第14話 今度は二つなのが、ちょっとだけ残念です/51

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「あっ、街が見えてきましたよ、ソルラクさん!」


 はしゃぐリィンの声に、ソルラクはほっと息をついた。ピアと名付けられた笛竜のおかげで何とか食料が尽きる前に街に辿り着くことができたというのもあるが、それ以上に野営をしなくてすむからだ。


 初日に野営をした際、リィンはソルラクの毛布に潜り込んできた。一緒にベッドで寝たとき以上の近さ。完全に密着した状態だ。今まで生きてきた中でこれほど他人と近づいた経験のないソルラクは、どうしていいかわからず固まってしまった。


 それをいいことにリィンはほとんど毎晩くっついてきたのである。そして不思議なことに、ソルラクもそれがさほど不快ではなかった。そもそも昼間も竜上で密着していた。


 四六時中そうやって過ごしていたのだから、ソルラクの方もだいぶ慣れてはきた。それに、そうして彼女を抱えて眠るのには利点もあった。


 野営では常に魔物や山賊の敵襲を警戒しなければならない。ソルラク一人であれば気配を察して起きる事もできるが、リィンの方を狙われた時に果たして自分がそれに気づくかどうかは自信がなかった。


 だが流石に腕の中に抱えていれば気づかないということはない。そういった事情もあって、丸まって座るピアにソルラクが背中を預け、その腕の中にリィンがすっぽり収まって眠る、という図式がすっかり定着してしまっていた。


 とは言っても、慣れるのと平気であることは別だ。リィンの身体は本当に骨が入っているのか疑ってしまうほどに柔らかく、ろくに水も浴びていないというのにふんわりと甘い匂いがする。身体が小さいせいか体温が高くて暖かく、ふわふわした髪も触り心地がいい。それがかえって、ソルラクの心のどこかを削っていく気がした。


 これがまた、安心しきった警戒心の全く無い顔で眠るのだ。

 子供というのは凄いものだ、とソルラクは思った。

 竜も若い個体のほうが人には慣れやすい。人もそういうものなのかも知れない。


 程なくして街に着き、通行税を支払って街に入る。この時、通行税は勿論騎竜にもかかる。人と同じとまではいかないが、馬よりは高い。通行税を支払うソルラクをリィンが何か物いいたげにじっと見ていたが、口にはしなかった。


 言いたいことが有るならば言えばいいのに。ソルラクはそう思ったが、その考えは即座に己自身に突き刺さる。自分の口数が少しばかり少ないという自覚は、ソルラクにもあった。


 高く付くのは通行税だけではない。ピアがいるから、宿もある程度しっかりした竜舎のある場所を選ばなければならない。自然、代金も高くなる。


 今は毛布で間に合わせているが、しっかりした手綱や鞍も作らなければならないだろう。竜というのはなにせ身体が大きいものだから、つける竜具も割高だ。


 そういった事情が、今までソルラクが竜を使わず徒歩で旅をしていた理由であった。餌代も馬鹿にならないし、ソルラクに比べてそれほど足が速いというわけではない。というよりも、自分の疲労を考慮しなければ走った方が早い。


 だがリィンを連れて旅をするなら、どうやら竜は必須だ。歩く速度の話だけではなく、余分に食料を持ち歩くためにも役に立つ。育ち盛りと言うやつなのか、リィンはその小さな身体のどこに入っているのかわからないほどよく食べるのだ。


 身長はソルラクの6割、体重で言うなら3割もないだろうに、明らかにソルラクよりも大量に食べる。多めに用意しておいたはずの保存食が底をつき、ソルラクの分を寝ている間にこっそりと詰め替えて、それすら食べきってしまいそうになっていたから街についた時の安堵感は相当なものだった。


 街に入ると、ソルラクはまず真っ先に宿へと向かった。普段使っている安宿ではなく、竜を入れられる宿となると数も少なく人気も高い。日の高いうちに部屋をとっておかなければ埋まってしまうことがある。


「二人と笛竜一頭。ベッドは、二つだ」


 宿に入るやいなや、ソルラクは宿の店主にそう告げた。竜に揺られながらずっと考えていた注文だった。


「ツインルームですね? 一泊120ソルになります」


 多少面食らった様子で、それでもにこやかに答える店主にソルラクはとりあえず三日分の代金を払う。懐にはまだまだ余裕はあるが、恐らく竜具を作るには当分かかるはずだ。もう少し稼いでおく必要があった。


