第4話 転移



 セツナの手を握って飛び込んだパソコンの先は、上下左右前後の感覚がない七色の川の中のような不思議な空間だった。


 まぁ、パソコンから女神様が出て来た時点で不思議も何もないのだけど。


 そんな場所を「手、放したら世界の藻屑になるからね」とか怖い注意を受けて、ちょっと血の気を引きながら流れに身を任せて体感としては数分後。


 今まで何もなかったと思われるところに、突然縦長の楕円形の穴が現れて招かれるままそこに飛び込んだ。


 飛び込んだ先は暗い室内のようで、広さは全力でプロレスができるくらい広くて、部屋いっぱいに敷かれた絨毯は、それはもう柔らかコットンだし、中央に置かれたベッド何てキングサイズを通りこしてウルトラキングサイズ‥‥‥本当にそんな大きさがあるのかは知らんけど、とにかくとても大きなベッドが置かれてた。


 それはもう、見慣れた室内である。


 自分で作って、ここで数えきれないほどデータをセーブしてきたのだから。


 スーッと大きく鼻から息を吸うと、なんだかフレッシュな高級感を感じる香りが漂ってきた。


 なんとなくそのまま大きな窓に近寄って外を覗いてみると、年中無休で続く夜と、そこに浮かぶ大きな月。


 そして、包まれた闇を照らす人々の生活の灯りが星屑のように煌めく夜景の街並みを見て、浮足立っていた心に実感を伴っていく。


 何度も見たここからの景色。


「本当に来たんだな。俺が作ったクレプスクルムに」


「そうに決まってるでしょ」


 セツナは、俺のことをちょっと微笑まし気に見て、それから人差し指をピンっと立てた。


「さて、感慨にふけるのもいいけど、色々と伝えないといけないことがあるわ」


 そう言われて、俺も意識して表情を引き締める。


 ここには観光で来たわけじゃない、今からでもいつ命を狙われるのかと常に危機感を持っていないと。


「まず、あなたの”オルタナティブ”のサーバーにあるあなたのキャラデータとあなたの精神を統合させたため、ここに来た瞬間からあなたは人間じゃなくなったわ。正真正銘、クレプスクルムの吸血鬼×皇帝ヴァンパイアカイザーリオンよ」


 そう言われて、さっき自分たちが飛び出してきた縦長の楕円形の鏡を見ると、確かにそこに映る俺の姿はいつも見ていた姿と若干違っていた。


 赤い瞳に口元から覗く鋭い牙、あとはなんとなく身体が丈夫になった気もする。


 話を聞いた限りじゃ元のただの人間じゃ生き抜くことができないからこうなったのだろう。


「今のあなたはゲームでできていたことは全部できると思って。それから、こっちに来たのは帝都周辺だけね。というか、私とあなたの最後の戦いで残ったのってお互いの首都だけでしょう? だからそこしか転移できなかったの、一応注意して置いて」


 なるほど、なら国土はかなり小さくなってるのか‥‥‥セツナとの戦いは本当にお互いに死力を尽くしたからな。


 俺はセツナの説明に頷く。


「あとは最後に、私の国の生き残りも何人か連れて来たから受け入れてほしいわ。‥‥‥まぁ、常に夜が続いて住民のほとんどが吸血鬼のこの国であの子たちが鬱にならないか心配だけど‥‥‥というか、今考えたら吸血鬼の天敵と言ってもいい聖騎士主体の私の国にあなたよく勝てたわね」


「いや~、それほどでも? あるかなぁ~?」


「む・か・つ・く!! とりあえず、よろしくね。後のことはあなたに任せるから、困ったこととか、聞きたいことがあったら『ガチャ当たれ~』みたいに祈ってくれればつながるから」


「はぁ? ていうか、セツナはこれから何を?」


 というか、そんな軽い感じで‥‥‥一応女神なのに結構フットワークが軽いんだな。


「基本的にはここにいることにするけど、まずは先に先輩たちにこっちに来た報告とか挨拶しないとだから‥‥‥あ、だから私の部屋の用意もお願いね!」


 そう言い残して、セツナは少々足早に元の鏡の中に戻って姿を消した。


 一人残された俺は、なんとなく改めて部屋を見回して、そっと掌を見落とした。


「んーと、とりあえず、まずは自分の身体の確認だけど‥‥‥」


 さっきセツナは俺の身体は皇帝リオン——”オルタナティブ”で使っていたというか、作って操作していたキャラになったって言ってたけど、鏡で見た自分の姿が瞳の色が紅くなったのと、口角をあげたら見える牙が伸びたくらいの変化で特に身体に異常は感じられない。


 というかむしろ‥‥‥。


「前の時よりも、なんだかしっくりする気がするなぁ」


 自分ができること、できないことがはっきりと分かるし、ゲームで使ってた技というか魔法というか、そういう地球では使えない特殊能力の使い方も、まるで自分が生まれた時から備わっていた力のように扱える。


 今だってほら、ほんの少し頭の片隅で意識しただけで——。


 ——シュウ‥‥‥。


 瞬間、俺の肘から先が小さく音を立てて、水が蒸発するように黒い霧となって空気中に霧散した。


「へぇ~、これが【霧化ネーベル】か」


 自分の身体の実態を霧状に変化させる【種族:吸血鬼】の種族特性の一つだ。


 腕の先を元に戻したり、霧にさせたりしながら、これ今着てる服の繊維とかどうなってるんだろう? みたいな取り留めないことを考え始めて。


「っと、今は遊んでる場合じゃないか! まずは、転移してきたこの辺の調査とか色々と情報を集めることが最優先だな。同時に、セツナに頼まれた生き残りの人たちの受け入れと、国の実態がオールドデウスに来て変わったことが無いかの確認。で、その前にあいつらと会うことから‥‥‥」


 そうやってこれからやることを頭の中でリストアップして、さっそく動こうかと部屋から出ようとした途端、ふと自分の服装を見下ろした。


 セツナもなかなかのよれよれ具合の服装だったけど、今自分が着てる服もそれに負けず劣らずのよれったさだ。


 こんな姿で仲間の下にというか、人前に立てるような格好じゃないな。


 というか、今更だけどセツナとの勝負は三日三晩飲まず食わずだったわけで、もちろん着替えなんかしてるはずもなく、今着てるTシャツはずっと着っぱなしだった。


「‥‥‥もしかしなくても、匂いとか結構ヤバい?」


 腕を鼻に近づけて、匂いを嗅いでみるけど、特に変な匂いとかはしない‥‥‥けどまぁ、それは俺の鼻が慣れてバカになってるだけかもしれないし、本当に今更だけど心情的に三日も同じ下着とか気持ち悪くなってきた。


 欲を言えばお風呂に入りたいところだけど、そんな時間もないし体を洗うのは確認ついでに魔法でやろう。


「えーっと、たぶんこの中に‥‥‥」


 俺は皇帝の寝室に隣接してあるウォークインクローゼットを開けて、着替える服を物色し始めた。


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それと、もう一つ連載してる

「帰り道に倒れていた吸血鬼を助けたら懐かれました。」

https://kakuyomu.jp/works/16816700428194914635

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