第15話 幼馴染



 机にハマったとか言うセツナを引っ張り出して、テーブルを挟んで二人掛けのソファーに向かい合って座ってる。


 俺の正面にはセツナとめぐみ。


 アンは俺のすぐ後ろで待機してる。


『座ったら?』って声はかけたんだけど、『いえ、アンの役目はリオン様のそばに控えることですので』って断られた。


 ちょっと寂しい。


 けどまぁ、たぶんアンはまだめぐみのことを警戒してるんだろう。さっきからちょくちょく鋭い目線を送ってる。


 セツナがアンの入れたクレプスクルムの紅茶を入れたカップを置くのを待って、俺は口を開いた。


「えっと、色々と聞きたいことがあるんだけど‥‥‥とりあえず、お前はハマって出てくるのがデフォルトなのか?」


「そんなわけないでしょう? 出口が狭いのがいけないの。‥‥‥はぁ、ナイスバディも考えものね」


 実に悩まし気にやれやれって感じに首を振るのに合わせて、セツナの言うそのナイスバディも柔らかく揺れる。


 というかそのセリフ、前にも聞いたな。


「ちょっと、イヤらしい視線で見てるの分かってるんだからね? 男ってみんなそう」


 なんか、結構頭にくる言い方だな! 確かに、目が自然と追いそうになったし、素晴らしいものをお持ちだとは思うけどさ!


 しかし、セツナはこう見えても神だ。


 それなら多少傲慢なくらい当たり前だろうし、ここは広い心で我慢しよう。


 それより、早く話を進めたい。


 なんかさっきから右斜め前と後ろの方の視線がチクチクするもん。


「それで、なんでめぐみがオールドデウスにいるんだ?」


「ちょっと~、なんかあたしがいちゃいけないみたいじゃない」


「めぐみはちょっと静かにしてて」


 横から口を挟んできためぐみに、ちょっと強め口調でそう言う。


 こればっかりは、セツナにしっかりと聞き出さないといけない。


 オールドデウスは危険な場所、そう言ったのはセツナ自身だ。


 なのにごく普通の一般人であるめぐみを連れてきたんだから。


 若干睨みつけるように鋭い視線で促すと、セツナは何故か遠くを見つめるように語りだす。


「私も、止めるように言ったんだけどね‥‥‥その子の熱意に負けたのよ」


 それから、セツナはめぐみを連れて行くことになった経緯について教えてくれた。


 セツナは俺と別れた後に”オルタナティブ”の運営をゲーム会社に譲る手続きや他の地球にいる神に挨拶をするために、一旦地球に戻ったそうだ。


「それで、”オルタナティブ”を私が管理しなくてもサービスを続けられるように手を施して来たんだけど、その時に突如大量のGMコールが届いてきたの」


 GMコールは運営に不具合やお問い合わせをする機能だな。


「それで?」


「それはもうすごい量だったわ。画面いっぱいに『りっくんはどこ?』『りっくんを返して』『りっくんになにかあったら許さないから』って文字で埋め尽くされて‥‥‥思わず背筋が凍るような恐怖だった」


 うわぁ‥‥‥それは、いきなり画面から腕が生えてくるのと同じくらいホラーな状況だ。


「何か得体のしれない狂気を感じた私は、このままだと殺されるって思ってさっさとここに戻ることにしたんだけど、既に手遅れだった。送られてきたGMコールにウイルスが入ってて逆探知で私の居場所がバレてて、気が付いたらのど元にナイフ突き付けられてたの」


「‥‥‥‥‥‥」


「ふふっ」


 思わず無言でめぐみを見ると、微笑ましそうに顔を綻ばせた。


 こんな花のような少女の裏に物凄い狂気があったなんて‥‥‥いったい何がそんな風に彼女を動かすんだ。


「それから神のこととか、オールドデウスのこととか、あなたに話したことを全部洗いざらい喋らされて‥‥‥なのに信じてもらえなくて、最後は全力で泣きついて信じてもらったわ。これまで生きてきて人間に泣かされるなんて初めてよ‥‥‥あたし、神なのに」


 そう言って、さらに遠くを見るようにセツナは目を細める。


 その綺麗な瞳にはきらりと光る一滴。


 うん、セツナは悪くないかもしれない。


 どちらかと言うと被害者側だな。


 まぁ、でも、いきなり神とか別の世界のこととか言われても、信じられないのも分からなくはない。


 直ぐに言われたことを信じてほいほいセツナについていった俺がおかしいんだと思う。


「というか、めぐみは俺の手紙見なかったのか? 目立つ場所に置いたんだけど」


「もちろん見たよ~、りっくんから手紙なんてもらったの初めてだったからすごい嬉しかったな~。読んだ後、ふざけんなって思ったけど~」


「えぇ‥‥‥」


 ふざけんなってあんまりな言いようにちょっとショックを受けてると、のほほんとしてためぐみの雰囲気が途端に怒りの圧のようなものに変わった気がした。


「だってそうでしょ? もう帰って来ないとか、元気にやってるとか、これからは自分の為に過ごしてほしいとか‥‥‥あたしは、そんなの知らないのに」


 めぐみは小さな体をさらに小さくして俯く。


 めぐみと過ごしてきた今までにこんなことは初めてで、俺はどうしたらいいのかわからず、ただ黙ることしかできない。


 そして次に顔を上げためぐみの表情は、まるで飼い主に捨てられた子犬のような、とても悲しい顔をしていた。


 それもまた俺の知らないめぐみの姿で。


 めぐみの頬を、ツーっと涙が跡をつける。


「今まであたしは、ずっとりっくんの傍にいた! 確かに、初めから決められた人生で、他の人を羨ましく思ったこともあった! けど‥‥‥それでも嫌だと思ったことなんて一度もない!」


