第31話 【真血武装】
月光の奔流は迫る巨大鉄球を、そしてその先にいるバッカスの巨大な身体まで真っ二つに、それでも止まることなく、部屋を出て行こうとしていたダヴィドまで迫っていく。
それに気が付いたダヴィドは咄嗟に細剣を抜いて受け止めようとし。
「——なっ!? くっ!!」
つばぜり合えたのは一瞬。
受け止めきれずにギリギリ逸らすことで、左腕を消失したものの、何とか絶命は免れた。
「はっ‥‥‥はっ‥‥‥今のは?」
ダヴィドは攻撃が飛んできたと思われる方向、バッカスが開けた天井の穴を見て、差し込む光が陽光でないことに気が付く。
室内はいつの間にか暗がりになっており、目に見える灯りは陽光の代わりに差し込む太陽ではない淡い月光。
その反転した自然光を浴びるように降りてくる人影が一つ。
黒を基調とした軍服に、立て襟のコートを着て、手に持つのは紅の刃の剣。
クレプスクルム帝国皇帝、リオンだ。
「あれ? 二人狙ったはずなのに生き残ったか、やるな——って、お前ら!」
リオンは、荒い息を吐きながら油断なく自分のことを睨みつけくるダヴィドに称賛を送り、次いでフロガとエルドラドの傷だらけ姿を見て驚きの声をあげた。
「悪い、もっと早く来ればよかったな。今治すから——”愛恤の治癒”」
吸血鬼に普通の回復魔法は逆に毒になってしまため、リオンは二人に呪術による治癒を試みる。
リオンが呪文を唱えれば、彼の指先から血球が垂れ、倒れ伏すフロガとエルドラドに滴った。
瞬間、二人の身体が淡く発光し、怪我だらけだった身体をたちまち治っていく。
そうして、あっという間に動けるようになった二人は、リオンのすぐそばにサッと跪いた。
「リオン様、すまねぇ。敵に後れを取っちまった」
「同じく。この罰はいかようにも」
「‥‥‥そうか」
リオンは悔恨の念を滲ませる二人に何とも言えない気持ちになる。
別に、二人が負けそうになっていたことに何も思わないわけではないが、だからといって罰したいと思ってるわけでもないのだ。
(でも、それを言ったところで二人は納得しないよなぁ‥‥‥)
そう思って、どうしようかと考え、直ぐに結論をひねり出す。
「分かった。二人の罰はヴォルクとの修行にしよう、期限はヴォルクが満足するまで」
「げっ‥‥‥」
「‥‥‥ワシは死ぬ」
ヒラの兵たちは孤高の十二傑たちの修行に絶望するが、そんな孤高の十二傑たちはヴォルクの修行に絶句する。
それくらいヴォルクの修行は厳しいのだ。
それは剣の修行を付けてもらってるリオンが一番わかっており、二人の青白くなった顔色を見て苦笑をこぼす。
だから、救済措置をあげることにした。
「けれど、フロガはあそこにいるやつ倒すことを、エルドラドはウェルテクスたちの救援に向かうことで罰のことを不問にしようと思う、反対意見は?」
「ないぜっ!」
「大賛成ですじゃ!」
「それじゃあ、そう言うことで。俺は先に行ってるな」
満場一致で賛成となり、二人の処遇が決まった。
リオンは手をパンパンと叩くと、跪いたままの二人を立たせて、ダヴィドが立つその先の海王神ポセイドンがいるところに歩き出す。
一歩一歩、堂々と歩を進める様子は、既に皇帝の肩書が似合うほど板についており、フロガとエルドラドは思わず見惚れ、改めて正しく戦場を共にする事実に感激していた。
そんなリオンのある意味初陣とも呼べる歩みに、しかし無粋にも立ち塞がる者が一人。
ダヴィドだ。
たったの一撃で腕の一本を消されたことにも臆することなく、一本だけになってしまった腕で剣を構える。
「悪いが、通さんぞ? 片腕になったが俺はまだまだ戦える。さっきの奴もまぁまぁ楽しめたが、お前とならもっと楽しそうだ」
ダヴィドは警告とも呼べる言葉を宣告するが、リオンは足を止めることはない。
だらりと剣も下げて、構えるそぶりすら見せない。
「チッ! 無視かよ。まぁいい、だったらこっちから勝手にやるだけだ」
