第25話 海上戦
ウェルテクスが最初に折ったマストを兼ねる巨大な塔。
展望台のようになっており、外の様子が見下ろせるその船長室で、アロハシャツとサングラスの格好をした男、海王神ポセイドンは酒の肴とばかりに戦いの様子を観戦していた。
「海上部隊に魔法部隊、制圧部隊に空撃部隊、実にバラエティ豊かでよろしい。特に空を飛べる部隊は羨ましいな」
「そうだな、奇襲は想定内だが空からとは思わなかった」
ポセイドンの言葉に反応するのは、海王神ポセイドンの眷属代表であるデュランだ。
彼はここで、軍の総指揮をとっていた。
「しかし、ドラゴンやら何やら、そんな怪獣共をいったい地球のどこから連れてきたのやら」
「あ~、それはたぶんあれだ。後輩の権能だと思うぜ」
「‥‥‥相変わらず神とは規格外の者ばかりだな」
自分の主神も、こと戦闘となればすさまじく強いのだが、遊戯神セツナもベクトルは違えど強力な力を持っているらしいとデュランは思う。
「お? 弱音か? 俺も手伝ってやろうか?」
「問題ない。確かにドラゴンや海龍が出て来た時は驚いたが想定内だ」
からかうように言うポセイドンに、デュランはにべもなく言い返す。
その表情は、このくらいできて当然、むしろこれくらい戦えないと話にもならないと語ってるようだ。
「そうかい」
「あぁ、既にそれぞれの戦場に船団長を送った。それに何も奇襲をするのが自分たちだけだとは思わないことだな」
「ほほう、なら相手のお手並み拝見と言ったところか! 面白くなりそうだ!」
はっはっはっ! っと豪快に笑って、ポセイドンはどんどんお酒を呷っていく。
そんな主神の様子にため息をつきながらデュランは呟く。
「さて、ここからが本番だぞ、後輩ども」
■■
「お姉ちゃん! また来るよ!」
「分かりました! ”一陣の風”!」
ウェルテクスの指示で、飛んできた砲弾をシルファが放った風の刃が真っ二つにする。
しかし空中で砲弾が爆発して、煽られる熱風と煙幕を晴らしたときにはもう、次弾が既に迫っていた。
「またですか! 次から次へと——」
それが見えた瞬間、シルファは瞬時に魔力を練り上げ、再び魔法を放つ。
敵船団が出て来てからずっと、何度もこうやって迎撃をしてきたせいか、声に最初の時ほどの余裕が感じられなくなっている。
「もお! あの船たちから全然離れられないんだけど! 僕たち海流まで操ってるのにどうなってるの!?」
それはウェルテクスも同じで、両手を海面に伸ばしながら額に汗を滲ませている。
シルファ率いる第二軍団と、ウェルテクス率いる第七軍団は苦しくも撤退することに追い込まれていた。
最初は巨大戦艦に向かって一方的に攻撃ができていたし、敵船団が現れた時は作戦通り敵を引き付けられたと喜んで、このまま出てきた敵を屠って自分たちも乗り込もうと意気込んでいたのだが‥‥‥。
しかし、やってきた敵の数がものすごく多かったのだ。
その数は軽く三桁は上回っている。
いくらウェルテクスのエナジーブレスが強力であろうと、あれは一度放つのに溜めが必要でそう何度も放てるようなものでもなく、そもそもヴェルテクス以外の第七軍団の巨大海怪隊は身体は大きいが数が少なかった。
圧倒的な数の差に、シルファや第二軍団たちは敵からの砲撃を防御することに手一杯で、このままじゃ各個撃破されるのはそう遠くないと判断。
まるで巣のように第六軍団のドラゴンたちが巨大戦艦に群がるのを確認し、囮としての役割は十分に果たせたと言えるので、すぐに撤退を開始した。
ウェルテクスたちの撤退は、自身の泳ぎとレヴィアタンやリヴァイアサンの【水流操作】の種族特性を活かして行う。
ウェルテクスが海面に手を向けているのは【水流操作】で、仲間たちの泳ぐ速度をフォローしてるためだ。
当然、通常の船よりもかなり早く海上を移動できるはずで、すぐに距離をとれるつもりでいた。
だけどありえないことに敵はピッタリとついてくる……いや、むしろ近づいてきてるまであった。
「ヴェルテクスさん、もっと早くできませんか!? このままだと追いつかれてしまいます!」
「無理だよ! これ以上早くすると、他のみんながついてこれなくなる!」
ウェルテクスの言葉を聞いたシルファは状況の悪さに唇を噛む。
確かに周りを見れば、第七軍団たちは泳ぐのに必死そうだ。
自分が従える第二軍団も、何十何百と雨あられに降ってくる砲弾の対処で手が離せそうにない。
「仕方ありません。ウェルテクスさん、殿に行きますよ。私たちが足止めします」
「おっけー! ひっくり返しちゃえ、シルファお姉ちゃん!」
シルファの言葉を聞いて、ウェルテクスは第七軍団の副団長であり自分たちが乗っているリヴァイアサンに指示を送る。
直ぐに移動が開始されて、シルファたちは単騎で後方に位置することになった。
そこに、いい的が来たとばかりに、大砲の集中砲火が叩き込まれる。
