第27話 相対する強者たち
少し時間をさかのぼって。
ちょうどシルファとウェルテクスが逃亡することを諦めて敵の船に乗り込もうとし始めた時、エルドラドが担当する巨大戦艦の街のような甲板での戦闘も変化が起きようとしていた。
特殊合金のバリスタが出て来てから、第六軍団の鱗が脆い者や怪鳥系の団員を筆頭にそれなりの被害が出ているものの、エルドラドが見わたす限り、目的の砲台の破壊はほとんど達成できたと思われる。
最初はちまちまと鉄砲などで攻撃してきた敵兵も、いつの間にやらどこにも見当たらない。
「エルドラド様、表に出てきている砲台はすべて破壊したものと思われます。現在、第一軍団の者たちと身体が小さい第六軍団の者たちで屋内も捜索中ですが、あのバリスタや他の兵器を見つけ次第破壊しているところです」
「うむ、ご苦労じゃ。残ってる者たちを集めておくれ」
「了解しました!」
部下からの報告を聞いて、既に甲板は制圧したものだとエルドラドは考える。
(そうであるならいつまでもここにいても意味がないの)
第六軍団は擬人化状態ならともかく、本来の姿であるドラゴンや怪鳥になると図体が大きいものが多くて室内での行動は困難だ。
かと言って、戦いが終わるまでここで飛んでいるだけというのはあまりに味気ない。
エルドラドはちらりと海上の戦いに目を向ける。
どうやらシルファとウェルテクスは、逃げきれないため戦うことにしたらしい。
けれど、様子を見る限り敵船の数が圧倒的に多くて、孤高の十二傑である二人を中心に奮闘はしているが多勢に無勢で徐々に追い込まれているようだ。
「ふむ、年寄りの手でも貸すことにするかの」
孫が苦労してるとなれば手助けしたくなるのが祖父心というものだろう。
エルドラドも例に漏れず、孫の様に可愛がっているウェルテクスが苦労しているのなら力になってやりたいと思った。
行動方針が決まれば、次は人員配置だ。
助けに行くとしても、制圧したこの甲板を野放しにするわけにはいかない。
自分が向かうのは当然として‥‥‥さて、誰を残していくことにするか。
(闘争心が高い者ばかりだし、きっと誰を選んだとしても不満は出るじゃろうが)
エルドラドがそう思いながら、さっき出した指示通り徐々に集まってくる部下たちを見つつ、待機させる者を選ぼうとして。
その時、上空から自分に向かって何かが高速に飛んでくるのに気が付いた。
「——なッ!?」
しかし気が付いたからといって、それは既に目と鼻の先まで迫っており、エルドラドは避けることができず直撃する。
中に詰まっている火薬が爆発し、エルドラドは鈍い痛みを感じながら黒煙に包まれる。
飛んできたそれは今さっきすべて破壊したと伝えられた、砲台から打ち出されるはずの砲弾だった。
しかも放たれたのはエルドラドに向けられた一発だけではなかったようで、次から次へと爆発する轟音が響き、集まりつつあった部下たちの断末魔が聞こえてくる。
(すべての砲台を破壊したのじゃなかったのか!? いや、先ほどまでより威力も高いの。別のものか‥‥‥いったいどこから)
部下の誤情報に頭に血が上りそうになったものの、エルドラドが砲撃された方向に視線を向けようとして——再び迫ってきていた砲弾を尻尾で叩き落とす。
その際に周りをチラと見れば、招集をかけていたのが仇となったのか、集まっていたところに集中砲火をされたようで、無事な部下の数がずいぶんと少なくなっているのに気が付いた。
既に制圧したと考えて油断した自分の判断を歯がゆく思いながら、エルドラドは次々と振ってくる砲弾を避けつつ、発射場所と思われる場所に飛び立つ。
そうして視界に入ったところには、しかし目当ての砲台らしきものはどこにも存在しなかった。
