第22話 宣誓



 あれよあれよと時が経ち、準備にと与えられた四日間はあっという間に過ぎた。


 そして今日は、【世界の言葉】に伝えられた海王神ポセイドンとの【神々の黄昏ラグナロク】の日。


 本当にこれから戦うのかとやはり実感はわかないものの、それでも準備万端な俺たちクレプスクルム帝国軍は、その時を帝都の外にある軍が展開できるほどの広さの場所で静かに待っていた。


「これって、このままぼーっとしてていいのか?」


「う~ん、私も【神々の黄昏ラグナロク】をやるのは初めてだから、どういう風に始まるのかわからないのよね。誰かが迎えに来たりするのかしら?」


【世界の言葉】からは四日後と日付を指定されただけで、詳しい時間や場所は聞かされてなかったため、どうなってるのかと隣にいるセツナに聞いたのだけど、セツナも知らないらしい。


 やれやれ、我らの主神がこんなので本当に大丈夫なのか‥‥‥特にここ最近、その思いが大きくなりつつある今日この頃です。


 そう思いながら、セツナにジト目を送ってると——。


「‥‥‥来たわね」


「え?」


 セツナが小さく呟いたその瞬間だった。


 四日前にも聞いたあの無機質な【世界の言葉】が頭に響いてくる。


『時は満ちました。これより遊戯神セツナと海王神ポセイドンの【神々の黄昏ラグナロク】を開催します』


 そんな声が聞こえたと思ったら、同時に身体を淡い燐光を放つ光が包んでいく。


「すごいわね‥‥‥これほどの神力」


 周りを見れば、他の者たちもみんな俺と同じように溢れる光に包まれてた。


 セツナの感心したような声が聞こえてくる。


 これが神力‥‥‥確かに、最近感じるようになった魔力と似てるかもしれない。


 そう思った次の瞬間、ただでさえ強かった光がさらに強く輝いて——弾けた。


 視界のすべてが真っ白に塗り替えられて、俺は思わず目を瞑る。


 不思議な浮遊感に包まれて、驚いて目を開けたら、既にそこはさっきまでいた場所ではなくなってた。


「ここは‥‥‥」


「私たちだけ別空間に飛んだみたい」


 辺りを見回すと、何もないどこまでも白い空間に俺とセツナだけがぽつんと立っている。


「これはもう、戦いは始まってると考えていいのか?」


 何が起きても対応できるように、警戒心を高めて身構えながらセツナに聞いてみると。


「いえ、違うんじゃないかしら? たぶんこれは、最終確認とかそういう——」


「正解だぜ、後輩!」


 あごに手を当て考え始めたセツナの声を遮って、どこか神聖味を持った野太い声が響く。


 慌てて声がした方に振り向くと、そこには二人の男性が立っていた。


「おおっと! ここでの戦闘や妨害はご法度だぜ。ここはやり合う前にルールの最終確認とかする場所だ」


「先輩いたの?」


「おうよ! さっき転移してきたところだ。ところで、隣にいるのが後輩の代表か?」


「そうよ」


 先輩‥‥‥セツナがそう呼ぶってことは、この男が海王神ポセイドンなんだろう。


 なんとなく、初めてセツナと会った時に感じた時と同じ気配を感じるし。


 でも正直、俺は今、すっごい微妙な顔をしてると思う。


 というのもこの目の前の海王神ポセイドンと思われる人物。


 格好が短パンにアロハシャツを着て、ビーサンを履き、サングラスを頭にかけてるっていう、どこからどう見てもリゾートを楽しんでるイケおじなんだよな。


「えっと、リオンです。今日はよろしくお願いします」


 とりあえず本当に海王神ポセイドンらしいし、相手は神様だからツッコミたい気分は抑えて、丁寧に挨拶をした。


「おうっ! こっちこそよろしく頼むぜ! って、なんでさっきから微妙な顔してんだよ」


 いや、あんたの格好が意味不明だからだよ! とは言えずに、さらに微妙な顔をしながらどう返したものかと思案する俺。


 しかし、俺が何かを伝える前に海王神ポセイドンの隣にいたもう一人の男が口を開いた。


「そんな格好してるからだろう?」


「あ~、なるほどな。でもしょうがないじゃねーか、着替えが間に合わなかったんだから」


「それでも戦場にそんな格好でくる奴がいるか!」


 そう言って、海王神ポセイドンに真っ向から指摘する男はといと、こっちはちゃんとそれっぽい格好をしていた。


 海軍服のようなものにごついブーツ、腰にはサーベルを下げてる。


 身長は俺より高くて中肉中背であり、堀の深いヨーロッパ系の顔をしたナイスガイだ。


「先輩、その人が先輩の代表なの?」


 セツナがその男を見ながら聞くと、海王神ポセイドンはお小言を続ける男の肩を陽気に組んで、肯定すた。


「おう! 俺がここに来る前に海で拾ったんだ! 名前はデュラン!」


「はぁ‥‥‥女神セツナ。主神が済まないな、俺はデュラン=ドレイク。海王神ポセイドンの代表をしている」