「——ウッワァァァァァァァァァァアアアアアアッ!!」
迫りくるいくつもの砲弾を、こうなることをあらかじめ予測してたウェルテクスが、事前に溜めに入っていたエナジーブレスで吹き飛ばした。
「ナイスです、ウェルテクスさん!」
そして、その間に魔力を練り上げていたシルファが、今度は持っていたワンドを振り下ろす。
「吹き飛びなさい! ——”テュアリアスド・バースト”!」
同時にシルファの頭上に浮かんでいた、疾風渦巻く空気を圧縮した三つの球体がポセイドン軍の戦艦隊に向かって等間隔に飛んで行く。
やがて敵船の至近距離まで近づくと——瞬間、球体は膨張し吹き荒れる暴風の大爆発が同時に三か所で起こった。
これには爆心地の中心になった敵船はひとたまりもない。
マストは易々と折れ、デッキの床板が剝がされ、乗組員が天空へ吹き飛ばされていく。
爆心地付近にいた船たちも直接の被害は免れたが、突然の強力な爆風に大きく煽られ船のコントロールを失い転覆するもの、他の船に激突し沈没するものが相次ぎ、小さくない被害が頻発した。
「ふぅ‥‥‥これなら十分に時間を稼げそうで、す? ——えっ」
一息つこうとしたシルファは、しかし目の前の光景を見て、思わず呆けた声が漏れる。
シルファが放った魔法は強力で、何百隻といた敵船の五分の一くらいは削れただろう。
それは確かに大きな戦果だが、ポセイドンの眷属たちのテリトリーは海だ。
自分たちのフィールドで転んでもタダで起き上がるはずが無かった。
「シルファお姉ちゃん! なんかあいつら、こっちに来るのさらに早くなってるよぉ!」
ウェルテクスの言う通り、爆風を免れた残りのポセイドン軍はさっきよりもスピードを上げて迫ってきていた。
「いったいどういう‥‥‥」
「こうなったら次は僕の番だ!」
原因を考え始めるシルファの隣で、今度はウェルテクスが意気込む。
「い——っせいのーーーっせ!!」
敵船団を見据えて、ウェルテクスはその場で深くしゃがみこむと、足のばねを使って大きく海に向かって飛び込んだ。
その動きは、雨上がりの水たまりにテンション上がって飛び込む小学生。
だけどたったそれだけの遊びのような動作でも、ウェルテクスがやると立派な攻撃となる。
ウェルテクスが飛び込んだ海面から、敵船団に向かって半円形の波紋が広がっていく。
その波紋は広がっていくうちに高さを増していき、やがて巨大な津波となった。
津波を受ければ、転覆するのは間違いなし。
シルファたちの方に被害が出ないのはウェルテクスが海流を操作してるからだろう。
「これでどうだ! いっけぇぇぇぇええええええええええええっ!?」
しかし、得意げだったウェルテクスの叫びは、途端に驚愕の声に入れ替わる。
「な、な、なにあれっ!? 津波で波乗りしてるの!? 噓でしょ!?」
ポセイドン軍たちは迫りくる津波に向かって砲撃をすることで津波を崩して乗り越えていた。
なかには飲み込まれた船もあるようだが、それでもある程度の足止めになっただろう。
が、ウェルテクスの予想外はその次、なんと津波が崩された余波の波でまるでサーフィンをするように敵船が進みだしていたのだ。
「やはりそういうことですか」
「え、シルファお姉ちゃん、どういうこと?」
「彼らは相当凄腕な船乗りたちのようです。あの船のスピードはなにも特別なことなどありません。ただ風を読み、海の流れを掴んで舵をきってるだけです」
「——うそっ!?」
シルファが言ったことを聞いて、思わず敵を二度見するウェルテクス。
ポセイドンの眷属たちにとって海とは地上と同じようなものだ。
だからそこに風が吹き、潮の流れがあれば、たとえそれが敵による攻撃の余波とかだとしても瞬時に読み、歩くのと同じ要領で船を動かせる。
それは彼らがオールドデウスで勝ち抜いてきた経験で、誰にも負けない武器だ。
「‥‥‥ど、どうするのシルファお姉ちゃん?」
「仕方ありません。こうなったら多大な被害を覚悟して、逃げるのは諦めて乗り込みましょう」
「分かった!」
海上戦では勝てないと判断したシルファは、たとえ多勢に無勢だとしても船の上での接近戦のほうがまだ勝機があると判断した。
ウェルテクスもそれに同意して、直ぐに仲間たちに作戦の変更を伝達していく。
「全員、接近戦の準備を! まもなく接敵します! 乗り込みますよ!」
そうして逃げることを止めれば、敵とぶつかるのはあっという間だった。
シルファたちは、少なくない犠牲を払いながらも、敵陣に乗り込むことに成功する。
第七軍団の巨大海怪隊も敵船に対して体当たりなどで攻撃して、乗り込んだ第二軍団、他の第七軍団の者たちは手当たり次第に敵に襲い掛かる。
船の上はあっという間に乱戦になった。
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