代わりに立つのは、全身の筋肉が大きく肥大化して一般の人を拡大したような横にも縦にも大きい図体の、片手ずつ砲弾を持っている偉丈夫の男。
「ガハハハハ! オラオラオラァ! どんどん持ってこいや! トカゲが一匹飛んでくるぞ!」
豪快に笑いながら、その男はエルドラドに向かって砲弾を投げまぐる。
普通、砲弾を打てば弓なりに飛んでいくものだが、偉丈夫の男が投げる砲弾はプロ野球選手のピッチャーが投げるような高速ストレートの直線だった。
エルドラドは飛んでくる砲弾を時に躱し、時に弾き返し、しかしすべては防ぎきれずに度々着弾する。
今もまた、爆音を鳴らしながら一つの砲弾が首にぶち当たってしまった。
(くッ! ワシの鱗にダメージを入れおるとは、これはちょいと厄介な)
少なくともあの特殊合金以上の威力を持っていることを実感し、自分が対処するしかないとエルドラドは判断する。
白鱗を所々黒く煤けさせるも、どんどんと速度を上げながら、エルドラドはついに偉丈夫の男に向かって突撃する体制に入った。
それは偉丈夫の男が投げる大砲よりも強力であるだろう、エルドラド自慢の頑丈な鱗を使った当たればどんな城壁をも破壊する必殺の体当たり。
「お? 突っ込んでくるか? いいぜ、来い!」
対して、それを見た偉丈夫の男は両手に持っていた砲弾を離すと、深く腰を落として構える。
(こやつ、まさかワシの突進を受け止める気か!? なんて無謀な‥‥‥)
エルドラドはその姿に驚きつつも、それはそれで好都合とさらにスピードを上げる。
大きく旋回しながら、突撃の姿勢をとって。
そして両者が激突した。
両手でエルドラドを掴む偉丈夫の男の足が地面に埋まり、立っていたところからバリバリと地面が剥がれ、背後にある建物に向かって二本の足の跡を付けていく。
このまま建物と自分の間で潰してしまおうと、エルドラドは力を込めようとして。
「——ふんがぁぁぁぁあああああッ!!」
「なぬッ!?」
だがしかし、自分の身体がいつの間にか偉丈夫の男に持ち上げられていることに気が付いた。
信じられないことにエルドラドの突撃の衝撃はすべて受け止められたようだ。
その事実にエルドラドが驚愕し絶句していると、偉丈夫の男はまるで抱き着くようにエルドラドの頭部を抱える。
「おら! 捕まえたぜ!」
そうしてそのまま、ハンマー投げをするようにその場でグルグルとエルドラドを振り回し始めた。
「と・ん・で・けぇぇぇぇえええええ!!」
回転が最高潮に達して、偉丈夫の男がエルドラドをぶん投げる。
巨大であるエルドラドの身体が面白いように吹き飛んで、巻き込まれた建造物が轟音と共に崩れていく。
凄まじい勢いで地面と平行に滑空するエルドラドは、やがて巨大戦艦の端まで飛んで、落ちるぎりぎりでようやく止まった。
(なんて怪力じゃ‥‥‥本当に人間か? 化物としか思えんわい)
吹き飛ばされた衝撃は自慢の鱗のおかげで特に大きなダメージは無いものの、エルドラドは驚愕で黄金色の瞳孔を広げる。
その視界の先では、いつの間に手にしたのか巨大な鉄球が付いたモーニングスターを引きずりながら、堂々とした足取りでこちらに向かってくる偉丈夫の男が映った。
「ガハハハハ! 俺は第五船団船団長、≪人間兵器≫のバッカス! お前さんの相手は俺がしてやろう!」
「やれやれ、老人を投げるなど敬老精神に欠けるのぅ。年寄りはもっと大切に扱うものじゃて」
ゆっくりと埋もれる瓦礫をどかしながらエルドラドは立ち上がって、油断なくバッカスを睨む。
孤高の十二傑≪
■■
シルファとエルドラドがそれぞれの強敵と対面したころ、ポセイドンのもとに向かうために塔の攻略をしてたフロガもまた、一人の男と向かい合っていた。
