第3話 オールドデウスへ



 オールドデウス。


 そこはあらゆる世界線のあらゆる世界の神々がそれぞれの手勢を用いて、世界の覇権を争い代理戦争を行っている所らしい。


 神々の戦いをそのまま現地でやってしまえばどれほどの被害が出るのかわからないから、神々はオールドデウスという戦うこと専用の世界を作ったのだそうな。


 オールドデウスで全ての神に勝利し、唯一神の座を手に入れた神は、それこそ存在するすべての世界を手に入れたも等しくなり、逆にそこで敗北して滅ぼされた場合は、その世界は二度と存在することはできなくなり、征服されれば奴隷世界となって、勝った世界に生殺与奪の権利を握られたも同然となる。


「——それでね、私も地球の神の義務があるから向こうで戦わないと行けなくなったんだけど、地球にはもう他の世界の強者と戦えるような強い人間はほとんどいないのよ。ほら、地球って神様多いじゃない? 日本だけで八百万もいるんだし、先輩たちがもうほとんど連れて行っちゃったの。そこで私は自分の権能を使って、自分の手勢は自分で作ることにしたの!」


 そう、胸を張って自信満々にドヤ顔をかましてから、遊戯神セツナとやらはさらに説明を続ける。


 遊戯神の文字通り、女神セツナが司っているのは、地球のサブカルチャーの一つ、ゲームらしい。


 いや、ゲームを司るってなんだよってツッコミをしたら、どうも最近の地球人はゲームのガチャなどで確率の低い最高レアのモンスターだとか、アイテムだとかを引くために、神社とかでお参りするようなのだけど、今までそんなゲームの願いを叶える神様はいなかったから、ここ最近急遽生まれたのが遊戯神セツナということのよう。


 ちなみに、その説明を受けてる途中何故かすごく「課金は悪だ! 邪道だ! 絶対すんな!」って押されたけど、理由を聞いたら、


「だって、金に物を言わせて何百回も何千回もガチャを回したら、必ず当たるんだから私への祈りが減って、信仰心が落ちるじゃない!」


 ということらしい。


 なるほど、確かに。


 どうりで”オルタナティブ”には珍しく課金制度が無いと思った。


 運営さん、どうやって資金を稼いでるんだろうって疑問に思ったことがあったけど、そもそもお金を稼ぐ必要が無かったんだな、納得。


 それで、話を戻すけど、その”オルタナティブ”こそが女神セツナがオールドデウスで戦うための手勢を育てるために作った特殊なゲームだったようで、”オルタナティブ”に存在する人間、亜人、魔物などのキャラクターは女神セツナの権能でオールドデウスに連れて行くことができるそうだ。


「だからあなたには、私の代わりに”オルタナティブ”で育てたあの子たちを使って、オールドデウスで戦ってほしいわけ」


 女神セツナが、未だにディスプレイでこっちに手を振ったり手招きしてる俺の仲間たちを指さした。


「なるほど、理解した。というか、それって俺が直接行かなくてもいいんじゃないか? ほら、その遊戯神の権能とやらを使えば。それに、また自分の国を作ればいいのでは?」


「まぁね、私が作ったゲームなんだから、ゲーム内のキャラをプレイヤーたちから接収することもできるけど‥‥‥でもそれは、私のゲーマーとしての矜持が許さない! もちろん、自分が育てた仲間たちで行きたいとは私も思うけど、義務を果たす期日が迫っていて改めて作る時間がないのよ。というか——」


 と、そこまで言ったところで、女神セツナは俺にジトッとした目を向けてきた。


「最初はそうするつもりだったのに、あなたが私のセツナ神国を滅ぼしたんじゃない! 最後の最後に、長年の戦いに勝利で決着を付けて、凱旋気分でそのまま行くつもりだったのにっ! きぃぃぃぃっ! 思い出したらまた悔しくなってきた!」


「あ~‥‥‥そういうわけか——シッ!」


「ちょっと! 今隠れてガッツポーズしたでしょ! あんたのせいでこのままじゃ私は神々が大戦争してるところにこの身一つで行かなきゃいけないですけど! 責任取りなさいよ責任! 私の代わりに戦って!」


 そう言ってギャーギャー喚きたてる女神らしからぬゲームの女神様を見ながら、今まで聞いて説明を改めて頭の中で整理して、確認するように聞き返す。


「つまり、俺に仲間たちと一緒にそのオールドデウスという所で、女神セツナのため、ひいては地球のために戦ってほしいってことでいいんだな?」


「そういうこと。ちなみに”オルタナティブ”はオールドデウスを想定して作ったから、ほとんど”オルタナティブ”と変わらないわ。ちょっと敵が強くなるくらいね。まぁ、それも私に勝ったあなたならほんの誤差みたいなものだろうけど」


