第28話 相性の悪さ



 船上の戦い。


 シルファとロバートの勝負は互いに決定打を打てないまま、千日手の状態に入っていた。


 シルファの風の魔法はロバートに詠まれて避けられる。


 対してロバートは、シルファの魔法で簡単に近づけることができず、もし隙をついて接近できたとしても、シルファのロンドを使った近接戦闘はなかなか巧みで魔法と合わせられると直ぐに距離をとられてしまう。


 もう一つの武器であるピストルは、シルファの風の魔法で簡単に防がれるために攻撃する意味がない。


 よってお互いにダメージを受けることなく、何か打開策が無いかと思考を巡らせながら戦い続ける。


(まぁ、風がダメなら他の属性の魔法を打てばいいのでしょうけど‥‥‥たぶん、効かないわね)


 シルファは予備動作のない、まるで立った状態でそのまま移動してくるロバートを躱して、海面の水を使い水魔法を放った。


「——”ウェーブスライサー”!」


 魔法名を叫ぶのと共に、線状に圧縮された海水が無数の刃となり、ロバート目掛けて飛来する。


 水魔法なら風魔法のように不可視ではなくなるが、ロバートに詠まれることはないだろう。


 だけれどシルファは、ロバートが他の属性では倒せないことはなんとなく確信していた。


 そして、それを裏付けるように構えたカットラスでロバートは水の刃を簡単に弾き消す。


「無駄です。この程度の魔法では私に攻撃は届きませんよ」


「そうみたいね。‥‥‥その武器、何か特別な効果があるのかしら?」


「おや? わかりますか。その通り、このカットラスには【魔法破壊マジックブレイク】の特殊効果があります」


 ロバートがシルファの魔法をカットラスで切る時、その魔法は不自然な消え方をしていた。


 通常、放った魔法が消えるときは、その魔法を形作るために込めた魔力が放った対象にぶつかって霧散することで消えるか、当たらない場合は滴るように魔力がこぼれて消えるかだ。


 どっちにしろ、魔法に込めた魔力は空中で漂うことになる。


 しかし、ロバートに消される魔法はそのどちらでもなく、魔法に込められた魔力はどこへ行ってしまうのか消えていた。


 よって、魔法は維持することができなくなり消滅している。


「たぶん、その効果を突破できるのは私の得意な風魔法のみなのでしょうね」


 シルファは決して、他の属性の魔法が苦手というわけではない。


 どの属性であっても、人並み以上に扱えると自負している。


 その中で風魔法が特に得意というわけで、ロバートの武器を無効化させて攻撃を当てるには風魔法でしかできないだろうと確信する。


「えぇ、あなたの風魔法は強力でカットラスでは消せません。しかし私に風魔法は効きませんよ。飛んでくれば詠めてしまいますので」


「そうね、困ったわ」


 シルファは形の良い眉を寄せておっとりとたおやかなしぐさで頬に手を当てる。


 本当に、実に困った。


 相手がこんなにも今の自分と相性が悪いなんて。


 だけど、ここでウェルテクスと選手交代をすることはできない。


 少し戦っただけで、このロバートという男はここに来る時に感じた気配よりもかなり強いことが伺えた。


 もちろんウェルテクスもロバートに負けず劣らずに強いし、対人戦は苦手だが、本気で戦えば勝てないことはないだろう。


 けれどウェルテクスが本気で戦うことは本来の姿になるというわけで、ここで本来の姿になったとしたらその巨大さ故に味方のほぼ全員を巻き込んでしまう。


 だからウェルテクスが戦うとなれば、今の子供の姿で戦うしかなく、それではロバートには勝てないのは簡単に予測できる。


 やはり、なんとかして自分がやらなければ。


 ただ、幸いなのは。


「けれど、あなたも私に近づけなくて困っているでしょう?」


「はい。困ってます。私はもっとシルファさんにお近づきになりたいのですが‥‥‥その風、止めてもらいませんか?」


 甘いマスクで苦笑して、色男ロバートはシルファに気のあるようなセリフを告げる。


「お断りします」


「あらら、振られてしまいました」


 そう、シルファは先ほどから自分を中心にして常に突風を起こしていた。


 それはロバートのあの予備動作の無い摩訶不思議な動きを封じるためと、たとえ近づかれても直ぐに距離をとるため。


 数回の打ち合いで、ロバートの動きが追い風に乗って飛んできているということに気が付いたシルファは常に向かい風で自分を覆うことで、ロバートの急接近を防いでいたのだ。


 その効果は劇的で、たまに自然発生した強い追い風によって近づいてくること以外で間合いに入れられることはほとんどなくなった。


 たとえその、たまの急接近を許しても、しっかりと意識をしていればロンドで防げるし、追い風は直ぐに吹き終わるので、再び距離をとるのは簡単なのだが‥‥‥。


 そうしてまた、二人の試行錯誤が始まる。


 シルファが炎魔法で牽制し、雷魔法で攻撃して、それを囮に風魔法の真空波をとどめを刺そうとする。


 ロバートが炎魔法をカットラスで消滅させ、炎魔法の通り道にできた小さな上昇気流に乗って雷魔法を避け、真空波の空気を取り込もうとする力を逆に利用して接近を試みる。


 しかし、直前で大きく身を翻したシルファにはやはり届かない。


「本当、困ってしまします」


「本当に困ったわね」


 手を変え品を変え、今持てる力を惜しみなく使って、あの手この手で打開策を模索する。


 踊るように戦う二人は、トライ&エラーを続けていく。




 ■■




「——おっりゃぁぁぁぁあああああッ!!」


 叫び声と共にぶっ飛んでくる巨大な鉄球がバキバキとたてていく音に、エルドラドは今まで自慢だった自分の白鱗に対する自信も一緒にバキバキと崩れていく。


 エルドラドとバッカスの戦いも、シルファとロバート同様、エルドラドにとって相対する敵との相性が悪かった。


 いや、既にもうエルドラドは満身創痍なことから、シルファ以上に相性は最悪と言っていいかもしれない。


(あの男、まさに人間兵器という二つ名そのものじゃな。ワシのような巨大怪獣を相手にするために生まれてきた存在のようなものじゃて‥‥‥あぁ、腰が痛いのぅ)


