第39話 甘酒を買ってきます1月7日

 ベテラン刑事は小天体を落とした疑いが九乃カナにかかっていると、言った。本気か。ベテラン刑事がアホなことを言って笑わせようとしているとは思えない。九乃カナは即座に体勢を立て直した。

「よいのか、我にそのような口を聞いて」

 左手で顔を隠し、右手は体の横に水平に伸ばす。

「もうひとつ小天体が落ちる可能性を考えたか」

「なんだと」

 ベテラン刑事は立ち上がり若手の刑事に目配せ。若手刑事は部屋の隅にあった黒電話に飛びついた。黒電話なんてあったんだ。

「無差別テロ容疑者を尋問中、テロリストは再攻撃を宣言しましたっ! 警戒態勢の発令をお願いします」

 じりりりりと非常ベルが鳴りだした。マジのアホだった!

「お前の要求はなんだ」

「人類など滅亡させてくれるわっ」

 若い刑事に手のひらをかざす。ベテラン刑事が若い刑事に飛びつき床に倒れた。

「バカ野郎、刺激するな。一瞬で消されるぞ」

「ありがとうございます。そうでした、奴は怖ろしい術を使うのでした」

 床の上でなんだかBLがはじまってしまった。ふたりのまわりにバラが咲いてみえる。

「執事のおっさんに礼を言わなければならんな」

 もしかして執事はリアルタイムの読者だったか。ヘンなことを警察に吹き込んだみたいだ。もしかして小天体落下を疑われているのって執事のせいじゃん! あんにゃろう、ハイデ殺しの容疑者最右翼に指定ねっ。濡れ衣を着せてやる! おっと、ごめんあそばせ、冗談ですのよ。冗談。


 足を肩幅に開き、ゆっくり両手を横に広げてゆく。

「小天体を落としてこの辺りを破壊したら自分だってただでは済まないぞ」

 ベテランに手を取られて床から見上げる若手刑事、懲りていないみたいね。

「我がそんな間抜けだと思うか?」

「まさか、できるのか。テレポート!」

 まさかぁ、そんなことできるわけない。小天体だって落ちてこないよっ! バッカじゃないの。

「我に手を出せば、もう小天体落下を防ぐ手はお前たちに残されていない。どうする、我の邪魔をするか」

「くっ」

「仕方ない、道を開けるんだ」

「俺達はただ見ていることしかできないんですかっ」

「そうだ、俺達にできることはない。相手が悪すぎる」

 ふたりとも悔しそうでよい。スマホがあれば画像撮影しているところだ。いや、動画だな。

「無月弟さんを連れてきて」

 九乃カナの要求に応えて、無月弟さんがすぐに取調室の前に連れてこられた。

「では、帰りましょう」

「いいんですか、九乃さん」

 九乃カナは小首をかしげたけれど、特に用事を思いつかなかった。

「なにかあったら、またくればいいでしょ」

 廊下を進み、エレベーターを呼ぶ。誰か先にボタン押しておきなさいよ、気が利かないわね。おっと、ヘンなキャラが乗り移ってしまった。

 エレベーターを降り、ロビーを抜けて玄関を出る。

 めっちゃ雪が降ってるぅ!

 ずばばばばと雪の粒が襲ってきて、風の吹いてくる方の体は白く覆われた。

「これは帰れませんね」

「お勤めご苦労様です!」

 無月兄さんだった。

「あ、車で迎えにきてくれていたのですね。でもこれでは運転できないでしょ。となりの田舎風喫茶店でやりすごしましょう」

 九乃カナは警察を出て、喫茶店に向けて歩き出した。どんどん雪がまとわりついてきて、風も巻いていて全身が真っ白になってゆく。雪がくっつきすぎて歩きにくくなってきた。喫茶店にたどりつくまえに雪ダルマになって死んでしまうかも。

「九乃さんが雪だるまになって死んじゃう!」

 雪が払われてゆく。ぼとぼとっと塊になって雪が落ち、無月兄さんと無月弟さんが助けてくれたのだとわかった。さすが兄弟ね、助け合って生きているのだ。雪がたまるまえにお互いに雪を払って進んでいた。

 喫茶店にたどりついてみると、中は暖房が効いていて天国、濡れた顔も体もぽかぽかになる。

「いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ」

 若い女の子の店員がカウンターのところから声をかけてきた。

「甘酒みっつね!」

 九乃カナは奥のテーブル席に陣取った。

「甘酒なんてあるんですね」

「知らないけれど、あったまりたいと思ったら甘酒が思い浮かんだの」

「それで甘酒頼んじゃうなんて、さすがです」

「わがままでしょ?」

 九乃カナのわがままを聞かないなんて、お仕置きよっ!

「それで、小天体は大丈夫なんですか」

「そんなの落ちてくるわけないじゃない」

「マジっすか」

 無月兄さんと無月弟さんは天を仰いだ。シンクロ。

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