第16話 神の権能




「ねぇ~、アンちゃ~ん。ちょっとだけティーセット貸してよ~」


「ダメです、これはアンの仕事です」


「いいじゃ~ん、あたしもりっくんに紅茶入れてあげたいの~」


「嫌です、リオン様に紅茶を入れるのはアンの役目なんです! だからダメです!」


「むぅ~そんなこと言ったら、あたしだって今までりっくんにお仕えしてきたんだから、あたしの方が適任だと思うよ~」


「それでもダメなものはダメなんです!」


 後ろから聞こえてくるそんなキャットファイトじみた攻防を聞きながら、目の前でニヤニヤと顔がうるさい女神を睨む。


「あなた、愛されてるわねぇ~、よかったわねぇ~」


「‥‥‥うるさい。またトマトジュースにするぞ、今度は左腕」


「うぇ、それは勘弁。というか私はあなたの主神なはずなんだけど、そんな態度でいいの? 不敬だと思わない?」


「まったく、これっぽちも」


「‥‥‥本当に若者の信仰心離れは深刻ね」


 俺が真顔で答えると、セツナはやれやれって感じに嘆息する。


 まぁ、セツナ以外の神様だったら素直に凄いって思うかもしれないし、たぶんよその世界ではもっと「我らの神は絶対!」みたいな世界もあるだろうけど‥‥‥セツナだけは別だな。


 もともとゲームでバチバチやり合ってたわけで、神って感じが全然しないし。


 そもそも、もっと敬ってほしかったら、まずはそのさっきから止まらないにやにや顔を止めろってんだ!


 っと、いけないいけない。


 そんなどうでもいいことより、今は大事な話をしないと。


 ちなみにめぐみは途中までは座って話を聞いてたけど、ゲームを嗜まないから何言ってるのか分からなかったんだろう。


 飽きたのか、いつの間にか席を立って今みたいにアンに絡んでる。


 めぐみは俺と違って直ぐに人と仲良くなれるのはああいう図太いところなんだろうな。


 一方、アンの方はめぐみのことを紹介してからずっと不機嫌そうにぶすっとしてるけど。


「それで、ダームエルはこっちに呼べるのか?」


 そう、今話してるのは、会議で名前だけ出た孤高の十二傑≪縹騎血キュアノス≫ダームエルを復活できるのかを聞いてるところだ。


 ダームエルが消滅したのはオールドデウスに来る前のセツナ神国との戦争の時。


 つまりはゲームだったことの出来事で、それなら運営であったセツナならプレイヤーデータとかを残してて、バックアップで復元してこっちに呼べないかと俺は考えたわけだけど。


「そうね。呼べるか呼べないかと言ったら、たぶん呼べるわよ」


「たぶんか」


「正直、私もこっちに来たのは初めてだから自分の権能がどれくらい使えるのかまだ手探りなの。もしできるとしても、今すぐは無理。神力が全然足りないわ」


「神力?」


「あなたたちが使う魔力みたいなもの。神は権能を使う時に神力を消費するわ。地球は自分の世界だったから神力は常に満タンだったけれど、オールドデウスでは神の保有神力は眷属の支配領域に比例するわ」


