第40話 甘酒にはしょうがをいれること1月8日

 お待たせしましたと言ってウェイトレスが銀の盆に載せてきたのは湯呑に入った甘酒だった。九乃カナの要望は満たされた。

「本当に甘酒あったんですね」

「田舎の喫茶店はこの時期、甘酒をやっているのさ」

「九乃さん、小説で口調を頻繁にかえたら賞で点数落とされますよ」

「そうね、リアルよりリアリティってやつだものね。くそったれ」

「今の発言は小説と関係なく人としてどうかと思います」

「いいんですの、わたくし顰蹙を買わないと売るものがありませんから」

「売りにしているんですね」

 無月さんにあきれられてしまった。そこも売りだから仕方ない。人をあきれさせる小説。売れそうにない。

 ふーふーと吹いてからずずっとすすった甘酒は甘っとろくて、唇を舐めたらやっぱり甘かった。甘さは癒し。もうここから動きたくない。

 横の窓から見える外の眺めは白くて、でも空はもう晴れていた。通り雪だったらしい。そんな呼び方するか知らないけれど。雪が輝いて見える。ぽたぽたともう溶けた雪が上から落ちてきて、しずくがキラキラと光を屈折させて、同じ光は九乃カナに降り注ぎぬくもりを感じさせる。眠くなっちまうぜ。

 喫茶店にかかっている音楽がメガデスに変わった。これはセカンド・アルバムね。「PEACE SELLS ...BUT WHO'S BUYING?」。これは、聴き終わるまで席を立てない。店員を呼んだ。

「ガトー・ショコラのセットで、ドリンクはホットコーヒー」

「まだ甘いもの食べるんですか」

「わたくしの体の9割は砂糖でできていますの。精神の10割はメタルですけれど」

「九乃さんが言うと本当っぽいから怖い。自分はプリンアラモードで」

「いいね👍」

 ウェイトレスの制服はマスターの趣味に違いない。コスプレみたいなものだ。ミニのジャンパースカートで、胸の下で絞られるようにコルセット状になっている。セクハラ案件である。アウト―! 訴えられたらきっとマスターの負けね。

 後姿を見送り心の中でマスターに有罪判決を突きつけたけれど、無月さんは振り返ることもなく、プリンアラモード談議にふけっている。人間に興味ないって言っていたっけ。きっとすみっコぐらしの着ぐるみだったら飛びついたことだろう。

 こってりガトー・ショコラでお腹がふくれた。甘いものでお腹を満たすことはなんと幸せなことか。平和が一番。わたくしの平和を脅かすものは滅ぼすしかない。メガデスの時間が終わって店内の音楽がかわった。潮時である。

 もう雪も解けてきているし、お城に戻りましょうかといって席を立つ。

「またお城に行くんですか」

「事件はなにも解決していませんよ」

「まあそうですけど、自分の疑いは晴れましたよね」

「なに言ってるのですか、バリバリ容疑者ですよ。無月弟さんが犯人でなかったら密室殺人になってしまいますからね」

「そんなあ。だったら密室トリックを暴きましょうよ」

「どうかなあ。無月弟さん犯人の線は消せないんではないかな」

 がっくし。無月弟さんはこうべを垂れた。稲穂ではないけれど。


 会計を済ませて喫茶店を出る。無月さんがユニゾンでなにか言っている。

「九乃さん、あれ!」

 空を指しているからパンダでも飛んでいるかと思ったけれど、ちがった。なにかオレンジっぽいような、青っぽいような、ひかるものが浮いている。

「あれって、小天体ですか。九乃さんが落とそうとしている」

「落とそうなんてしていませんよ。でも、なんでしょうね。小天体としか思えませんね。大きくなってきているみたいだし」

「そうですよ。小天体が落ちてくるんですよ!」

「嘘だろ。地球はトチ狂ってカイパーベルトにでも突っ込んじまったのか」

 警察でのあれはフリだったのぉ? 誰もそんな風に思ってないってのに。

「九乃さん、お願いします。止めてください」

「止めるったって、どうやって。アダルト動画のいいところで静止するのとはわけがちがうっての。というか、止めちゃったら動画の意味ないじゃない」

「話題がそれています」

「そうだった。仕方ないチート能力に頼るか」

「お願いします」

 九乃カナはまっすぐ立った状態から両手を横に広げてゆく。

「くっくっく、我が奥義を使うときが来ようとはな」

「そういうのいいんで、早くお願いします」

「いいじゃない、どうせ文字数いくら使ったっていいんだから。といいつつ、メテオ・イレイザー!!!」

 横に広げた手を小天体に向けた。

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