 ソルラクはリィンとともにあてがわれた部屋に向かい、荷物を置く。


「ここにいればいいんですか?」


 そして部屋を出る前に視線を向けると、リィンはそう尋ねた。


「わかりました。お気をつけて」


 すぐに視線をそらせば、そう言って見送ってくれる。ここ最近、リィンがこちらの意図を察してくれるようになった気がする。楽でいいのだが、その反面これでいいのか、という思いがあった。ソルラクのコミュニケーション能力はまったく向上してないからだ。リィンの察しの良さだけが成長してしまっている。


 思い悩みつつ、ソルラクは外に繋いでおいたピアの手綱を引きちぎって捨てた。ソルラク一人であればこんなものは不要だ。そのまままたがり竜具屋に向かうと、竜の世話をする竜方が目を見開いて出迎えた。


「ええっ!? 鞍も鐙も手綱もなしに乗ってきたんですかい、旦那」

「作ってくれ」


 驚く竜方に要件だけを伝えると、壮年の竜方はささっと紐尺を使ってピアの大きさを測る。


「このサイズなら出来合いのがありますけど」

「ガキと乗る」


 端的に告げるソルラクに、竜方は心得て頷いた。


「連鞍ですな。お子さんはどのくらいの時分ですかい?」


 竜方の問いに、ソルラクは己の腰辺りの高さを手で示す。竜方はほとんど言葉を発しないソルラクを気にした風もなく、顎に手をやってふうむと唸った。


「十やそこらってとこですかね。そうなると特注って事になりまさあ。それに手綱と鐙もってぇ事になると、一月ばかり頂きやすが、よろしいですかね」


 一月で終わるのか、と言うのがソルラクの感想だった。正直もっと掛かるものだと思っていた。この竜具屋は腕がいいのかもしれない。


 ソルラクは金入れから金貨を数枚取り出し手渡した。


「旦那、手付はこんなに要りませんよ……旦那!」


 呼び止める声を無視し、ソルラクはピアを連れて竜具屋を後にする。

 次に向かった先は刃局だ。


「おお。久しいな、『黒曜』。お前さん向けの依頼を用意して待ってたぜ」


 刃局の主人はソルラクの顔を見るなり破顔し、そういった。主人がどこにいってもだいたい中年から壮年のがっしりした男なのは、刃局に務めるのが引退した旅刃士だからだ。


 なにせ旅刃士になるような連中は乱暴なものが多い。そういったものが暴れた時に、止められる程度の力を持っていなければ刃局の主人は務まらない。


 結果として刃局の主人はどこに言っても似たような体格と面相をしていて、正直ソルラクにはまったく区別がつかなかった。


「そら、好きなのを持っていきな」


 主人が依頼書を何枚か差し出す。旅刃士に対して出される依頼はその大半が配送、護衛、魔物退治の三種類に大別される。


 ソルラク向けの依頼というのは魔物退治の中でも討伐依頼──つまり、退治の仕方が一切指定されないものに限られていた。配送は壊れにくいものであればまれに受けることもあったが、護衛依頼を引き受けたことは一度もない。


 魔物退治と一口に言っても、その理由は様々だ。単純に人間に害を及ぼす魔物を排除するだけではない。魔物達の毛皮や爪が目的であったり、生け捕りにして騎獣にすることであったり。そういう場合、倒し方が指定される。


 ソルラクはそういった真似が酷く苦手だった。無刃カレドヴールフは振るえば大抵、相手を粉々にしてしまう。その代わりに、どんな凶暴な魔物であろうと彼が仕留めそこなったことはなかった。


 ソルラクは依頼書をざっと眺め、その中で一番報酬金額の高い物を手に取る。


「相変わらずだなぁ、あんたは」


 倒すべき相手くらいはちゃんと確認しろよ、と主人は苦笑するが、毎回この依頼の受け方でソルラクがしくじったことは一度もない。自分に絶対の自信があるんだろうな、と思いながら、主人は依頼書に受諾印を押した。


 ソルラクはそれを受け取り、刃局を出ていこうとしてふと足を止めた。


「……もし、俺が死んだら」


 そして縁起でもないことをいいつつ、金貨の入った袋をカウンターの上に置いた。


「銀の魚亭という宿の、リィンという娘にこれを渡してくれ」

「な……おいっ!」


 それは、今まで一度もなかった異常事態だった。そもそも『黒曜』の声を聞いた事自体がほとんどない。慌てふためく主人を残し、ソルラクは静かに刃局を後にする。


 まるで自分が死ぬ運命を悟り、受け入れているかのように。


「何だってんだ……」


 一体彼の身に何が起こったのか。それはわからない。だが主人は、恐らくソルラクの姿を見るのはこれが最後になるだろう、と予感する。




 ──その日の午後、一週間はかかるであろう依頼を半日で終えて普通に戻ってきたソルラクによって、その予感はあっさりと裏切られたのだった。

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