第29話 リオン、行きます!
「フロガは劣勢、シルファは手詰まり、エルドラドは満身創痍か。わかってたことだけど、相手もなかなかやるなぁ」
「そうですね。ついでにアスタロッテも手をこまねいているようですし、カイは善戦をしてますが敵の数が多くて手が離せません」
守りより攻めの方が得意であるクレプスクルム軍だが、エルナの能力でそれぞれの戦いを見る限り、攻めに派遣した孤高の十二傑たちは、珍しくもなかなか苦戦しているらしい。
守りの方も、ちょうどエルドラドとフロガが敵陣に乗り込んだあたりで潜水艦を使って移動してきていたらしく、城の多方面から大量の敵兵に攻められていた。
それに対処するためにカイとアスタロッテを向かわせたのだけど、エルナの言う通りカイの方はともかくアスタロッテは敵に翻弄されてる。
まぁ、アスタロッテが相対してる敵は、他のみんなと違って相性が悪いというわけじゃなくて、なんというか掴めない男みたいだ。
攻めてくる時も一人でやってきたし。
これはそろそろ俺の出番かな。
そう思って俺は、クレプスクルムの作戦会議室の席から立って屈伸する。
「お兄さまが行くのですか?」
「もちろん、仲間のピンチは見逃せないから」
「私が行ってもいいのですが‥‥‥」
「俺の方が適任だろう? それに俺も身体を慣らしたいし、エルナは引き続き司令塔を頼む」
ちょっと不満そうにするエルナの頭を撫でながら言い聞かせる。
「えへへ‥‥‥お兄さまがそう言うなら、エルナは頑張ります!」
頭なでなでがよかったのかな? エルナは嬉しそうにほっぺたをムニムニさせてにぱっと笑った。かわいい。
それで、俺はエルドラドたちのところに行くとして、アスタロッテの方にも誰かを派遣したほうがいいか。
といっても、残ってる孤高の十二傑たちはここにいるエルナとヴォルクとアンだけだから、選択肢はほぼ無いんだけど。
ちなみに、≪
どうやら二人とも置いてきてしまったようで‥‥‥どうせこの前と同じで、研究に夢中になってたのと寝てたんだろう。
毎度のことなのでもう気にしないことにした。
それでアスタロッテのところに向かわせるのは‥‥‥エルナはさっき指揮官としてって言っちゃったし、ヴォルクにはもしもの為にめぐみの隣にいて欲しいし、やっぱりアンしかいないかなぁ。
‥‥‥正直に言おう。
今回の戦い、たとえ同じ日本の神様である海王神ポセイドンだとしても、全力で戦うつもりは最初から無い。
今は協調していても、もしかしたらいつか敵対するときが来るかもだし、なるべくこっちの実力は出さずに最小限の力で勝ちたいと思ってる。
たぶん、海王神ポセイドン側も同じことを考えてると思うし。
だからあまりこっちの手の内がバレるようなことはしたくない。
中でもエルナ、ヴォルク、アンの三人はあまり表に出したくない子たちだ。
孤高の十二傑たちはそれぞれ得意なフィールドがあって、それぞれ得意な戦い方があるため、厳密に言えば強さの優勢は甲乙つけがたいけれど、全員に公平な条件を整えてルールを作ってトーナメント戦をしたら、俺はカグヤという例外を抜けば上位三名に入るのがこの三人だと思ってる。
孤高の十二傑たちの前でこれを言うと、ちょっと面倒なことになるから胸の内で思ってるだけだけど。
それに特にアンなんて暗部の頭領であるわけで、顔が割れるのは何としても避けたいところ。
でも、だからこそ、姿を隠すのがうまいアンならアスタロッテと組めば相手に身バレせずに敵を倒せるはず。
うん、やっぱりアンを向かわせるのがベターか‥‥‥やはりダームエルがいない穴は大きいな、こういう時に頼れるアニキ分だったんだけど。
まぁ、今ある手札で何とかしないとな。
「アン」
「はい、リオン様」
小さく名前を呼ぶと、スッとまるで浮かび上がるようにアンが姿を現す。
主に必要とされた時のためにいつもそばに控え、しかしそれ以外では主の迷惑にならないよう必要最低限の存在感でいるのがメイドの嗜みだそうだ。
相変わらずのメイドのこだわりに苦笑しつつ、俺はさっき考えたことをアンに伝える。
「アンにはアスタロッテのヘルプに向かって欲しい。できるだけ力は使わずに」
「承知しました」
ひらりとアンが一礼する。
よし、そしたらさっそく飛んでいくか!
