第14話 皇帝のお仕事



「うっう~んっ! ‥‥‥‥暇だ」


 俺専用の執務室の椅子の上でググっと伸びをして、思わずつぶやく。


 オールドデウスに転移してきて、あの孤高の十二傑たちとの会議から、既に一週間近く経った。


 クレプスクルム帝国は今日も平和な一日を過ごしてる。


 思った以上に拍子抜けだ。


 セツナの覇権を争ってるって言いぐさから、オールドデウスは常に身近なところでバチバチとやってるものと思ってたのに、意外とそうでもなかった。


 そのセツナも戻ってこないし。


 でもまぁ、少し考えれば毎日毎日戦争するわけにもいかないか。


 戦争ってお金かかるし。


 実際、今まで”オルタナティブ”で過ごしてきたみんなも、常に戦争してたわけじゃなかったらしい。


 話を聞いた限り、戦ってたのは大体が俺をログインしていた時だけで、そのほかの時間は結構のんびり過ごしていたのだそうだ。


 それでここ数日の俺が何をしていたのかというと、ほとんど下から回ってくる報告を受けるだけ。


 正直、怠けてしまいそう。


 気分としてはあれだ、次の日が運動会だと思って前日から気合を入れて準備したら、実は一週間後だったのを勘違いして入れた気合が空回りしてやるせない気持ちになるやつ。


 もちろん、皇帝としてするべきことはやってる。


 アスタロッテやエルドラドからの報告を聞いて、その都度判断が必要なものは指示を出してるし、重要書類の確認と必要ならサインも。


 が、逆に言えばこれしかしてない。


 実際に一時間もかからずに終わってしまうのがほとんど。


 というのも、エルナが優秀すぎるのだ。


 流石は大国クレプスクルム帝国をまとめ上げてきた内政手腕、俺の方にまで回ってくるのは仕事とも呼べない仕事ばかり。


 だから時間ばかりが有り余ってしまってるため、時にフロガの手伝いをしに畑に行ってみたり、アスタロッテと探検気分で森を調べて見たり、アルディリアと実験をしてみたり、ヴォルクと摸擬戦をしたりと、これでいいのか皇帝ライフを楽しんでた。


 まぁでも、地球にいた時の何十時間もパソコンと向き合ってたのと比べれば、今の方が十分充実してると言えよう。


「あぁ~~~‥‥‥今日は何をしようかなぁ‥‥‥ふわぁ~」


 それでも暇なものは暇。


 思わず、机の上にあごを乗せて重たい瞼を閉じながら蕩けるようにあくびをしてると、傍にそっとソーサーを置く気配がした。


「お茶をお持ちしましたよ~」


「ん~、いつもありがとな」


「い~え~」


 目を開けないまま、カップを手に取って少しだけ香りを楽しんで口に含む。


 柑橘系の爽やかな香りと、俺の好みを考えて入れたくれたことが分かる温かくも深い味わい。


 香りを嗅いだ瞬間に、これが何の茶葉であるか直ぐに分かった。


 そして舌で味わって誰が入れてくれたものかも‥‥‥アンが紅茶を入れてくれるたび、最近懐かしく感じるようになった幼馴染がいつも入れてくれたアールグレイだ。


 だけど幼馴染とはもう別れて来たし、クレプスクルムにアールグレイの茶葉は存在しない。


 つまり、これは最近なんだか地球にいた時のことを思い出して哀愁を感じるようになってきた俺のまやかしだろう。


 俺はオールドデウスに来てクレプスクルムで過ごしてるうちに、自分が思いのほか地球のあの家にも愛着を覚えていたのを皮肉にも実感していた。


 時間ばかり余ってると、残してきたものをついつい考えてしまう。


 まぁ、だからと言って戻りたいとも思わないけどね‥‥‥っと、いかんいかん! 


 せっかくアンが入れてくれたのに、別の紅茶のことを考えるのは失礼だ。


 アンの入れてくれるクレプスクルム産の紅茶ももちろん美味しいのだから。


「‥‥‥ん?」


 もう一口飲んでみて——改めて、違和感を感じた。


 なんと二口目も俺が好きなアールグレイの味がしたのだ。


 さらに、感じた違和感はもう一つあって、いつもは紅茶を入れてくれたらサッと控える気配が未だにすぐそばにある。


 できるメイドの鏡であるアンが、そんな存在感を強く表すなんて珍しい、何か用事でもあるのかな?


