第18話 文化の違い
当たり前だけど、その国にはその国特有の文化というものがある。
日本には日本の文化があって、他の国から来た人からはカルチャーショックを受けるようなこともあるだろう。
たとえゲームの中だったとしても、限りなく現実に近いゲームだった”オルタナティブ”にもその国々特有の文化が育っていった。
だから当然、クレプスクルムにはクレプスクルムの文化がある。
クレプスクルムは吸血鬼の国だから、その文化も吸血鬼の特有の文化になる。
吸血鬼は人間じゃない。
紅い瞳に、強い生命力と頑丈な肉体、そして人の柔肌に牙を突き立て血を吸う生き物。
だから人間のときには何気ない言動や仕草も、吸血鬼にとって特別な意味を持つことわけだ。
特に血に関することや、吸血するときに牙を突き立てる部位は神聖視というか特別視される傾向がある。
そもそも吸血鬼は別に血を必ず飲まなくちゃ死ぬということはない。
確かに好みではあるけれど、普通の食事を取っていれば飢えることはないのだ。
さっき俺が生き血のコールドドリンク割りの様に血はお酒みたいなものだと思う。
結果、【眷属化】をするときとかの儀式的な意味の方が強くなって、吸血=食事という考え方の方程式は少なくともクレプスクルムでは廃れていった。
そこで出てきたのがジンクスというか、まぁ吸血する部位とかその時の仕草に意味が生まれて行ったわけだ。
日本でもキスする部位によって意味があるみたいなあれだな。
そしてめぐみがさっきチラッと見せてきた首筋‥‥‥吸血鬼にとって首筋からの吸血は、愛しい人にしかしないことから『愛』。
決して治らない傷を相手に付けることから『永遠』。
そして、性的興奮を覚えることから『情慾』。
最初に述べた二つは結婚式の時とかによくその意味で扱われることが多いが、最後のだけはまだ籍を入れてないカップルとか、身体の関係を持ちたい男女とかに使われる。
そこから派生して、首筋を異性に意識的に見せる行為は、つまりそういうことを誘ってるという意味になり。
特に女性がすると‥‥‥まぁ、なんだ‥‥‥。
「——つまりな、さっきめぐみは公衆の面前で‥‥‥なぁ?」
「え~? なに~?」
大通りから一目散に離れて、俺たちは人通りがあまりないたまり場のような空き地にやってきた。
そこで、いきなり走り出した理由というか、文化の違いをとくとくとめぐみに説明してる訳だけど‥‥‥男であり、そういうことを意識せずにめぐみと二人で暮らしてきた俺にはちょっと言いにくいなぁ。
「えーーーっと」
「さっきめぐみは、私はビッチで~すってみんなの前で言ったのよ」
「ちょっ!? おまっ!?」
「何よ? 代わりに言ってあげたのに」
「もう少し、言い方を考えいっ!」
何よ? って、人が必死に察してもらおうと考えてたのにデリカシーと言うものはないのか!
セツナがドストレートにカミングアウトするせいでめぐみが傷ついてないか気になる俺は、とりあえずフォローすることにする。
「まぁ、なんだ‥‥‥めぐみは知らなかったんだし、たぶんもしかしたら見てる人も少なかったと思うから、そんな気にしないで」
「ほぇ~?」
‥‥‥おや? もしかして、未だによく意味が分かってないのか? それならとりあえずここははぐらかして、後でエルナにでも改めて教えてもらえばだ——。
「‥‥‥ほ、ほぇ~」
——ち、違う! 俯いてたから分からなかったけど、よく見たら瞳の中がグルグルしてるし、耳とかすげえ真っ赤だ! めっちゃ必死に恥ずかしさを耐えて、機能停止に陥ってるだけだ!
「め、めぐみ!」
「‥‥‥‥‥‥から」
「うん?」
「だから、そういう意味でりっくんを誘ってなんてないからね!」
「分かってる分かってる!」
「あと! ビッチでもないからね!」
「分かってるから! ‥‥‥というか、なんでそんなに吸血鬼になりたがるんだよ」
さっきも吸血鬼が気になるとか、俺が言うのもなんだけど、めぐみってそんなオカルトチックなのが好きだったりしたっけ?