吸血鬼になってから身体慣らしのためにちょくちょく飛行はしてみたけど、ここから巨大戦艦までの長さは初めてだし、大海原をのびのびと飛び立てるのは気持ちよさそうだ。
そんな風に場違いにもちょっとワクワクしながら作戦会議室を出ようとして‥‥‥。
「ん?」
ふと、目の前のアンが少し寂しそうな表情をしたような気がした。
それは見間違いかと思うほど一瞬で、すぐにいつもの凛とした表情に戻ったけれど、その時にチラと見たのは俺の手のひら?
‥‥‥あぁ、なるほど。
なんとなくアンが求めてることが分かった俺は、そっと腕を持ち上げて——。
「頼んだよ」
そのままポンポンとアンの頭を二回、優しく撫でる。
「——ぁ」
すると、アンは何故かジッと耐えるように俯いて。
求められたこと違ったかな? って思ったけど、ちらりと綺麗な黒髪の間から見えた耳たぶが真っ赤になってることからただ照れて嬉しそうにしてるだけなのが分かった。
エルナとはまた違うタイプでかわいいな。
アンはあまり自己主張しない子だし、さっきみたいな小さなサインをこれからも見逃さないようにしていかないと。
そう思いながら、なんとなく止め時が分からなくてそのまま続けてると。
「ちょっと! お兄さま! いつまで続けるつもりですか! エルナの時より長いです!」
と、リス見たいに頬っぺたを膨らませてエルナが割って入ってくる。
「悪い悪い! もう行くから」
「えっ、撫でてくれないんですか!?」
「戻ってきたらいくらでも撫でてあげるから」
「本当ですか! やった! 約束ですからね!」
「はいはい、約束約束」
そんな、半ば強引にエルナに約束されながら俺は後にする。
最後にアンにもう一度声をかけたら、「が、がんばりましゅっ! ~~~っ!?」って感じに、恥ずかしさから噛んでしまったのか、赤かった顔をさらに真っ赤にして身悶えるという、普段見られないアンのレアな姿が見れた。
■■
巨大戦艦の全容が見えるバルコニー。
うぃっちに~おいっちに~って感じに屈伸以外の準備体操も終えた俺は、さっそく飛び立つために、背中の肩甲骨のへっこんでる辺りに意識を集中させる。
すると、次第にもぞもぞと背中がうごめき出して、バサッと夜色のような黒い翼が広がった。
「おし出せた! でもまだちょっと違和感があるな、これ」
意識してピコピコ動かしてるけど、翼なんてもともとなかった部位だからまだまだ動きがぎこちない。
そのうち手足のように無意識のうちに扱えるようになりたいね。
そうすれば戦闘に取り入れて戦略の幅も広がるはずだ。
「わぁ! りっくん! それりっくんの羽なの~?」
そんなこと考えてると、後ろからめぐみの興奮した声が聞こえてきた。
「触ってみてもい~?」
「いいけど‥‥‥」
「やった!」
許可を出すと、めぐみはペタペタと興味深そうに触ってくる。
ちょっとくすぐったい。
「‥‥‥というか、危ないから城から出るなってば。流石に今回は連れていけないぞ」
「それは分かってるけど~‥‥‥‥‥‥今度はちゃんと帰ってくるの?」
めぐみは不安な表情を浮べて小さく呟く。
なるほど、それが心配になって来たのか。
俺はなるべく安心させるような笑みを浮かべて頷く。
「帰ってくるよ、ここに」
「なら、いいけど‥‥‥んっ」
すると納得してれたようで、そしてなぜか頭を突き出してきた。
「ん?」
「——んっ!」
「なんだよ‥‥‥」
「だから~、さっきルナちゃんとアンちゃんにはやってたのにあたしにはしてくれなかったじゃん! あたしだっていたのに~! そういうのちゃんと女の子は見てるんですからね!」
「えぇ‥‥‥」
つまり、なにか? めぐみも頭を撫でて欲しいと?
みんなやたらめったらと頭を撫でたがられるけど、何か特別な効果でもあるのかい? これ?
まぁ、別に減るもんじゃないし、撫でるくらいいいけどさ。
「じゃあ、はい。これでいいか?」
俺はエルナやアンよりも低い位置にある頭を優しく撫でる。
めぐみは小さいな、ほんと。
「‥‥‥うん」
けれど、さっきの二人とは違って、めぐみの反応は嬉しがるでも照れるでもなく、少し俯いて小さく震えてる。
なんとなく伝わってくる感情は、不安?