その言葉を残して、ダヴィドの姿がその場から消えた。
フロガでさえ目で追うのがやっとの高速移動だ。
しかし、それを目の当たりにしても驚くこともなく、リオンはただ歩くだけで。
「さっきから声かけてもらって悪いけどさ、あなたの相手は俺じゃないよ」
ダヴィドがその無防備な姿を切り刻もうとした——次の瞬間、二人の間に蒼白の炎が割り込んだ。
「おう、てめえの相手はこのオレ様だ! リオン様の行く道を邪魔すんじゃねーよ!」
両手と両足に蒼白い焔を纏ったフロガが、ダヴィドの細剣を拳で受け止める。
普通なら切れるであろう皮膚は、蒼白の炎に阻まれて細剣が届かず無傷のまま。
「おらぁ! ふっとべ!」
フロガが叫ぶと同時、纏った蒼白の炎が膨れ上がり、巨大なフレアが起こった。
「——っ!」
これにはダヴィドも直撃を割けて距離をとらざる得なく、咄嗟に後ろに飛び退る。
そんな一瞬の攻防をチラと見届け、リオンはその部屋から出て行った。
「くそっ‥‥‥」
ダヴィドは直ぐにでもリオンを追いたいところだが、目の前のフロガから目を離せない。
なぜなら纏う蒼白の焔もそうだが、見るだけでわかるほどさっきまで戦っていた時と、内なる力が大きく違うからだ。
よく見れば相手の姿も瞳の色が違っているし、ダヴィドは対面するフロガがまるで別人になったような感覚を覚える。
「‥‥‥それは、なんだ」
抽象的なその問いに。
「あん? あぁ、これか。【
フロガは獰猛な笑みを見せた。
■■
吸血鬼には前にも言った通り、他の種族と比べて多くの種族特性を持つ。
そして、それらの吸血鬼の種族特性は大きく二つの部類に分けられる。
自分の血液を自在に操る——【血液操作】。
暗闇の中でも昼間の様に明るく見える——【夜目】。
攻撃ができなくなる代わりに自分の身体を霧状に変え、空中を溶けるように移動できる——【
相手の瞳を見つめることで、相手の意識を意のままに操ることができるようになる——【
睡眠、食事を必要としなくなり、老化を防ぎ、ただ生きていくだけなら死ぬことが無くなる——【不老不死】。
自分の命が続く限り、自然と身体を癒やすことができる——【自然回復】。
対象の血を吸い、代わりに自分の血を分け与えることで、対象の種族を吸血鬼に変え、絶対に裏切らない自分の配下にすることができる——【眷属化】。
その他にも、軽くなら翼を生やし飛ぶことが可能となる【飛行】や、影に潜み移動できるようになる【
これらは確かに吸血鬼の種族特性だが、他の種族も取得していることが多く、凡庸なものといえる。
それが一つ目の分類である。
そして、もう一つが吸血鬼という種族のみが持っている、固有特性とでも呼べるものだ。
環境が夜であると、自分の潜在能力を大きく引き出すことができる——【昼夜逆転】。
自分の血を使い、自分自身に合った特別な武器を顕現させる——【
【
その中でも強力な個体は顕現させた武器に特殊効果を持っているものが多い。
例えば、リオンの”天夜ウェスペル”は、リオンが刃を抜いた瞬間、その場所から見える一帯を強制的に夜に変えることができる効果を持っている。
フロガの”
攻守一体であり、徒手空拳で戦うフロガにはぴったりの効果だ。
シルファの”紅血嵐槍トルメキア”は、槍の穂先を常に鮮血の刃の嵐が乱舞していて、触れたものを一瞬で切り刻む残虐な効果が持つ。
他の孤高の十二傑たちや、各軍団の副団長格、近衛騎士団と暗部の全員はだいたい特殊効果を持つ【
そして最後、強力な個体でもさらに選ばれし者。
つまりは孤高の十二傑のみが扱える種族特性があり、むしろこれが扱えるからこそ”孤高の十二傑”になれたと言ってもいい固有能力がある。
一つ一つが強力で、他の追随を許さない必殺技。
その名も——。
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