 そう思って、振り返ろうと目を開けた途端、先に向こうが口を開いた。


「ふふっ、相変わらずりっくんはあたしの紅茶を美味しそうに飲んでくれるね~」


「は? ブフゥゥゥゥゥッ!?」


 その声が、いつも凛としたアンの声じゃなく、のんびりとした柔らかい声だったことに気が付いて振り返ったら、すぐそばにいる人物に驚きすぎて思わず口から噴き出してしまう。


「わっ! ちょっとりっくん汚いよ~。落ち着いて飲みな~」


「かはっ! こほっ! め、めぐみっ!?」


「は~い、りっくんのめぐみちゃんですよ~」


 俺のそばに立ってたのは、小柄で背が小さく、先の方でまとめた茶髪の髪をゆったりと前に流してる泣きぼくろの女の子だった。


 その子のことを、俺は生まれた時から知ってるし、それに俺のことを『りっくん』なんて呼ぶのはクレプスクルムになんていないし地球でも一人だけ。


 幼馴染で、地球にいた時はずっと俺に仕えてくれていた、月見里やまなしめぐみ。


 地球に置いてきたはずの、幸せになってくれることを願って、最近気になってた彼女がそこにいた。


「な、なんでめぐみがこんなとこに‥‥‥」


「あ~、なんで何て酷いよりっくん! あたし、置いてかれて傷ついたんだから~」


 可愛らしくぷっくりと頬を膨らませる幼馴染を見ながら、俺の混乱具合は加速していく。


 そんな中、突然の扉のノック音。


 同時にガチャリと扉が開いて、今度こそ黒羽色のメイド少女が入ってくる。


「リオン様、紅茶をお持ちしまし——侵入者っ!? リオン様離れてっ!!」


 瞬間、めぐみのことを視界に入れたアンが戦闘態勢をとる。


 腕を横に勢いよく振ったと思ったら、そこから長さが三十センチくらいある巨大な針がめぐみに向かって射出された。


 目にも止まらぬその早業に、ただの人間であるめぐみは反応できない。


 このままだと、何が起きたのかもわからぬまま、的確に急所を突かれて命果てることだろう。


 けれど、そんなことは俺がさせない。


 めぐみに命の危機が迫ってると分かった瞬間、混乱してた頭も蕩けそうになってた身体も咄嗟に動いて、迫る針とめぐみの間に滑り込む。


 そのまま目の前に高速で飛んできた針を腕で掴んでギリギリで受け止めた。


「アン、ストップ! 彼女は敵じゃない!」


 直ぐにそう叫ぶと、それを聞いたアンは戦闘態勢を解いて、その場で跪く。


 俺が掴んでいた巨大な針も、影で作られたものなのかそのままスッと消えてしまった。


「し、失礼しました。早とちりをしてしまい‥‥‥この罰はいかほどでも」


「いや、俺のことを守るためってことは分かってるから、罰しないよ。ただ、もう少し慎重にね」


「はい‥‥‥」


 アンの素早い行動は、俺が会議の時にみんなの危機感を煽ったせいだろうし、失態だ何て思わない。


 だから、そんなに落ち込まないで欲しいんだけど‥‥‥。


「とりあえず、紅茶を頼めるかな? アンも自分の分を入れて。彼女のことを紹介するよ」


「分かりました」


 まだ若干しょんぼり感があるものの、アンは持ってきたワゴンに乗せてあるティーセットの準備を始める。


 それを見送ってから俺は後ろの幼馴染の方に振り向いた。


「えっ、え? りっくんいつの間にあたしの前に? えっ、移動したの全然見えなかったんだけど~」


「あ~、めぐみ」


「あ、うん。お紅茶だよね~? ちょっと待っててね~」


「そうじゃなくて、とりあえず何でここに来たのかとか、どうやってきたのかとか聞きたいんだけど」


「ん~? そんなのりっくんがここにいるからだよ~。どうやってきたのかは、あたしもよくわからないんだよね~」


 今さっき殺されかかったというのに、変わらず呑気にのほほんと答えになってない答えを言うめぐみに、俺は頭を抱えそうになる。


 そしてまた、ここにいる三人とは別の声が聞こえてきた。


『それについては私が話すわ!』


 今度はいきなり攻撃せずに、戦闘態勢だけをとるアンを視界の端に抑えながら、俺は声が聞こえた執務室の机の方を見る。


「その前に、またハマっちゃったから引っ張って欲しいんだけど!」


 そこには、机の中からにょっきりと上半身だけ出した遊戯神セツナの姿があった。


 ‥‥‥お前はドラ〇もんか!



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