第19話 時間をかけて



「痛つ‥‥‥」


「ちょっと、神の上に乗るなんて不敬よ!」


「りっく~ん、おも~い」


「り、リオン様ぁ」


「あ、悪い」


 まるで洗濯物の山ように積み重なってた状態から素早く立ち上がって、みんなも立ち上がらせる。


 っと、そういえば引っこ抜いた女騎士はどこに‥‥‥。


「うぅ~痛かったぁ、胸が‥‥‥絶対一回りくらい今日で小さくなった気がする」


 女騎士は俺たちから少し離れたところで、横たわったままシクシクと胸を撫でてた。


 よかった、無事だったみたいだ。


 まぁ、ちょっと強引になったのは許してほしい。


 そう心の中で謝りながら、俺は女騎士に手を差し出す。


「大丈夫か?」


「あ、あなたが助けてくれたんですね? ありがとうございます! 私はセツナ神国の聖騎士なので、後ほど騎士団から恩賞が——って、まさかお前は!」


 そう言って差し出した俺の手を取ろうとして俺の顔を見た女騎士は、すごい速さで飛び上がったと思ったら、そのまま近くに落ちてた女騎士の武器だろう両手剣を拾って俺と距離をとった。


「クレプスクルムの皇帝リオン! まさか、お前だったとは! これもセツナ様のお導き! 私がここで成敗してやる!」


 女騎士は両手剣を握るように構えると、油断のない鋭い目つきで俺のことを睨んでくる。


 ‥‥‥あ~、やっぱこうなったか。


 まぁ、”オルタナティブ”がたかがゲームだったとしても、この女騎士からしたら俺は故国を滅ぼした憎き相手なのは変わらないからな。


 でも、今はもう争ってないし、むしろ協力しないといけないわけで、あまり手荒なまねはしないようにしないと。


 というか、後ろに女騎士さんの主であるセツナがいるんだけどな……多分激情に駆られて、俺しか見えてないんだろう。


 とりあえず、一旦周りが見えるくらい冷静になってもらいたい。


 俺は女騎士さんがどこから仕掛けてきても対処できるように、油断なく彼女を観察する。


「リオン様、ここは僕に任せてください!」


 が、その視界に突然ウェルテクスが入ってきた。


 そう言うなら、元々ウェルテクスに任せてたことだし、俺は見守ることにしよう。


「じゃあ頼んだ。怪我させないようにね」


「わかってます!」


「ちょっと君! その男から離れて! 吸血鬼にされちゃうよ!」


 女騎士がウェルテクスにそんなことを叫ぶけど……残念、ウェルテクスは既に吸血鬼ですよ。


 そのウェルテクスが一歩、女騎士に近づいた。


「お姉さん。なんでそんなこと言うの? リオン様は優しい皇帝だよ?」


「うぐっ」


 ウェルテクスのどこまでも無邪気な、いっぺんの悪意の欠片もみられない瞳で見つめられて女騎士がたじろぐ。


「確かに、お姉さんたちの国を虐めたのは僕たちだけど……でも、お姉さんたちだって僕たちの大事な国の人たちをたくさん切ったじゃん!」


「そ、それは!」


 おぉー、流石はウェルテクス。


 純真な心根で女騎士の良心を抉ってく……って、よく見たらウェルテクスの瞳が薄く赤みが帯びてるな。


 どうやら、ほんの少しだけどバレない程度に【魅力チャーム】を使ってるらしい。


 なかなか器用なことするけど、たぶんやり方を教えたのはアスタロッテの仕業だな。


【魅力】の専売特許は彼女だし。


 ウェルテクスがもう一歩前に出た。


 同時に、ウェルテクスが放つ圧が若干強くなって、女騎士もそれを感じたのか気圧されるように一歩下がる。


 子供の姿のウェルテクスは生活しやすいようにその姿をとっているだけで、彼の本来の姿は実は城よりも大きい。


 その大きさの存在感をこの小さな身体に押し込んでるから、ウェルテクスが凄むとまるで見えない壁に押しつぶされるような感覚に陥って、並の騎士くらいだと何も出来なくなるのだ。


「お姉さんたちも、女神セツナから色々と聞いたんだよね?」


「そ、それは……あの天啓は何かの間違いで……」


「間違いじゃないわ、本当よ」


「――っ!? セツナ様……」


 セツナが割り込むことで、女騎士もやっとセツナの存在に気がついたようだ。


 そして同時に、セツナが俺と行動していたことで否が応でも、セツナの天啓とやらが真実だと思い知ったんだろう。


 女騎士の表情が焦りから、暗いものに変わった気がした。


「セツナ様……セツナ様のお言葉はわかってます。けれど私は、皇帝リオンとは……」


「わかってるわ、簡単じゃないことぐらい、だから今はそれでもいいの。でも、信じてくれない? きっと悪いようにはならないから」


「わかり、ました‥‥‥」


 最後にセツナに説得されて、女騎士は構えていた剣を下ろした。


 流石に女王の言葉には逆らえなかったらしい。


 女騎士さんは普通に、真面目で誠実な人なんだろう。


 セツナ神国と戦っていた時はまだゲームだと思ってたから倒しても何とも思わなかったけど、いざこうして現実になって当時の敵国の人と会うとすごく申し訳ない気持ちになってくる。


