第12話 わたしも口笛でお喋りできたらいいのに/3
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「はあ、はあ……」
荒く息を吐きながら歩くリィンに、ソルラクはぴたりと足を止める。そして適当な大きさの石を二つ見繕って埃を払うと、そこに腰掛けた。
「ソルラクさん……わたしは、大丈夫、ですから……」
リィンはそういうが、とても大丈夫そうには見えない。ソルラクは彼女の言葉に答えず、じっと目を閉じる。そうすると、観念したようにリィンも隣に腰を下ろした。
朝、日が昇ってすぐに町を出て、既に太陽は高く中天に差し掛かっている。にもかかわらず、未だに二人は町の壁が見える位置にいた。
リィンの体力の無さ、足の遅さは思っていた以上のものだ。
歩調を合わせようとどんなにゆっくり歩いても、僅かでも気を抜くとすぐに彼女を置いていってしまう。ただ遅いばかりでなく、一時間ごとに休憩を取る必要があった。森を歩いている時はもう少しマシだったはずだが、どういうことだろうか。
そう考える彼の頭からは、リィンが背負う荷物の事がすっぽりと抜け落ちていた。
いっそのことソルラクが担いで運んだ方が余程楽だろうが、ルーナマルケまで先は長い。多少は彼女にも体力をつけてもらう必要がある。それに何より、抱きかかえていいかどうやって聞いたらいいのかがわからない為、二人は亀のような歩みで街道を進んでいた。
しかし、町と町との間には旅人が身体を休める宿場や小屋があるものだが、この速度ではとても日が暮れるまでに辿り着けそうにない。何日か野宿しなければならないが、それはそれでリィンの幼い身体には負担だろう。
何より問題なのは、このペースで行くと、食料が足りなくなるということだった。ソルラク一人であれば野の獣を狩ったり、木の実や野草でも採取して食べればいいだけの話だが、リィンを一人置いて食料を集めに行くわけにも行かない。
道沿いなら多少安全とは言え、町の外は極めて危険だ。野生の獣や魔物だって出るし、山賊だって出る。
さてどうしたものか、とソルラクは頭を悩ませる。するとふと、あるものがその視界に映った。
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リィンは、酷い自己嫌悪に陥っていた。自分が足手まといになっている自覚は、ありすぎるほどにある。己の体力の無さが恨めしくて仕方なかった。ソルラクは何も言わないが、こまめに休憩をとってくれている。その気遣いが、今はありがたくも辛かった。
「もう、大丈夫です」
そう言って立ち上がっても、ソルラクはリィンを見つめるだけで立ち上がろうともしない。虚勢を見抜かれ居た堪れなくなって、リィンはもう一度石に腰掛けた。
こんな事で、本当にルーナマルケに辿り着けるんだろうか。そもそも、辿り着いた所で……
どんどんと暗い思考にはまりこんでいくリィンを、突然ソルラクが立ち上がったかと思うと、ひょいと片腕で抱き上げた。
「ソ、ソルラクさっ……!?」
「喋るな」
短く、しかし明確な指示に、リィンは口を引き結んでこくこくと頷く。それを確認した後、ソルラクは抱えたまま走り始めた。
人はこんな速度で走れるのか、とリィンは驚いた。馬に乗せてもらったことはあったが、それよりも早い気がする。その速さに驚きながらも、リィンはソルラクにぎゅっとしがみつく。喋るなと言われたのも納得だった。もしこんな状態で口を利けば間違いなく舌を噛んでしまう。
だけど一体どこに向かっているのだろう、とリィンは思った。いくらソルラクでも、この速さでリィンを抱えながら次の町まで走るのは不可能だろう。それに、今まで進んでいた街道を外れて草原の道なき道を走っていっている。
その疑問の答えは、程なくしてわかった。
(
彼の向かう先では、一頭の笛竜が草を食んでいるところだった。
笛竜とは、頭から長い角が生えた、翼を持たない種類の竜である。その長い角は名前の通り笛のように空洞になっていて、攻撃のためではなく音を出すために使われる。その音で、仲間同士交流すると言われていた。
竜とは言っても勿論真竜ではなく眷属であり、その中でも草を食べる大人しい種類だ。人にも慣れやすく騎乗に向く。ソルラクはリィンを片腕に抱えたまま、ひょいと笛竜の背中に飛び乗った。
「プオォォォォッ!」
驚いた笛竜が角から音を鳴らし、上体を反らす。しかしソルラクは開いた片手で、振り落とされないよう笛竜のその長い角を掴んだ。激しく暴れる笛竜の背に鞍もあぶみもなく乗りながら、ソルラクの身体はこゆるぎもしない。
リィンの方がよほど大変だった。腰をがっしりとソルラクの腕に抱えられてはいるものの、いつ振り落とされるものか気が気ではない。
すると、ソルラクの唇からヒューッと甲高く音が鳴った。その口笛を何度も鳴らしているうちに、笛竜は徐々に落ち着きを取り戻していく。
最後に動きを止めた笛竜の首筋を、ソルラクはどこか優しげな音色の口笛を吹きながらぽんぽんと叩いた。そして自分の背嚢から毛布を取り出すと、ナイフで二つ三つに引き裂き、それを互いに結んで即席の手綱を作り上げる。そして、それを笛竜の角に結びつけた。
リィンは目を丸くして、思わずソルラクを見つめた。野生の笛竜を一瞬にして手懐けるなんて、初めて聞く芸当だった。すると、不意にソルラクと視線がかち合った。彼はそのまま何かもの言いたげに、リィンをじっと見つめる。
「あっ。すみません!」
リィンはぎゅっとソルラクに抱きついていたことに気がつき、慌てて離れた。笛竜の背中は大きい。馬と違って、鞍がなくても乗っているのにはそれほどの苦労もない。リィンが前を向くと、ソルラクは彼女の背嚢から毛布を取り出し、尻の下に敷いてくれた。
「ありがとうございます」
リィンの言葉に答えるかのように、ソルラクが口笛を吹く。すると笛竜が二人を乗せたまま歩きだして、リィンは思わず笑ってしまった。ソルラクが不審げにリィンに視線を向ける。
(だって、ソルラクさん、竜との方がよっぽど雄弁にお話してるんですもの)
そう思ったが、リィンは口にするのは控えておいた。
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