外の激しさを伝えるように轟音が鈍く響くホールのような広い空間。
(ジジイの奴、相当暴れてやがるな)
時より地面が揺れるのを感じてそんなことを思いながら、相対する男の足元を見てフロガは目を細める。
身軽な服装に身を包んだ、細剣を持つ中肉中背の男。
「どうやら、部下たちが世話になったみてぇだな」
男の足元に転がるのは、何十人って数の第一軍団の者たちだ。
しかも全員が心臓をくりぬかれて殺されてる。
他に外傷が見えないことから一刺しでやられたのが分かった。
それだけで相手が卓越した剣の使い手であることをフロガは見抜く。
感じる気配も、ここに来るまでに殴ってきたカス共よりも圧倒的に強者のそれ。
やっと歯ごたえのある戦いができそうだと、フロガの口角が獰猛に吊り上がた。
そして、男がフロガを視界に入れて浮かべるのも、全く同じ表情だ。
「お前は少しやれそうだな」
小さくぽつりと呟いた刹那、男の姿がその場から消える。
「あ? どこいって‥‥‥」
「ここだ」
そして、自分のすぐ背後から同じ小さな声が聞こえた。
同時に、背後から繰り出される刺突。
正確に心臓を狙ったその攻撃を、フロガはギリギリのところで回避する。
「——カハッ!?」
しかしそれは、心臓の位置を少しずらせただけで、男の握る細剣はフロガの脇腹に突き刺さっていた。
きっとフロガ以外の孤高の十二傑では今の一撃で瀕死に陥っただろう。
フロガが辛うじて致命傷を避けられたのは、常に戦いを追い求めるバトルジャンキーな性格のおかげか、ひりつく肌に従った勘のようなもので、奇跡に近かった。
「よく避けた。やはりお前は少しはやる」
「痛ってぇなッ!」
まるで上から目線の物言いに舐められている気がしたのか、フロガは一歩前に出て無理やり身体から細剣を抜き、振り返りざまに怒り任せの回し蹴りを放つ。
「ふっ」
だが、当たるかと思われた寸前、再び男の身体がその場から消え、フロガの豪脚は宙を空ぶる。
やはり消える直前に浮かべた息を吐くような笑みが、見下される感じがして無性に腹が立った。
追撃が来るのを予期して構えるが、周囲を見渡しても男の姿はどこにも見えない。
「チッ! どこ行きやがった! 出てきやがれ!」
苛立ちの混じる乱暴な言葉遣いとは裏腹に、フロガは頭の冷静な部分で神経を研ぎ澄ませて相手の気配をくまなく探る。
そして感じた相手の位置は——。
「そう何度も同じ手をくらうかよッ!」
フロガは大きくバク転をするように背後から狙われた細剣を避けると、そのまま再び後ろに現れた男へ飛び膝蹴りを放つ。
自分の膝が相手の顔面に吸い込まれるように接近し、しかし当たるかと思われた直前には既に男の姿はそこには無い。
まるで転移、ワープという普通の人間ならありえない挙動。
だけれど、フロガはその鋭敏な動体視力で確かに見た。
「必死に足を動かしてるのをな!」
そう、男が消えたり現れたりしているのは、決して転移のような特殊能力ではない。
しっかりと足で駆けて、移動して、また駆けている。
その動きが異常に早いだけだ。
だったらもうフロガには見切ったも同然だった。
例え目で追いきれないほど速さだろうと、ただ高速に動いているだけならばいくらでもやりようはある。
「もう、オレ様の後ろを簡単にとれると思うなよ?」
フロガがニヤリと獰猛な笑みを見せると、目の前に移動した男も同じ顔で笑った。
「面白い。俺はダヴィド」
「フロガ様だ!」
戦いを、強者を求めるお互いにとって名前以外の肩書は不要とばかりに、二人は短く名乗り合う。
孤高の十二傑≪
お互いに強者と認め合った者同士の壮絶な戦いが幕を開ける。
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