第17話 血を吸わせようとしてくる

 


 クレプスクルムは【常夜の結界】によって、いつ何時も太陽が昇ることが無い年がら年中夜の国だ。


 それでも、その夜の闇をたくさんの光が照らしていて、昼間と変わらぬ賑やかさを見せる。


 クレプスクルムの帝都は”オルタナティブ”のプレイヤーの中では常夜の都と呼ばれていて有名だった。


 ここに住む人たちは約人口三万人。


 そのほぼ八割以上が吸血鬼か、吸血鬼の血を引く他の種族だ。


 実質ほとんど吸血鬼。


 どうして吸血鬼ばかりなのかと言うと、まぁ普通に俺が吸血鬼だからなんだけど。


 それならなぜ、俺が吸血鬼なのか気になることだろう。


 ”オルタナティブ”はゲームを始める前、自分のキャラクターをまず作ることになるんだけど、その時に種族を選ぶ機能があって、それで俺は数々の種族の中から【真祖の吸血鬼】を選んだ。


 他にも、【勇者王】【魔王】とかの定番から、【機工王】【簒奪王】【騎士王】などなど、それぞれ強力な種族の王になれたことを覚えてる。


 その中でどうして俺は【真祖の吸血鬼】を選んだのかというと、単純に種族特性が一番多く、一番強いと思ったから。


 まぁ、その代わり忠実の吸血鬼の通り弱点も多い種族なんだけど、そんなのはどうにでもなると思った。


 それよりも、俺にとって【真祖の吸血鬼】はとても魅力的な能力を持ってることが最大の決めてで、それが何かと言うと【眷属化】の能力だ。


【眷属化】の能力は、対象の仲間を眷属化させることで、どんな種族でも吸血鬼の能力を使えるようになるというもの。


 吸血鬼には【眷属化】の他に、【血液操作】【霧化】【魅了】【夜目】【不老不死】【自動回復】【昼夜逆転】【真血武装】【真血覚醒】と、それはもうたくさんの種族特性がある。


 種族特性のバーゲンセールだ。


 全てではないにしても、これを眷属化するだけで付与できるんだから、相当強力だろう。


 でも、実はそれも当時の俺にとっては副産物でしかなかった。


 俺が【眷属化】に目を付けたのは、”何があっても裏切らない”という効果だ。


 というのも当時の俺は相当孤独を拗らせてて、『へっ、へへっ! これを使えば、俺もう一人じゃないぃぃぃっ!』って感じに、変な禁断症状が起こってて。


 そういうわけで、それから仲間になったやつは片っ端から眷属化させていったことにより、多種多様な種族の吸血鬼ができていった。


 しかも、その眷属化したやつらが夫婦になったことで子供が生まれると、その子供も吸血鬼だった。


 こうしてクレプスクルムは吸血鬼の国として発展していくことになる。


 まぁ、流石に世代を重ねていくごとに吸血鬼の血が薄まっていって、今ではもう生まれてくる子たちは一つか二つしか吸血鬼の種族特性を持ってないし、見た目も普通の人間にしか見えない吸血鬼の下位種族である【ヴァンピィ】の者が多いけど。


 しかし帝都は、初めのころに眷属にした仲間たちが多いからか、大体の人がまだその姿に吸血鬼の特徴を持つ者が多い。


 そんなクレプスクルムのルーツを語りながら、城から出た俺たちは今、帝都の大通りを歩いてる。


「へぇ~、だからみんな目が赤かったりするんだね~。りっくんも目が赤いのはそのせいなんだ~、最初見た時は泣いてたのかと思ったよ~」


「泣いてないわ!」


「それにしても、吸血鬼は最初に選ぶ種族で一番難しい種族のはずなのに、よくこんなに発展させたものよね」


 俺がめぐみにツッコミを入れてる隣で、行きかう人達を見まわしながらセツナも関心したようなため息をつく。


 まぁ、確かに吸血鬼は強い代わりに、太陽がダメ、銀がダメ、聖属性がダメ、あれもダメこれもダメってかなり制限されたな。


 銀の武器が使えなくてしばらく木剣で戦ってたのは今ではいい思い出だ。


 俺が初期の貧相な装備の時のことを少し思い出してる間に、めぐみはキョロキョロと辺りを見回しながら、そこにいる人たちを見て目を白黒させてる。


「おぉ~、動物のお耳とか付けてる人もいっぱいいるし、もしかしてここってディ〇ニーランド~?」


「いや、あれみんな本物だから」


「ほえ~‥‥‥あ、もしかしてあたしもりっくんの吸血鬼にされちゃうの~?」


「うん? しないけど」


「え~、ちょっと気になるんだけどな~」


「気になるって言ったって、吸血鬼にするには血を吸わないといけないんだぞ?」


 眷属化するにはモーションとして首筋に噛みつくのが”オルタナティブ”でのやり方だったけど、それはたぶんオールドデウスでも変わってないだろうし、できるかできないかって言ったらできると思う。