 訴えるように、めぐみは俺に向かって自分の気持ちを叫ぶ。


 けれど、責められてるのは俺のはずなのに、まるでめぐみの方が追い詰められてるかのように、彼女は必死に見えた。


「りっくんの傍にいたいよ。まだまだあなたにご飯を作って、洗濯をして、紅茶を入れてあげて。それがあたしの幸せだから‥‥‥だから、あたしを——おいてかないで」


 机の上に身体を乗り出し、縋るように前のめりに抱き着いてくるめぐみに、俺はまだどうしても決心が付かずにいた。


 確かに俺も、めぐみのもとを離れてここに来て数日、日々を過ごすうちに何か足りないような、ちょっと切ないような気持ちだった。


 けど、今は何もなくともオールドデウスが常に命の保証ができない危険なところであることは変わらないだろう。


 そんなところにまでめぐみを巻き込むのは‥‥‥。


 やっぱりその想いが強くて、そっとめぐみを押し返そうとして——セツナの声が俺を止めた。


「ちゃんと受け入れてあげなさいよ。説得しようとしても、その子は決して諦めないわよ? あたしが何言っても無駄だったんだから」


「けど‥‥‥」


「あ~、もう! 煮え切らないわね! 女の子一人も守れないの!? もしそうなら、私が選んだあなたは期待外れもいいところだわっ!」


 セツナに散々に言われて、体の中で沸々と怒りが湧いてくるのを感じる。


 セツナに対して怒ってるんじゃない、俺が俺自身に向けて怒らずにいられなかった。


「‥‥‥セツナの言う通りだな。いざとなったら俺が全力でめぐみを守ればいいだけだ」


 俺は何を弱気になってたんだろう? 決して油断はしないけど、今の俺ならそんじゃそこらの奴らになんか負けない。


 何があっても絶対にめぐみのことは守り抜く。


 そう心と血に刻み付けて、未だに縋りつくめぐみを優しく引き離す。


 けれどそれは拒絶じゃない。


 俺はそのままめぐみに近寄って、しゃがんで目線を合わせた。


 目尻に残る彼女の涙をそっと親指でぬぐって、言葉を重ねる。


「置いていこうとしてごめん。俺にはまだ、めぐみが必要だ。だから、これからもどうか俺の傍にいて欲しい‥‥‥何があっても守るから」


 強い信念を持ってそう伝えると、めぐみはやっといつもの笑顔を取り戻してくれた。


「もちろん! りっくんが何処に行ったとしても、あたしはついていくからね! それがあたしの生きる道だから!」


 それから二人、気持ちを確かめ合うように見つめ合って‥‥‥どちらとともなく笑い合う。


 まさかめぐみがそんなに強い気持ちを抱いてくれてたなんて知らなかったな。


 これからは、もう絶対めぐみを泣かせないようにしよう。


 めぐみは今みたいな笑顔が一番似合うんだから。


「それにしてもりっくんのさっきの言葉、一世一代のプロポーズみたいだったね~。思わずときめいちゃったよ~」


「へあ?」


 そう言われて、俺はめぐみに何を言ったのか思い返す。


 無駄に記憶力が高いこの頭脳は、さっきいった自分の言葉を一言一句間違うことなく思い出せた。


 瞬間、血が身体を逆流するみたいに熱くなっていくのを感じる。


「ち、ちがっ!? 別にそういう意味で言ったんじゃなくてっ」


「え~? 違うの~? 結構嬉しかったのに~」


「違うってば! 全然そういうことじゃないから!」


 おかしい、吸血鬼の皇帝である俺が顔の火照りを抑えられない!


「とにかく、変な勘違いしないように! セツナも! 笑ってないで、他にも色々教えやがれ! 聞きたいことがいっぱいあんだよ!」


「‥‥‥何があっても守るから——プッ!」


「よ~し、そこに直れ! トマトジュースにしてやる!」


「からかっただけなのに、なにガチになってるのよ。必死すぎて逆に怪しいわ‥‥‥って、ごめっ! あ、謝るから絞らないで! 血が、血が抜けちゃうっ!」


 それから俺は、気が済むまでセツナを絞り倒した。


 自分でも何でそんなに必死になるのか分からなかったけど、とにかく恥ずかしくてたまらなかったから。


 だからか、周りが見えなくなっていて。


「‥‥‥な~んだ、ほんとだったらよかったのにな」


 めぐみの零れたように小さく紡がれた言葉は聞こえなかった。


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