第26話 船上戦
「敵が乗り込んでくるぞ! 向かい打てーっ!」
「——”ファイアーボール”!」
「ぐあっ!?」
「相手は魔法使いだ! 接近して叩いていけ!」
「第二軍団たち! 第七軍団がカバーする! 直ぐに次の魔法を!」
「相手は数が少ない! 確保撃破していくぞ!」
「遅いわ! ——”ブラストウィンド”!」
いたるところで怒声が聞こえ、詠唱が聞こえ、爆発が起き、悲鳴が聞こえ、血が吹き荒れる。
まさに阿鼻叫喚。この世の地獄のようだ。
そんな船の上の戦場で、シルファは翡翠の髪を靡かせながら、優雅に敵を屠っていく。
シルファが一歩目を歩けばそよ風が吹き、鮮血が飛ぶ。
二歩目を踏み出すと凄まじい上昇気流が起きて、敵が吹き飛ばされる。
三歩目の靴音を鳴らしたときには、既に船が沈みかけていた。
「あら? もう終わってしまいましたか」
いつの間にか敵の気配がすべて消えたことに気が付いて、シルファはぽつりとこぼす。
これでシルファが墜とした敵船は三隻目だ。
念のため船内に生き残りがいないか瞬時に風を送って確認するが、生存者はいない。いたとしても、その風を感じた瞬間に細切れになるのだが。
それを確認して、シルファはそっとデッキの手すりに足をかけると、まるで風に運ばれるタンポポの綿毛のようにふわりと浮かび上がる。
上空でサッと戦場の様子を確認すると、一つの船の上に目星をつけた。
「へっ! さっさとくたばれ!」
「くっ……」
そこはちょうど、自分の部下にサーベルが振り下ろされようとしてるところで。
「――言葉がお下品ですね」
シルファはその間に滑り込むようにして降りてくる。
まるで体重を感じさせない柔らかな着地だったはずなのに、シルファが足をつけた瞬間、船のデッキの上を激しい突風が駆け巡る。
そして、同時に船の上に残っていた敵兵たちの胴と首が泣き分かれて、何が起きたのかもわかっていないあっけにとられた表情のままポトリと頭が落ちた。
一瞬の攻防もない一方的な蹂躙だ。
「お、お姉さま」
庇った部下に呼ばれて、シルファはゆっくりと振り返る。
「油断してはいけませんよ? 相手は人間で弱者が多いですが、中には実力者もいるのですから。クレプスクルムに戻ったら訓練を付け直しましょうね」
「は、はい‥‥‥」
シルファの言葉は優しく、表情は穏やかなものの、向けられた部下の顔は引きつってる。
柔らかい雰囲気を纏うシルファでも、行う訓練は他の孤高の十二傑に負けず劣らずの厳しさなのだ。
「では、あなたは直ぐに仲間の応援に行ってください。私たちの方が圧倒的に数が少ないのです、休んでる暇はありません」
「分かりました!」
部下は返事をして別の船に向かって行く。
シルファはそれを見送りながら、他にもピンチに陥ってる部下がいないか探そうとして。
その時、海面からザバッ! と、水しぶきを上げて、一人の少年がシルファのいる船に飛び込んでくる。
別行動をとっていたウェルテクスだ。
「シルファお姉ちゃん! 見て見て! 一人で三個沈めてきた!」
得意げに報告するウェルテクスが指さす方を見てみると、言った通り三隻の敵船がいたるところから穴が開いて壊滅している。
これが孤高の十二傑の実力。
この二人にかかれば数分の間に一人で戦艦を三隻沈めることなど難しくない。
「流石ですね、ウェルテクスさん」
「そうでしょ! シルファお姉ちゃんは何個——」
次の瞬間、ウェルテクスの言葉が不自然に途切れた。
そして、真っすぐにある方向に視線を向ける。
シルファも当然それに気が付いていて、二人で同じ方向を見ていた。
「どうやら桁外れの人もいるみたいですね」
「そうみたい。もしかしたら僕たちに匹敵するかも」
二人が感じたのは、強者の気配だ。
それもとても強力で、さっきまで屠ってきた敵たちとはかなりの一線を画す。
ウェルテクスの言う通り、ヒラの部下たちじゃ手も足も出ないだろうし、副団長複数人でも手に余る。
相手は自分たち孤高の十二傑と同等レベルだ。
「どうする? 僕が行ってくる?」
「いえ、ここは私が。ウェルテクスさんは指揮を任せます」
「分かった。対人戦なら僕よりシルファお姉ちゃんのほうが適任だもんね!」
「はい。任せてください」
それだけ言うと、シルファは再びふわりと浮かび上がって、ウェルテクスの「がんばれー!」って声に手を振りながら、目的の人物の下へ飛行する。
相手も自分たちの気配には気が付いているのだろう。
その場にとどまって、堂々と対面してくれるようだ。
ならばとシルファも奇襲は仕掛けずに、その人物の目の前に優雅に舞い降りて一礼する。