 もう久しく感じていなかった激痛に竜の顔をしかめるエルドラド。


 ゆっくりと持ち上げた身体は、額の鱗は割れ、背中は大きくひしゃげ、翼は半ばから折れている。


 端的に言って、ハンターに部位破壊をされまくったモンスター。


 唯一の無事な部位はしっぽくらいのもので、瀕死にしか見えなかった。


 対して、エルドラドの血液が滴る巨大な鉄球を担いでこちらに来るバッカス。


 彼の身体は小さな火傷や切り傷はあるものの、浮かべる豪快な笑みにはその程度の傷なんかが全くこたえていないことをありありと思い知らされる。


 エルドラドの仕掛けた攻撃は、そのほとんどをバッカスに防がれていた。


 突進からの体当たりは返り討ちに会うのは実証済み。


 尻尾で叩くことや、凶刃な爪で切り裂いたり、鋭い牙で噛みつぶすことも、巨体に見合わぬ俊敏さで避けられる。


 そもそも、あの巨大鉄球を振り回されて近づくことすら困難を極めた。


 ならばと距離をとってドラゴンブレスを吐けば同じく巨大鉄球で霧散され、巨大鉄球が届かないほど離れれば素手でぶん投げてくる砲弾で狙われる。


 なにもかも、打つ手なし。


 人の姿に戻れば戦えるだろうか?


 一瞬そう考えて、エルドラドはありえないと直ぐに首を振る。


 老人の姿でも戦えないことは無いが、やはりドラゴンの状態に比べればその戦闘力は大きく減少して、今よりももっと滅多打ちにされるだけだろう。


「ガハハハハ! もう飛べなくなったか?」


 かなり近くで聞こえたバッカスのその声に、エルドラドは一度思考を止める。


 そして努めて息を殺し、獲物が来るのを待つ。


「なんだ? 本当に動かないのか? 死んだ——っと!?」


 バッカスが不用心にもエルドラドの正面にやってきた途端、エルドラドはその黄色い双眸をカッ! と、開いて、バッカスを食い殺さんと噛みつこうとした。


 しかし、驚きつつも瞬時に反応したバッカスは巨大鉄球から伸びる鎖でエルドラドの牙を受け止める。


「伝説のドラゴン様が死んだふりとは情けないじゃないか」


「ふん。ドラゴンなど伝説でも何でもないわい。生きてる動物と同じなのだから、瀕死になれば手段は選ばん。ワシは老獪であるしの」


 バッカスの挑発に、鼻を鳴らすことでエルドラドは答える。


 エルドラドが攻撃を受けてもここでじっとしていたのは、死んだふりをしてバッカスに接近するためだ。


 が、奇策に失敗したならば直ぐにここから離脱しなくては。


 エルドラドは鎖によって閉じかけにされた咥内にエネルギーの光を灯す。


 それは竜の十八番ともいえるドラゴンブレスの予兆で。


「——ッ!? おいおい、こんな至近距離で放つ気か!?」


 流石にこの自爆覚悟の攻撃にはバッカスも慄いたようで、慌てて距離をとろうとする。


 だが、次の瞬間バッカスを襲ったのはドラゴンブレスの奔流ではなく、空気に穴が開くような速度で打ち出された尾撃だった。


 避けきれないと感じたバックスは、咄嗟の判断に腕を前にクロスで構えて防御を取る。


 刹那、鋭い衝撃が身体を貫いて、バッカスの巨体が面白いくらいに吹き飛んで行った。


「言っただろう、ワシは老獪じゃと。さっき吹き飛ばされたお返しじゃ」


 してやったりという表情を浮かべてエルドラドは空へ飛び立つ。


 そして、吹き飛ばされて離れたところで瓦礫に埋もれるバックスを見ながら次の手を考え始めた。


(ああいう奴は、力任せの乱暴そうに見えても同じ手は食らわんだろうしのう)


 もう死んだふり作戦は通用しないだろう。


 それに何度も同じことができるほどに受けたダメージは小さくない。


 あの巨大鉄球の攻撃も耐えられて一発か二発か。


(別にあやつになんとか勝つ手が無いわけじゃないんじゃが‥‥‥)


 しかし、そのエルドラドの切り札とも呼べるものを切った瞬間、この中で戦っているだろうフロガたちの命も危なくなる。


 最悪、クレプスクルムにも被害を与える可能性も十分にあり得る。


 だからエルドラドは切り札を切ることはせず、ドラゴンであろうと姑息な手を使って時間を稼ぐ。


 待っていれば、必ずあの御方が来てくれる。


 自分たちが命の危機に瀕した時、我らが主はいつも自分たちを決して見捨てることはないのだから。


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