第23話 戦の狼煙
次に目を開けた時、目の前には広大な海が広がっていた。
正確に言えば、城から見える景色の【常夜の結界】、その先が何もない大海原になっている。
「う~ん、わかっていたことだけど、やっぱり支配領域の大きさが全然違うわね」
同じく海を見ながら、一緒に転移してきたのだろうセツナが呟く。
「そんなの分かるのか?」
「えぇ、周りを見れば分かるわ。私たちの支配領域は帝都一個分と、夜が続いてるところまで。その周りが海ってことはほぼ全部が先輩の支配領域よ」
セツナによると、この【世界の言葉】が【
つまり今の状況は、海王神ポセイドンの支配領域である海の上にクレプスクルムの帝都がぽつんと浮島みたいに浮いてるってことだ。
「そしてあれが、先輩の城みたいね‥‥‥でっか」
「城って言うか、あれ船だよな? とんでもない大きさだけど‥‥‥」
そしてそんな海のど真ん中で相対する灰色の巨大建造物が一つ。
軽くクレプスクルムの帝都くらいは入りそうな広さに、高さも城と同じかそれ以上。
見える正面の範囲だけで、何十門もの砲を携えて、分厚い城壁がそびえてる様はセツナの言ったように城に見えなくもない。
けど、視線を少し下げれば、船主があるし、サイドで水しぶきをあげてるのは水車が回ってる姿も見える。
波のしぶきをあげてちょっとずつこちらに近づいてるように感じた。
あれは超巨大戦艦だ。
海を蹂躙する城の船。
「あ、お儀兄さま!」
と、そこで絶句する俺たちに後ろからエルナに声をかけられた。
「ここにいらしたのですね! 女神セツナの声は聞こえてました、既に戦いは始まってるのでしょう? 各軍いつでも出撃できます。作戦はどうしますか?」
振り返れば、エルナ以外のみんなもいつの間にか並んでいて、今か今かと出撃を待っているようで、みんな目がギラギラしてる。
どうやら、気圧されたのは俺とセツナだけだったらしい。
俺は気分を切り替えるために、バチンと両手で頬を叩く。
そうだよ、相手が歴史に名を遺す偉人だからってそれがなんだ。
俺にはこんなにも頼もしい仲間がいるし、地球にいた時よりも断然に強くもなった。
だから後は、いつも通りだ。”オルタナティブ”の時と同じ、仲間を信じて突き進めばいい。
「よし! これより——」
気合を入れ直して作戦を伝えようとしたその時、巨大戦艦に投影モニターのようなものが浮かび上がったと思ったら、そこから海王神ポセイドンの声が聞こえてくる。
『あ~あ~! 聞こえてるか後輩とその眷属たち諸君!』
同時にモニターに映るのは、サングラスを付けたイケおじの姿。
さっきまで会っていた海王神ポセイドンだ。
『今回は練習だが、もちろんこっちは今できる全力でやるつもりだ。だからそっちも死ぬ気でかかってこいや。あんまりにも情けなかったら、他の世界の連中に喰われる前に俺がお前たちを奪うかもしれないからな? んじゃ、そういうことで!』
そんな、何とも緊張感の欠ける言い方でモニターは閉じてしまう。
けれど、かけられた言葉は微塵も冗談には聞こえない。
俺たちはたった今、真正面から宣戦布告されたのだ。
「全員、聞こえたな? 喰われるとか奪うとか、好き勝手なこと言われたが逆に食いつぶしてやれ!」
「「「「「「「「——おぉっ!!」」」」」」」」
「では、時間もないし手短に作戦を伝える、今回はシンプルに行くぞ!」
それから俺は、孤高の十二傑たち率いる軍を攻めと守りに分けて、それぞれの軍が最も適切な戦場に割り振っていく。
指示を出した孤高の十二傑たちは、それを聞いてすぐに行動に移していった。
で、それはいいんだけども‥‥‥。
「わぁ~、でっかいお舟だね~!!」
「‥‥‥なんでここにいるんですかね、めぐみさん」
そう、待ってろって言ったのに、何故かめぐみの海王神ポセイドンの巨大戦艦を見てテンションをあげてる姿があった。
「もぉ~、言ったでしょ~? あたしが居場所はりっくんの隣! なら、りっくんがいるところにあたしあり! ってことだよ~」
「はぁ‥‥‥」
もう何言ってもこればっかりは言うこと聞かないのは理解したし、来てしまったものは仕方ないと、俺は諦めのため息をつく。
「ヴォルク」
「——はっ!」
「めぐみのことを頼んだ」
「この命にかけて」
戦端が開かれるまで、もう間もなくだ。
■■
「わ~い! 海だぁっ!」
【常夜の結界】の境界線上で、その先に広がる青い海に飛び込むような勢いではしゃぐ少年の声が響いた。
第七軍団長≪
「こぉら、今は作戦中ですよ」
そしてそんな様子を微笑ましく見ながらも、しっかりと嗜める翡翠のお姉さん。
第二軍団長≪