 だけど、めぐみを眷属化して吸血鬼にする必要が無い。


 めぐみを戦わせるつもりはないし、それに眷属化しなくたってめぐみが俺を裏切るなんてこれっぽっちも思ってないから。


「あたし、りっくんになら血を吸われてもいいよ~?」


「はぁ? めぐみ、何言って‥‥‥」


 思わず、シミ一つない綺麗な肌のめぐみの首筋に目がいって、ゴクリと唾を飲み込む。


 めぐみの血か‥‥‥ちょっと、どんな味がするのか気になるかも‥‥‥。


 ‥‥‥やばいな、ちょっと引きずられてる。


「‥‥‥」


「りっく~ん、ぼ~っとしてどうしたの? あたしの血、飲みたくなった?」


「——あっ、いや! 何でもない! あと、飲まないから!」


「うん? でもなんか、お顔も赤いよ~? お熱あるのかな~? やっぱり飲む?」


「ほ、ほんとに何でもないから! というか、なんでそんなに飲ませようとしてくるんだよ!」


「え~? だって、吸血鬼になってみたいし~」


「変なこと考えてないで、とっとと行くぞ!」


「やれやれ、若いっていいわね」


「お前はうるさい! あ~もう、なんかのど乾いたから飲み物買いに行こう!」


 静かに、だけどまたしても顔はうるさくニヤニヤとしてるセツナを一喝して、俺は早足に歩き出す。


 俺はいったい何を考えてたんだ‥‥‥めぐみの血が飲みたいなんて。


 変なことを考えそうになる頭を振って雑念を追い出しながら、俺はドリンクを露天販売してるところにやって来た。


「おっちゃん! コールドドリンク三つ頼む。一つは赤で」


「あいよ! って、陛下じゃないか!」


 俺が店主のおっちゃんに声をかけると、おっちゃんの方も気軽に返してくれる。


 普通、国の王とか偉い人が来たら恐縮したりするものだけど、コミュニケーションも一つの大切な成長の要素だった”オルタナティブ”では、俺は頻繁に街に出ては色んなキャラに声をかけてたため、みんな結構気軽に話しかけてくれることが多い。


 このおっちゃんの店も、【コールドドリンク】っていう”オルタナティブ”での基本アイテムが買えるところで頻繁に来てた。


 そんな感じに、いつでも会える皇帝になってたおかげかな? 数日前に、国民たちを集めて城のバルコニーから今まで皆が戦ってる中、本当の俺は別の世界にいて、信頼を裏切るようなことをしてたのを謝ったんだけど、全員が全員キョトン顔をしてた。


 あの会議室での気まずい静寂が、今度は帝都全土で起こったんだから、本当に気まずくて気まずくて仕方なかったよ。


 でも俺の心情は楽になったし、みんな思ったより裏切られたとかそういうことを思ってる人が少なくてよかった。


 そんなことを思ってると、おっちゃんがコールドドリンクを三つ渡してくれる。


「りっくんりっくん、これなぁに~?」


「これはそうだな、日本でいうソーダみたいなものだよ。冷たくてしゅわしゅわしてる」


「へぇ~——んくっ! ほんとだ、美味しいね~」


「私が設定した飲み物だからね! でも、リオンが持ってるのは何? 私、赤いコールドドリンクなんて作ってないし知らないのだけど」


「ん? そりゃあ、クレプスクルムでしか売ってないし、既存のアイテムじゃないからね。これは【生き血】をコールドドリンクで割ったやつ」


「うわぁ‥‥‥まさに吸血鬼の国って感じね」


 一見、スパークリングワインのような生き血のコールドドリンク割りを見てセツナは心底引いた顔をする。


 まぁ、俺も普通の人間だったらそんな反応するだろうな。


 もう気にしないで普通に飲むけど。


「こういうところ見ると、本当にりっくんが吸血鬼なんだな〜って、実感するよ〜。それ、美味しいの〜?」


 めぐみは特に引いてる様子はなかった。


 ただ興味深そうにするだけ。


 昔から色々と好奇心旺盛だったからな。


「そりゃまぁ、血液は吸血鬼の源みたいなものだからね。不味くないわけが無い」


 そう答えてもう一口、めぐみはその俺の様子もやっぱり興味深そうに見てた。


「え、もしかして飲みたいのか?」


「ううん〜、そういう訳じゃないんだけど……やっぱりりっくん、私の血飲まない?」


 めぐみはそう言うと服の襟を摘んで、首筋が見えやすいように首を少し傾げた。


「――っ!?」


 露になる白い首筋に、思わず牙を突き立てたくなる衝動にかられるけど、それ以上に俺の冷静な部分がこの場から離れろって警鐘を鳴らしてくる。


 だって今のめぐみの仕草、絶対誰かに見られて……。


「おいおい! 見ない女の子だなって思ってたら、まさか陛下のコレだったのか!」


 コレと言って、小指を立てる店主のおっちゃん。


 ‥‥‥やっぱり! バッチリ見られてた!


 いくらフットワーク軽くて、みんなの身近な皇帝をやってても、皇帝は皇帝だ。


 国の一番偉い人だ。


 当然、その行動は常に見られてると思っていいわけで、今のを見ていたのは絶対おっちゃんだけじゃないはずだ。


「違うから! 違いますからー!」


「ええっ!? りっくん、いきなり走り出してどうしたの!?」


「あ〜、今のは私も知ってるわ。確かに、誰かに見られてたらめっちゃ恥ずかしいわね」


 俺はとりあえず、何も分かってないめぐみの腕をとって、なるべく早くこの場を離れることにした。



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