 女騎士さんや他のセツナ神国の人たちとは、ゆっくりと時間をかけて関係を修復させていけるように頑張ろう。


「ウェルテクス、後このことも任せても大丈夫?」


「はい、僕にお任せください! それより、そちらの女の人が女神セツナだったんですね。セツナ神国への遠征に僕は行ってなかったのでお会いするのは初めてですよね?」


「えぇ、私が女神セツナよ。よろしくね」


 セツナが、神らしくウェルテクスへ優雅に言葉を返すと、ウェルテクスはぺこりと頭を下げた。


「よろしくお願いします! えっと、そちらの方も神様なんですか?」


 そして今度は、めぐみに顔を向ける。


「ううん~、あたしはりっくんの幼馴染のめぐみだよ~。えっとウェルテクスくんでいいのかな?」


「はい、孤高の十二傑≪蒼怪血カエルレウム≫ウェルテクスです! リオン様の幼馴染なんですね、よろしくお願いします!」


「え、孤高? かえ? う~ん~? まぁ~よろしくね~ウェルくん」


 めぐみの方は、ウェルテクスの自己紹介に何が何だかって感じだったけど、まぁめぐみなら直ぐに仲良くなれるだろう。


「それじゃあ、リオン様! 僕は任務に戻りますね!」


「女騎士さんのことは頼んだよ。あ、それと、頼まれてた水辺の件だけど、どうやらまだ見つからないらしい。悪いな」


「いえいえ、見つかったらで大丈夫です! それでは失礼します!」


 ウェルテクスは礼儀正しく、臣下の礼を取ると女騎士さんの手を引いて先に城に戻っていった。


「ばいば~い!」ってブンブン手を振る姿は、やっぱり小学生にしか見えないな。


 グイグイ腕を引かれて、ウェルテクスの無邪気な姿にさっきまで暗い雰囲気だった女騎士さんも母性を刺激されてときめいてるような気がしないでもないし、やっぱりウェルテクスに任せておけば大丈夫そうだ。


 しばらくウェルテクスたちを見送って、俺はめぐみとセツナに目を向けた。


「俺たちはどうする? もう少し街の方を見てく?」


「うん! さっきチラって見えたんだけど、あたしの知らないお野菜とかあったからもっと見てみたい~」


「おーけ、セツナもそれでいいか? ‥‥‥セツナ?」


 セツナの返事が無いなって思って彼女の方を見ると、何か考え込んでるみたいだった。


「ねぇ、リオン。さっき水辺が欲しいって言った?」


「ん? そうだな、水辺というか、魚人系の者たちが泳ぎたがってるって感じだから、海が理想だけど」


「それなら、なんとかできるわよ?」


「え? どうやって? ここら辺に海は無いけど」


 エルドラドが偵察したところ、この辺に海は見当たらないらしい。


 たぶんここは内陸部だろうってことだ。


 セツナが何言ってるのかよくわからなくて見つめれば、彼女の方も心底不思議そうに見つめ返してきた。


「だから、今度やる【神々の黄昏ラグナロク】で権利を貰えばいいじゃない? せっかく先輩が胸を貸して練習させてくれるって言うんだし」


「んん? らぐなろく? なんそれ?」


「あれ? もしかして私、まだ説明してない?」


 セツナが何言ってるのかわからなくて、セツナの方も混乱してるようで、二人で「ん?」って言い合ってる時だった。


地球アース代表、遊戯神セツナと同じく地球代表海王神ポセイドンの【神々の黄昏ラグナロク】を執り行います。開戦は三日後、それまでに戦う意思を示しなさい』


 無機質に脳内に直接語りかけてくるような声で、突然そんな言葉が聞こえてきた。


 そしてどうやら、今のはめぐみや他の人たちにも聞こえていたようで、道行く人たちが突然の謎の声に皆戸惑いの表情を浮かべていた。


 しかし、ただ一人を除いて。


「あ、これよこれ! 世界の言葉を聞くと『あ~、オールドデウスに来たわね~』ってなるわー」


 とりあえず、こいつからはまだまだ聞かなきゃいけないことがあるようだと、遠くから外に出ていた孤高の十二傑たちが慌ててやって来るのを見て、確信した。


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