 デュランと名乗ったその男はセツナに目礼をして、鬱陶しそうに海王神ポセイドンを押しのけ始めた。


 地球の神はみんなあんな感じなのだろうか‥‥‥なんとなくデュランさんとは気が合いそうな気がする。


 というか、デュランはともかくドレイクってどこかで聞いたことがあるような気が——。


「フランシス‥‥‥ドレイクっていたよな」


 そう思って、少し記憶を遡ったら直ぐに出てきた。


 確か、フランシス=ドレイクといえばその功績からイングランド人の英雄と呼ばれてた人だ。


「‥‥‥海軍提督」


「そう、そのドレイクは俺だ」


 ポツリと呟いたことに、何の含みもなく肯定返してくる。


 一瞬、何言ってんだコイツ? って思ったものの、ここまではっきりと断言させられると、逆に嘘だとかとは思えないかった。


「でも、とっくに過去の人間だと‥‥‥どれに名前も違うし」


「その通り、俺は一度死んで水葬されてる。が、その後にあのオヤジに魂魄を拾われて、こっちにやってきたってわけだ。つまりフランシス=ドレイクは俺の前世だ。俺みたいな奴は他にもたくさんいると思うぞ」


「まじか‥‥‥」


 正直、驚きを通り越して絶句せざる得ない。


 魂魄を拾うって‥‥‥まぁ、俺もダームエルに似たような考えをしたし、イケおじでも神様だ。


 そんなこともできるのだろう。


 にしてもこれはあれだよな、これからこの前世が歴史の偉人と戦うってことだよね? そして、今回の【神々の黄昏ラグナロク】が終わっても俺たちはそういう人達と張り合って行かなきゃならないわけだ。


 まぁ、地球は協力関係って言ってたけど、他の世界もとりあえず戦う人は歴史の偉人レベルだと思ったほうがいい。


 相手の正体が分かったから、今はっきりとわかる。


 目の前にいる人物の覇気って感じのものだろうか。


 存在感が圧倒してくる。


 ‥‥‥やれるか?


「ふむ、実力は相当なものに見える。今日の戦いは楽しみにしてる」


 俺がデュランさんを値踏みしていたように、デュランさんも俺を観察していたのだろう。


 見下げるように見られた後に、デュランさんはそう言って手を差し出してきた。


「こ、こちらこそよろしくお願いします」


 イングランド人からしてみれば英雄でも、敵国だったスペインからは海賊と恐れられてた人だから、野蛮なイメージを抱いてたけど、結構礼儀正しいな。


 俺も手を伸ばして、軽く握手を交わした。


「よし、お互い挨拶も終わったしさっそく始めるか!」


「あ、ちょっと待って! 交渉したいことがあるんだけど」


 俺たちが握手をとくタイミングを見計い海王神ポセイドンが声をあげたのに合わせて、セツナが割り込んだ。


 そうだった、まさかの存在ですっかり忘れてたけど、海を譲ってもらおうとしてたんだった。


「お? なんだ?」


「今回の戦い、私たちが勝ったら少しだけ海をくれないかしら?」


「ほほう? いいだろう。他に何かあるか?」


「いいえ、それだけ。ルールもそのままでいいわ。私たちは何をかければいいの?」


「ん? そんなのはいらねーぞ? 今回そっちは何もかけなくていい」


 意外‥‥‥なんだろうか? 案外あっさり海を譲ってもらう話は終わった。


 しかも、俺たちに何かを要求してくることもない。


 というかむしろ、勝てるものなら勝ってみやがれって言ってるような、そんな堂々とした物言いだった。


「おい! 聞こえてたろ? ルールに追加しといてくれ!」


 海王神ポセイドンが上を向かって声をあげると、再び【世界の言葉】が響いてくる。


 さっきよりもちょっと近くに感じるのは転移したからだろうか。


『受諾しました。改めて条件を確認します。一つ、今回の戦いで人死は出ないものとする。一つ、今回の戦いで器物損壊の被害は出ないものとする。勝利条件は主神を倒すこと。報酬は海王神ポセイドンは無し、遊戯神セツナは海王神ポセイドンの領域の海洋の一部の譲渡です。問題なければ両主神の宣誓をもってして【神々の黄昏ラグナロク】を始めます』


 一つ一つのルールを羅列して、【世界の言葉】はそれ以降話しかけてこなくなった。


 そして、海王神ポセイドンとセツナが向かい合う。


「後輩、教えたセリフは覚えてるな?」


「もちろんよ! 遊戯神セツナの名のもとに神託を告げる——」


「海王神ポセイドンの名のもとに神託を告げる——」


 神同士のその声は、この世のどこにいても聞こえるような、そんな気がした。


「「——ここに聖戦を開始する!!」」


 そうしてまた、俺の視界は再び光に包まれる。


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