「めぐみ?」
どうしたのかと困惑しながら名前を呼ぶと、めぐみは何を言わないで撫でている俺の手を両手で握って、慈しむようにそっと胸に抱いた。
いつもの元気な感じじゃなく、しおらしいめぐみの姿に俺はますます混乱する。
そのままどうしたらいいかわからず、黙ってめぐみを見つめていると。
「あたし、りっくんみたいに頭よくないからさ、この世界のことはまだよくわからない。けれど、りっくんがこれから行こうとしてるところが危ないところなのは分かるよ」
「‥‥‥」
「りっくんが大丈夫って言うなら、その通りなんだと思う。けど‥‥‥やっぱり不安だよ」
めぐみが零すように吐露した言葉に、胸が締め付けられるような気持ちになった。
俺にはオールドデウスに来る時に作ってしまった前科がある。
めぐみのことを手放すように離れようとした前科が。
結局めぐみがこっちにやってきて、俺が受け入れることでそのことは許してもらえたけれど。
それが今、こんなにもめぐみの不安を駆り立てているのなら、今すぐそれを取り除いてやりたい。
だから——。
「めぐみ」
「りっく——」
名前を呼んで、顔を上げためぐみの額に——そっと口づけをした。
「り、りっくん!? にゃにをっ!?」
咄嗟に握っていた手を離して額を抑え、素っ頓狂な声を出すめぐみにしてやったりって気持ちになる。
これで少しはめぐみの不安を取り除けれたらいいんだけど。
「めぐみ。俺はちゃんとめぐみのところに戻ってくる。だから待っていて欲しい」
「りっくん‥‥‥」
「ん~そうだな、帰ってきたらめぐみの入れたアールグレイが飲みたい! 入れてくれる?」
「うん‥‥‥うんっ! 入れてあげる! 約束だよ~?」
「分かった、約束な」
いつも通りの雰囲気に戻っためぐみと小さく小指を絡める。
もしかしたらまだ、めぐみの内心の不安は燻ってるかもしれない。
けれど、こうやって少しずつでも安心していってくれればいいな。
そう思いながらそっと小指を離して、俺は巨大戦艦に振り返る。
そろそろ行かないと、本格的にエルドラドがヤバそうだ。
「りっくん、いってらっしゃい」
「あぁ、うん‥‥‥」
めぐみに手を振られて、俺はバルコニーの手すりに足をかける‥‥‥前に。
「うん? どうしたの~? 忘れ物した~?」
「まぁ、なんとなく‥‥‥」
戻ってきて不思議そうにするめぐみに、俺はそっとその小さなおでこにもう一度キスを落した。
「——ふぁっ!?」
「じゃ、行ってくる!」
「——え、ちょっ」
そのままめぐみに何かを言われる前に、今度こそ足に力をいれて思いっきり飛び立った。
後ろから困惑しためぐみの声が聞こえてくるような気がするけど、無視無視。
理由を聞かれても、俺もなんでそんなことしたのかわからない。
なんとなく衝動でだから。
強いて言えば、めぐみの照れびっくりした表情が可愛いなって思って、もう一度見て見たくなったから?
「‥‥‥いや、ほんとに何やってんだ俺」
なんだか最近めぐみといると調子が狂う。
前はこんな感じしなかったのに。
急に自分も恥ずかしくなってきて、気持ちを切り替えるようにちょっと熱くなった顔を振る。
もうすぐ【常夜の結界】の外だ。
俺は結界から出る前に、自分の親指に牙を押し当て傷をつけた。
ちくりと針を刺した小さな痛みと共に、溢れてくる血玉をそのまま空中に垂らす。
「【
本当は前述通り適当な力加減で戦うつもりだった。
凡庸な魔法と、腰に差してある魔剣を使って。
けれどそれで苦戦してめぐみを不安にさせるくらいなら、やめだ。
それに、そんな風に手を抜いて勝てない相手だということも思い知らされたし。
俺は一つ、隠そうと思っていた能力を使うことにした。
「——”天夜ウェスペル”」
唱えた瞬間、親指に付けた傷口から血が飛び出し、まるで意思を持ったように動きながら一振りの剣を形作る。
俺はそれを掴んで、結界の外へさらに速度を上げて飛び出した。
太陽の光が広がる青空を、暗い闇の帷を連れて、空を夜に彩りながら。
‥‥‥海も敵船も巨大戦艦も太陽の無い影に覆われていく。
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