「ほぅ‥‥‥」


 それを聞いて、自分でもちょっとだけ口角が上がったような気がした。


 そんな俺に気づいているのかどうなのか、女神セツナは途端にバツが悪そうなというかこっちを伺うようにチラチラと見ながら、さらに説明を続ける。


「それからね、えっと‥‥‥実は後はこれが一番重要なことなんだけど‥‥‥。向こうに行ったら、もうこっちには戻れないわ。そして、オールドデウスは地球なんかより命の価値がすごく低くて、行った次の日に死ぬなんてこともある。それでも——」


「いいよ、行こう!」


「そうよね‥‥‥やっぱそんな地獄みたいなとこ——って、え? 今なんて?」


 食い気味に女神セツナの言葉を遮るように俺が承諾すると、彼女はめちゃくちゃ驚いたような顔を向けてきた。


「だから、行くって言ったの。オールドデウスに」


「いや、でも、もうこっちに帰って来れないんだよ? 大切な人とか学校とか、こっちでの生活があるでしょう? なにより、尊い命は大事にしなさいっ!」


「えぇ‥‥‥さっきは責任とか言ってたのに‥‥‥」


 なんだか釈然としないんだけど‥‥‥まぁ、この目の前の女神様は優しいんだろう。


 問答無用で連れてくことだってっできただろうに。


 それに、彼女の言葉を聞いて、なんとなく思い浮かんだ人たちはいる。


 一度も頭を撫でてくれたことも無かったけど、たまに帰ってきた時にした質問に律儀に答えてくれた両親とか、一度は友達になれるかもしれなかったけど、俺のせいで仲違いしてそれっきりのあいつとか、生まれた時から俺に仕えてくれた幼馴染とか。


 思えば、結構心残りがあるような、そんな気がする。


 だけど、それでも女神セツナが言った”オルタナティブ”にいるプレイヤーたちよりも強い敵。


 それに興味を持ってしまって、人知を超えた存在である神々が争う世界‥‥‥いいじゃん、凄く楽しそうだ。


 そしてなにより、パソコンのディスプレイの向こうの、俺の仲間たちがいる。


 向こうに行けば、俺は独りぼっちじゃないかもしれない。


 だから俺は、未だに思いとどまるようにと俺を説得する女神セツナの、金と銀の相貌を見て意思を伝える。


「あいつらが俺を呼んでる気がするんだよ。だから俺はオールドデウスに行きたい。連れて行ってくれ」


 はっきりとそう言うと、女神セツナはちょっと微妙に苦笑して、説得を諦めた。


「わかったわ。そこまで言うなら連れて行ってあげる。その代わり、誰にでもいいから手紙でも残しておきなさい! そういうこってとっても大事なんだからね!」


「了解。ちょっと待っててくれ」


 女神セツナに言われて、俺は久しく持ってなかったペンで文字を綴る。


 そうだな‥‥‥両親は帰って来ないだろうし、幼馴染宛てでいいか。


 俺の幼馴染も、俺と同じように義務と柵で生まれてきた人間だ。


 生まれた時から、俺の生活をサポートするように生きてきて、だけどその義務も今日でお終い。


 願わくば、俺が体験できなかった青春を送って欲しい。


 きっと今からでも遅くは無いから。


 そういうことを書いて、手紙を分かりやすい場所に置いた。


「お待たせ、女神セツナ様」


 俺が手紙を書いているのを黙って見守っていた女神セツナは、俺の言葉に不敵に笑った。


「ふん! 宿敵だったクレプスクルムの皇帝に『セツナ様』なんて呼ばれたら気色悪いわよ。今までのチャットみたく私のことはセツナでいいわ」


「そう? それじゃあ、セツナ。これからよろしく」


「こちらこそ。それじゃあさっそく向こうに行くから、私の手を握りなさい! またせーので行くわよ!」


「えぇ‥‥‥それ、またつっかえるんじゃ‥‥‥」


「こ、今度は大丈夫よ!」


 ちょっとこの女神、なんだかポンコツなところがあるからあんまり信用できないなと思いつつ、彼女の手を握る。


「あ、そうだ! さっき、あいつらが呼んでる気がするって言ってたけど、間違ってないわよ。ここに来る前に先に”オルタナティブ”のあの子たちには先に説明したんだけど、あなたがこっちに来るかもしれないって言ったら、大はしゃぎで喜んでたんだから!」


「まじか‥‥‥」


 それを聞いて、なんだか胸が温かくなったような気がした。


 早くあいつらに会いたい、会って話して、今度は隣でちゃんと戦いたいって思えてくる。


「じゃ、行くわよ——」


「「せーっの!」」


 はやる気持ちを抑えながら、俺は思いっきりパソコンに飛び込む。


 こうして夜久りおんは地球を去り、オールドデウスにてクレプスクルムの皇帝リオンとしての人生を歩み始めた。


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