で」

「いやー、あんまりなんてレベルじゃないでしょあれは。それともお嬢ちゃんの前だと結構饒舌なのかしら。それは結構見たい気がするけど──あっ、食べて食べて」


 アーニャと名乗った少女は持ってきた食事をトレーごと食卓に置き、そう勧める。最初の宿とは違い、ここには食卓と椅子が二脚備え付けられていた。


「はい」


 リィンが席に座ると、何故かアーニャもその対面に座った。


 内心首を傾げつつも、リィンはスープを掬って口に運ぶ。久しぶりの、温かい作りたての料理は美味しかった。


 何より、ソルラクがリィンのことをしっかり忘れずにいてくれた事が嬉しかった。それと同時に、ちゃんとソルラクは昼食を食べているんだろうか、と心配になる。どうも彼は食事に対する頓着があまり感じられないように思える。あんなに大きな体をしているというのに、食事量はリィンよりも少ないくらいだ。


 リィンが食事を多く摂るのは、魔力を補給するためでもある。決して食い意地がはっているわけではないと釈明したかった。


「まーでもこうやってお嬢ちゃん、えーと、リィンだっけ。リィンのご飯を用意してたってんなら、まあリィンの言う通りそんなに悪い人でもないのかもね。あの人って旅刃士でしょ?」

「旅刃士ってなんですか?」


 聞き覚えのない単語にリィンは食べる手を一旦止めて聞き返す。


「一緒にいるのに知らないの? 旅刃士ってのはね、いろんな国を旅しながら剣を売る職業よ」

「剣は一本しか持ってませんでした」


 そもそもあれは剣と呼んでいいんだろうか、とリィンが首を傾げつつ千切ったパンを口に入れると、アーニャは豪快に笑った。


「あはは。剣を売るってのはそのままの意味じゃないよ。魔物を倒したり、悪い人をとっちめたりするってことさ」


 なるほど、とリィンは納得する。ソルラクがお金に困った様子はなかったが、一体どんな仕事をしているかは気になっていた。そんな仕事があるのであれば、ソルラクの強さならお金に困らないのも納得できるし、ルーナマルケまで案内してもらうのもそこまで負担をかけずに済むのかもしれない、と安心する。


「けどそんな事も知らないなんて、結局どういう関係なんだい?」


 そう問われ、リィンは返答に困った。ソルラクとの関係をどう呼んでいいのか……彼がどんなつもりでリィンと旅をしているのかが、まったくわからなかったからだ。


「ソルラクさんは、わたしをルーナマルケに連れてってくれるんです」

「ルーナマルケ……どっかの遠い国の名前だっけ?」


 悩んだ末にありのままを伝えると、アーニャは首をひねりながらそう返した。


「ご存知なんですか!?」

「えっ、いや、名前を聞いたことがある気がするだけだよ」


 突然身を乗り出すリィンに、アーニャは気圧されるようにのけぞる。


「ソルラクさん以外、知ってる人が誰もいないんです。ソルラクさんは、その……あんまり、詳しくは教えてくれなくって」

「はー。なるほどねえ。と言ってもあたしも客からちょろっと話を聞いたくらいだからなあ」


 アーニャの言葉にリィンはハッとした。宿屋に訪れる客は旅人ばかりだ。ソルラクがルーナマルケを知っていたのも、旅刃士だったからだろう。であれば、旅人ならルーナマルケのことを知っている可能性が高い。


「アーニャ! 何サボってんだ!」

「おっと、いっけね。じゃあね、リィン。あたしは仕事に戻るよ。この宿、女中があたし一人だから忙しくってさあ」


 その時階下から店主の怒鳴り声がして、アーニャは肩をすくめ立ち上がる。


「あのっ」


 その手をとって、リィンは言った。


「わたしも、お手伝いさせて頂けませんでしょうか」

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