二人と、そして二人が率いる第二、第七軍団はリオンの指示で巨大戦艦が目前にある海岸にやってきていた。
「あっ‥‥‥ごめんなさい、シルファお姉ちゃん」
「はい、反省できて偉いですね。それでは、まずはよろしくお願いしますね?」
「うん! 任せてよ!」
ウェルテクスはそう言うと、小さな体で精一杯の背伸びをして、自分の軍に向かって声を張り上げる。
「第七軍団! これより、行動を開始する!」
「「「「「——ラジャッ!!」」」」」
それを聞いた第七軍団の数人の者たちが等間隔で一斉に海に飛び込んだ。
瞬間、海面が輝いたと思ったら、轟音と共に何か巨大な影が浮かんでくる。
それはクジラだったり、シャチだったり、ウミガメだったり‥‥‥ただし、一般的な地球の大きさよりも圧倒的に巨大だ。
それだけじゃなく、中にはクラーケンやリヴァイアサンなどフィクションに見られる海の怪物たちの姿まである。
「シルファお姉ちゃん、もう大丈夫だよ!」
「わかりました。それでは第二軍団の皆さんも行動を。第七軍団の背に乗ってあの巨大戦艦に向かいますよ!」
「「「「「——はいっ! お姉さま!」」」」」
第二軍団の者たちがシルファの号令で、次々と第七軍団の巨大海怪隊の上に乗りこんでいく。
クレプスクルム第七軍団は主に魚人系の者が多く、次点で多いのが海の巨大生物や魔物が擬人化した者たち。
クレプスクルム帝国が海上で戦闘を行う時、戦場までの運搬をする役目は主にこの者たちに任されることがほとんどだ。
ウェルテクスとシルファの二人も、第七軍団副団長のリヴァイアサンの上に飛び乗った。
ウェルテクスだけ本来の姿であるレヴィアタンにならないのは、巨大すぎるが故に、この場で変身すると周り者たちを巻きこんでしまうからだ。
「それじゃあ、行くよ! 第七軍団、全速前進っ!」
ウェルテクスのかけ声で、第三軍団を乗せた第七軍団巨大海怪隊が巨大戦艦に向けて泳ぎ出す。
魚人たちもそれに続いて併泳してく。
「それにしても、でっかい船だね!」
「そうねぇ、ウェルテクスさんとどちらが大きいのかしら?」
「そんなの僕に決まってる! って、言いたいけどいい勝負な気がするなぁ‥‥‥」
ゆっくりと近づいてくる海王神ポセイドンの巨大戦艦を見上げて、二人は穏やかに会話する。
ウェルテクスは「全速前進!」と言ったものの、本当はそんなに急ぐ必要は無い。
こんな障害物も何もないこんな大海原で堂々と攻めていったとしても、あの巨大戦艦から伸びる大砲に直ぐに捕捉され、海の藻屑にさせられるのは目に見えてる。
そのため二人は大砲がギリギリ届かない射程を見計らって、その距離でも届く魔法などで攻撃する予定だった。
今回リオンが二人に課した指示は、海王神ポセイドン及び巨大戦艦の注目を集め、なるべく多くの敵を引き寄せる陽動としての役割。
二人が敵を引き寄せてる間に、他の軍団が別ルートから接近・強襲を仕掛けるというシンプルな作戦だ。
というより、こんな太平洋よりも大きそうな海に放り出され、攻めることに少しでも捻りを加えるならそれくらいしかできなかったとも言える。
そうして二人は自分たちの攻撃が届き、ギリギリ相手の攻撃が届かない付近へとやってきた。
先ほどから何発か砲撃が飛んできてるものの、口径の大きさや砲門の長さからリオンが瞬時に計算した飛距離は正確で、一発も命中されていない。
「さすが陛下ですね! 瞬時に射程を計算されてしまうとは‥‥‥」
「すごいよねリオン様! 僕たちも頑張らなきゃ! さっそく攻撃してもいい?」
「えぇ、敵が来たら教えてあげますから思う存分どうぞ」
「よし! じゃあ、あの塔のてっぺん! 僕より大きいかもなんて生意気だし、へし折っちゃうぞ!」
ウェルテクスはそう言うと、腕を大きく広げて胸いっぱいに空気を吸い込む。
傍から見ればウェルテクスがおこなったことはたったそれだけ、なのにその途端にウェルテクスのいる海面を中心に最初は静かに、そして段々と大きく波紋が広がっていった。
感じる者が見れば、ウェルテクスの身体で莫大なエネルギーが高まっていくことが分かったことだろう。
そうして、荒ぶるエネルギーが蒼い燐光となって可視化できるほど強大になった、その瞬間。
ウェルテクスが吠えた。
「ワァァァァァァァァァァアアアアアアッ!!」
大きく一歩踏み出して、ウェルテクスの口腔から放たれたエナジーブレスが真っすぐに船旗に伸びる。
余波だけで海が荒れ、津波を引き起こし、そして巨大戦艦のマストの頂点をぶち壊して戦の狼煙となった。
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