頬をメラメラと紅潮させながら、すっごい否定してくるめぐみに不思議になって聞いてみる。
「そ、それはだって‥‥‥おんなじになりたいから‥‥‥」
「ん?」
「‥‥‥やっぱり今はいい」
「え? それだと逆に気になるんだけど」
「何でもないの! そ、それより、ならあれもりっくんが作った国の文化なの~?」
不自然さマシマシの必死な感じで、すっごいバレバレな話題転換だったけど、まぁ言いたくないなら今すぐ聞き出す必要もないか。
そう思いながら、めぐみが指を差す俺の後方を見てみると、そこには何やら小学生くらいの少年と、ギリギリ人が通れるか通れないかくらいの壁の隙間に何かがハマってる様子が見えた。
というかよく目を凝らして見れば、小学生くらいの少年はウェルテクスで、挟まってる何かは白銀の鎧を着てる人間っぽい。
白銀の鎧と言っても動きやすさ重視からか軽装みたいで、顔は見えないけど下に履いてるのがスカートだから女性だな。
そしてクレプスクルムに白銀の鎧を纏う軍は無いし、またどことなく見覚えがあるのは散々戦ったからだ。
「いや、あれはウチの文化じゃないな。セツナ神国って言う他所の国の文化」
「へぇ~、不思議な文化もあるもんだね~」
「ちょっと! 私の国に壁にハマる文化なんて無いわよ!」
そう言うけど、その国の女王様であるシアがが色んな所にハマってて、その国の騎士もああして壁にハマってるんだから、本当にありそうだ。
「ま、異文化コミュニケーションは難しい課題の一つだよね! とりあえず、行ってみるか——お~い! ウェルテクス~!」
「あ、こら! 変な勘違いしないの! ちょっと!」
セツナの事は無視してめぐみと近づくと、ウェルテクスもこっちに気が付いて、笑顔で手を振ってくれる。
「あ、リオン様だ!」
「ご苦労様、任務の遂行中だよね?」
「はい! アンお姉ちゃんの部隊が大体の居場所を見つけてくれるのですごい楽です! でも、なんか見つけに行くとみんな壁とか穴とかにこんな風にハマってるんですよね、不思議です」
「そうだな、不思議だな」
やっぱりセツナ神国には隙間にハマる文化があるんだろう。
俺はたとえ理解できない文化があったとしても、なるべく尊重していく構えだ。
そんなこと思ってると、唯一壁にハマってない下半身がプリプリと震える。
「すみませ~ん! 後ろに誰かいるんですか~! 助けてぇ~!」
「はいは~い! 今助けま~す!」
「あ、やった! そこにいるんですね! お願いします~!」
とりあえず、この女騎士さんを引っこ抜くか。
腰に腕を回して、引っ張りやすい態勢になる。
傍から見ると、ちょっと卑猥なことをしてるようにしか見えないけど‥‥‥なんか、こういうシチュエーションの同人誌とか見たことあるし。
けど、あくまで救助なので誤解しないでいただきたい。
「それじゃあ、引っ張りますよ!」
「は~い!」
一声かけてから、まずはほどほどの力で引っ張ってみる。
「せーっの! おりゃ!」
「ぐえっ!? あのっ! もうちょっと! 優しく! ぐえっ!」
そうしてしばらく「おりゃおりゃ」というかけ声と、「ぐえぐえ」って言う変な鳴き声が続いた後、俺は一度腰に回した腕を解いた。
「こりゃあ、なかなかの曲者だぞ。めぐみたちも手伝ってくれ」
「は~い」
「僕も手伝いますね!」
「私の国の子だものね」
みんなにも手伝ってもらって、今度は四人で引っ張ることになった。
「もう一回引っ張りますね!」
「ふぇ~、優しくね? ゆっくりでいいから、優しくしてね!?」
「「「「せーっの!」」」」
「ぎょえっ!? さっきより! さっきより強いぃぃぃっ!!」
綱引きの要領で全力を出して引っ張ってみると、女騎士さんからもっとひどい鳴き声が聞こえてきた。
けど、我慢して欲しい! 一応、少しずつ少しずつジリジリと抜けて来てはいるから。
「うごぉっ! 胸が‥‥‥胸が抉れるっ!」
「よーし! みんな、あと少しだ! 気合入れろ!」
「「「おおっ!」」」
「ま、待ってって! なんかガリガリ鳴ってるから! あががががが、おっぱいおろしになるぅぅぅっ——あっ‥‥‥」
瞬間、一番つっかえてたところが抜けたのか、一気に軽くなって。
「ちょっ!」「きゃあっ」「わっ!」「やべっ」
それぞれの悲鳴をあげながら、折り重なるようにみんなで仲良く転倒したのだった。
——どんがらがっしゃん!
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