 眷属……俺たちのことか。


 つまり、未だ帝都一個分しかない現状だと、セツナの神力はすっからかんというわけだ。


「そしてもう“オルタナティブ”は私の手を離れてるから、連れてくるには一度地球に戻らないといけないわね。それで世界を繋げるとなると膨大な神力が必要になるわ」


「なるほど、だいたい理解した。結局俺たちがやることは変わらないってことだね。ちなみにセツナの権能ってどんなこと出来るの?」


 セツナの話を聞く限り、予想だけど敵と戦うとなると眷属を倒すだけじゃなくて、最後にその世界の神とも戦うことになるらしい。


 なら、神が戦う時に使うのはその権能だろうから、参考程度にセツナに聞いてみた。


 もしも俺たちがピンチになった時にもセツナがどれくらい戦えるのかも知っておきたいしね。


 まぁ、ゲームの神様の権能なんてせいぜいゲームを作るとかそんなもんだろうけど。


「私の権能? 言わなかったっけ? なら聞いて驚きなさい! 私の権能はオルタナティブそのものよ!」


 ほらね、やっぱりゲーム作るしか取り柄のない能力。


 これはあまり期待しない方がーー。


「ま、正確に言えば仮想世界の構築ってところね」


「……は?」


「だから、世界をもう一つ作ってそこをゲーム感覚で色々弄れるの」


 一瞬、セツナが何を言ったのか理解できなかった。


 けれど改めて聞き直して、俺はセツナの権能がとんでもないものであることにすぐに気づく。


 実際、さらに詳しく権能について聞いたら、やはり俺の考えたことは間違いではないようで、俺は素直にセツナは本当に神なんだと感心してしまった。


 セツナの権能の真骨頂は自由に仮想世界を作り出し、その世界の設定や世界観など、およそゲームマスターが出来ることが何でもすることが出来るらしい。


 それを使えば、本当に色々なことが出来る。


 例えば超難関な脱出ゲームの世界を作って、そこに敵を閉じこめる。


 例えばめちゃくちゃ強い敵が出てくるFPSのゲームの世界を作って、そこで敵を屠るなど。


 ただ、さすがにいくつか制約もあるようで、一つはゲームマスターである場合はプレイヤーに直接危害を与えることが出来ないというもの。


 あとは、それがたとえどんなに困難なことだろうと、必ずクリア出来るように設定しないといけないこと。


 さっきの脱出ゲームの例えを使えば、”何をしても絶対に開かないし壊れない扉”みたいなのはダメらしい。


 それでも、十分凄まじい権能だと思う。


「お前、凄かったんだな‥‥‥」


「当り前よ、だって神だし! まぁ、今できるのは単純に確率操作くらいだから、ほとんど戦力にならないけど」


 確率操作‥‥‥確率操作かぁ、それだけでもかなり厄介なんじゃ。


 そういえば、セツナが生まれたのはガチャの祈りからって聞いてたな。


 それなら確率操作って権能も分からなくはない。


 俺はセツナに改めて感心して、けどこれ以上何か言うととことん付け上がりそうだから、褒める言葉はかけなかった。


「えぇっ!? りっくんてば、この国の王様なのっ!?」


 と、セツナとの話がひと段落したところで、何やら後ろからめぐみの大きな声が。


「そうです。正確に言えばクレプスクルムは帝国なので、リオン様は皇帝ですが」


「ほえ~、この夜景をりっくんがねぇ~。あたしゲームとかよくわからなかったけど、凄いことしてたんだね~」


 振り返ってみると、執務室の窓に張り付いて街を見下ろすめぐみの姿。


 俺もそこから眺める景色は好きだ。


 皆の生活の営みを見てるとがんばろって思えるし。


 にしても、こうやって自分が手塩をかけて築いてきたものを褒められると、凄く嬉しいな。


 そう思ってると、めぐみがクルリと振り返る。


「あ、りっくんお話終わった? そしたらあたし、りっくんが作った国を見てみたい!」


「いいわね。私も一回来てみたかったのよ、常夜の都って呼ばれる街を」


 めぐみのお願いに、セツナも乗っかってきた。


 今まで敵国同士だったから、気軽に行き来できなかったもんな。


 それなら、とりあえず聞きたかったことは聞けたし、今日はもうやる仕事が終わって暇だったし、二人を案内してもいっかな。


「それじゃあ、行くか! めぐみ、きっと驚くことになるぞ!」


「やった~! 楽しみっ! あ、その前にどこかに荷物置けるところあるかな?」


「荷物?」


 そんなもの持ってたっけ? って思ったら、めぐみはどこからかよっこらしょとトランクケースを取り出した。


「りっくん、何にも準備していかなかったでしょ~? パジャマとか歯ブラシとか、ちゃんと持ってかないとだめだよ~」


 そう言うめぐみに、俺は思わず苦笑してしまう。


 なんか、やっぱりまだまだ俺にはめぐみが必要みたいだ、そう改めて思った。


 それから、アンにセツナとめぐみの部屋に荷物を運ぶのを頼んで俺たちは城下町へと繰り出すことにした。


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