すると、それを見た彼も紳士然と会釈を返した。
そのまま端正な顔を和らげて、まるでパーティー会場で会ったようにニコリと笑いかけてくる。
「こんにちは、お姉さん。今日はいい天気ですね」
「えぇ、本当。でも、私には少し日差しが強いかしら」
「そうですか。お名前を伺っても?」
「あら? そういうのは男性から語るものでは?」
「おっと、これは失礼しました。私はロバート。ポセイドン様の下で第三船団長を務めております」
浅黒い肌に黒髪と蒼い瞳、服装は貴族が着るような緋色の宮廷半ズボンに飾り帯、黒のオーバーコートを着て、紅の折羽を付けた三角帽子を被っていた。
「ご丁寧に。私は孤高の十二傑が一人、≪
「シルファさんですか。いい名前ですね」
「はい。偉大なる御方に付けてもらいましたから」
リオンに名付けられた名前を褒められて敵であっても嬉しくなるシルファ。
きっとこういう会話にロバートは慣れてるのだろう。
対面してからずっと様子を伺ってるが、所作の一つ一つが洗練されていて全く嫌味に感じない。
ここは戦場で、周りでは今も轟々と戦う音が響いているというのに、まるでシルファたちのいるところだけゆっくりとした時間が流れているようだ。
「どうでしょう? このまま二人で海の散歩でも。潮風が気持ちよいですよ? あなたみたいな美しい人とならきっと素晴らしいひと時をすごせます」
「あら、お上手ですね。けれどお誘いは嬉しいですが、私はやらなくてはならないことがありますので。それに——」
相手がどんな人物であるかの観察は終わり。
シルファはニッコリと微笑んだ。
「——私は潮風より鮮血の方が好みですから」
瞬間、シルファが小さく指を動かすと、不可視の風の刃がロバートにめがけて飛んでいく。
常人なら何が起きたのかもわからず真っ二つだ。
「おっと」
しかし、ロバートはそれを半歩下がることで危なげなく避けてみせた。
まるで見えているかのように。
その動きを見て、シルファはやはりという感じの表情を浮かべる。
「どうやらロバートさんが風を読み、海流も読む天才航海士さんですか」
「天才航海士とは照れ臭いですね。私は風の声を聞いただけですよ。‥‥‥そういうあなたはあの爆風の球の犯人ですか、あれは効きました」
お互いに変わらず穏やかな表情のまま会話を続ける。
そうして、次に動いたのはロバートの方だった。
「では、次は私から行きます——シッ!」
「——!?」
ロバートは腰に差していたカットラスを引き抜くと、一瞬で接近しシルファに切りかかる。
まるで瞬間移動したような予備動作のないその不可思議な動きにあっけにとられ、少し反応が遅れたシルファは何とかギリギリにワンドで防いだ。
そしてロバートと接敵したのと同時に、強い風が通り過ぎていく。
「おや、止められてしまいました。やりますね」
「あなたの方こそびっくりしました——よっ!」
シルファは棒術の要領でワンドを回して、持ち手の部分でロバートの顎を狙う。
的確に狙ったその打撃は、ロバートが後退することで避けられた。
その隙をついて、シルファも後ろに大きく飛び、そのまま紡いでいた魔法を放つ。
「——”エディ・ストーム”!」
「おや?」
シルファが魔法名を叫んだ瞬間、ロバートの足元から強風を巻き起こす竜巻が生まれ、飲み込んでいった。
”エディ・ストーム”は何もないところから竜巻を起こす魔法。
いくら風を読めるロバートでも、突然至近距離で発生する風には反応できまい。
そう考えての魔法のチョイスだが。
「これで仕留められればいいのですが‥‥‥」
徐々に収まる竜巻を見ながらそうつぶやくシルファ。
「‥‥‥やはり一筋縄ではいきませんか」
しかし、シルファの願いとは裏腹にロバートは若干髪を乱しながらも、しっかりとその場に立っていた。
「ふぅ‥‥‥今のはびっくりしました。前に乗ったジェットコースターとやらに似てましたね」
自分の魔法がアトラクションのようだと言われて思わずシルファは苦笑い。
「参考までに聞きたいのですが、今のはどうやって避けたのですか? 察知できたとは思いません」
「えぇ、直前まで分かりませんでしたよ。けれど、たとえ突然に吹いた風でも身を委ねれば大丈夫です」
シルファの質問にもやはり紳士的に答えるロバート。
乱れた髪をサッと整えて、三角帽子を被り直す。
「さぁ、風と共に私たちも舞いましょうか」
孤高の十二傑≪
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